第74話 こんなところに真相が!?


 野営に向いた場所というのはいくつかある。

 水場の近くだったり、天然の洞窟だったり、廃墟だったり。


 ただまあ、そういう場所は野生動物やモンスターが根城にしていたりもするので、野営しやすさと危険度はたいてい比例関係だ。


「……ナナメシを襲ったモンスター、どっから現れたのか不思議だったんだよな」


 ぼそりとプレイが呟く。


 二百を超えるモンスター軍団だ。

 遠くから進撃してきたならさすがに気づく。街門に取り付かれる、なんて無様をシティガードたちは晒さないだろう。


 あれは突如として至近距離に現れたからだ。

 いま目の前にある、街から一刻ほどの距離も離れていない城塞跡から出撃したのである。

 一斉に。


 だから防御態勢を構築できなかった。

 街の外にいた人々を収容し、街門を閉めることができただけでも、シティガードたちの健闘は賞賛に値する。


 かなり有能な指揮官がいるのだろう。

 考えてみたら、フレイたちの行動にも即応して兵力を押し出したしね。


「ここが拠点だったってわけね。そーとー古そうな感じだけど」


 横に並んだミアが小首をかしげる。

 五百年や六百年は経過しているような雰囲気だ。

 壁は苔むし、あちこちが崩れており、もう要塞としては役に立たないだろう。もちろんモンスターが根城にするには充分な強度だろうが。


「けど……ここ、まだ生きてるかもしれない」

「そうね。魔力を感じるわ。たぶん魔力炉エーテルリアクターの」


 呟いたデイジーにミアが頷く。

 ナザリーム要塞でも同種の魔力を感じた。

 あれよりはずっと弱いが、たしかに要塞を維持管理するための魔力炉が稼働しているときと同じ魔力の波動である。


「てことは、あそこと同じ時代のものってことか」


 地中に埋もれていたならともかく、一万年以上も野ざらしでこの程度の劣化というのは、ちょっと異常だ。

 よほど強力な魔法で守られているとか、そういうことだろうか。


「違うよ。フレイ。魔力炉の基本的な構造は何万年も前から変わってないってパンナコッタが言ってたからね」


 親友の疑問にくすりと笑うデイジー。


「俺でも犬でも判るように説明してくれよ」

「いつの時代の魔力炉でも、放ってる魔力は変わらないってことだよ」

「なら最初からそう言えば良いじゃねーか」

「でも、最初に魔力炉から出てる魔力で年代は特定できないよって言ったら、なんでって訊くじゃん。フレイは」


 くすくすと笑いながらの言葉に、フレイが頭を掻いた。

 まったくその通りだったので。

 誰にも聞こえない範囲で舌打ちしたミアとガルが、それぞれフレイとデイジーの腕を掴む。


「遺跡が生きてるなら調べないとね」

「またモンスターの根城になったら事であるしな」


 そのまま、すんずんと城塞跡に近づいたりして。

 これは、登山家が山を見たら登らずにはいられないのと同じ心理である。


 けっしてけっして、いちゃこらしてんじゃねーぞ、という意思表示ではない。

 たぶんね。






 とっととザブールに帰らないとってときに遺跡に潜ってんだから、のんきな話である。


「ゆーて、放置しておけないのも事実なんだよな」


 注意深く通路を確かめながらフレイが呟いた。

 雨露がしのげて、しかも魔力を放出している場所である。モンスターが集まってこないはずがないのである。

 街の近くにこんなもんがあるってのは、大変にまずい。


 ちゃんと魔力炉の稼働を停止させてやらないと。

 逆にいえば、魔力炉さえ止めてしまえば、一年もしないうちに城塞は崩れ落ちて、モンスターの根城になることはなくなるだろう。


 もちろんそれは、フレイチームがやらなくてはいけない仕事、というわけではない。

 むしろ城塞跡の存在をナナメシに報せて、彼の地の冒険者なり守備兵なりにまるっと委ねちゃって良い案件だ。


「けど、フレイはそれをしないんだよね」

「そこがフレイのフレイたる所以ゆえんでしょ」

「お節介であるからな」


 先行偵察をおこなっているリーダーの後ろ姿を目で追いながら、デイジー、ミア、ガルが笑い合う。


 目の前に問題があり、自分たちに解決する手段があるのだから、誰に頼まれなくても自分で動く。

 そういう男なのだ。


 ナナメシから城塞跡まで一刻ほどの距離。

 それはエルフのミアや野外活動の専門家レンジャーのフレイがいるからこその時間的距離である。

 うっそうと茂る森の中を、普通の人間はそんな速度で移動できない。

 それこそモンスターならともかく。


 二倍三倍の時間がかかってしまうし、それどころかたどり着けないかもしれないのだ。

 森でも山でも、基本的に人間を拒んだりしないが、かといって歓待してくれるわけでもなく、他の野生動物やモンスターと同じように扱う。


 ただそれだけの話だ。


「まあ、街まで報せにいくのかめんどくせえって思ってるだけかもだけどね」

「あるある。じゅーぶんあり得るわ」

「フレイだものなぁ」


 街に報せて、案内を頼まれて、冒険者や傭兵を引き連れてまた戻ってくる。

 二度手間も良いところだ。

 だったらちょいちょいと片付けてしまおうって、我らがリーダーは考えるかもしれない。


 誰も手をつけてないなら、モンスターがため込んだ財宝とかも奪い放題だしね。


 依頼じゃないから報酬ってのは存在しないけど、そもそも依頼として掲示板に張り出されるまで待っていたら、何日かかるか判ったものではないのである。

 さすがに待っていられない。


 これで、もしもお宝がなかったら無収入だが、そもそも宝探しトレジャーハントってのはそんなもんだ。

 のるかそるかの大博打。

 冒険者どもが最も大好きな行為である。


「二階とかもあったんだろうけど、もう崩れてしまってるな」


 するすると音もなく滑るように戻ってきたフレイが報告した。

 手にした野帳には、城塞内の簡単な見取り図が書き記してある。


 二階より上は崩れてしまって、もうのぼれない。一階にはとくにめぼしいものはなく、魔力炉があるとすれば地下だろうと推測される。


「で、地下へと続く階段のさきから、ヤバめな気配がしたんで戻ってきた」

「OK」


 ミアが頷く。

 おそらく一階は、ナナメシを襲ったモンスターどもが使っていたのだろう。

 そして地下にはボス格がいる。


 手下は失ってしまったが、せっかくの魔力炉を捨てて逃げるだけの決心も付かず、ずるずると居座っているというところか。

 これを放置してしまうと、またモンスターが集まってしまう。

 たぶん一年もかからない。


「ならば、倒すしかないであろうな」

「そしてお宝ゲットだね」


 ガルの言葉に、デイジーがにぱーっと笑ってみせる。

 そして慎重な足取りで動き出す一行。


 前衛はフレイとガル。

 後衛はミアとデイジー。

 まず安定した配列である。


 さすがは城塞というべきか廊下は広く、前衛二人が立ち回ってもなお余裕があるほどだ。

 それは同時に、抜かれれば後衛にまで攻撃が及ぶことを意味している。


 もちろんミアもデイジーもそこそこは戦えるが、さすがに近接戦闘と得意としているわけでもない。

 フレイとガルは軽く目配せし、動きを再確認する。


 薄ぼんやりと明るい廊下。

 壁や天井が淡く発光しているためだ。

 遺跡が生きている証でもある。


 ゆっくりと階段を降りてゆく。

 おそらくは倉庫とか、あるいは捕虜などを収容する牢屋だったのか、えらく頑丈そうな造りだ。


「……この先だ」

「たしかに魔力の反応もあるわね。大きさ的には洞窟竜ケイブドラゴンクラス」

「そりゃ豪気だ」


 口笛を吹く真似だけして、フレイが再び先行する。

 といってもたいした距離ではない。

 仲間たちに先んじで、巨大な気配が漂ってくる扉の前に片膝をついた。


 耳を澄ます。

 感じる気配は一つ。

 動いてはいないようだ。

 扉に鍵はかかっていない。


 後ろに向かって手招きする。

 すっと仲間たちが扉の周囲に身を寄せる。


 フレイは胸の中でカウントダウンをスタートさせた。


 三。

 ガルが頷き、戦斧を構え直す。


 二。

 ミアとデイジーが小さく詠唱を始める。

 膨らんでゆく二人の魔力。


 一。

 気づいたのだろう。

 扉の向こう側で重い音が響いた。


 ゼロ!

 ばんと扉を開き、フレイが一転しながら室内に躍り込む。


 高速で流れる視界。

 こちらに突進してくるモンスターを捉える。


牛頭魔人ミノタウロス! もう攻撃態勢に入ってるぞ!」

「承知!」


 飛び出したガルの戦斧が巨大な牛頭魔人の斧と衝突し、大音響とともに火花が散った。


 

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