第45話 え? こういう結末?


 街道脇に張られたスフレ王子の天幕に移動する。


 エクパル王子の正体はエクレア王女だと判明してしまったので、兵士たちが拘束するわけにもいかず、仕方ないからミアが逃げないように監視している。

 一応カタチだけ縄をかけてる。


「これはこれで!」

「いたんへ。れまだ」


 微妙に喜ぶエクレアちゃんと、すげー嫌そうなミアさんだ。

 なんで自分が監視しないといけないのか。

 スフレの私兵部隊には、女兵士の一人くらいいないのか。


 じつは、いるけど連れてこなかったらしい。

 天下のプレイボーイたるエクパルを相手にするから、なんかの間違いで籠絡されるかもしれないって可能性を考慮して。


 部下を信頼するとかしないとかじゃなくて、可能な限りリスクは避ける。

 そういう判断ができるけっこう有能な指揮官なのだ。


「……いまさら、じつは妹のエクレアだよーんなどと発表することはできない」

「ですよねー」


 宮廷大混乱である。

 エクパルと関係を持った、と、噂される女性たちにもいらないレッテルが貼られることになる。

 当然、カヌレ王子の婚約者たるトルテ嬢にも。


 王宮が同性愛者の巣窟だったとか、どんな大スキャンダルだって話だ。


「なにか良い思案はないか? フレイ」

「ないこともないですが……」


 スフレの質問に対して頭を掻く。

 なんで俺、王子様の相談とか乗ってるんだろう、とか考えながら。


「拝聴しよう」

「エクパル王子には死んでもらって、エクレアは王家とは関係ない庶民として生きる。隣国へと逃げる途中で事故死とか。もうちょっと格好良く、追いつめられて自害とか。そういうので体裁が整うかな、と」


 エクパルは隣国にコネクションがある。

 それを頼って逃げるわけだが、じつは王女なんだと知れれば外交カードとしての価値はなくなる。


 逃亡先としては当てが外れるわけだ。

 そしたら、いやがらせの一環として、女だって公表するかもしれない。

 もちろんしないかもしれないけど、わざわざリスクを背負い込む必要なんかないだろう。


 隣国との接触はさせないのが吉だ。

 となると、ますますエクパル王子は死んでもらった方が都合が良いのである。


「ただまあ、庶民として生きるいうても、エクレアに生活力なんかないだろうし、しばらくは援助が必要だとは思いますが」


 つーかほっといたら、次々と女の子に手を出して、ヒモ生活とかはじめそうだ。

 王家とは関係ない、と割り切れば、それはそれでありだろうが。


「いや……なしだろ……僕の妹がヒモとか、嫌すぎる……」


 そんな言葉で、家と生活費くらいは面倒を見ると宣言するスフレだった。


「やった! お兄ちゃんありがとう!」

「やめろ! お前にお兄ちゃんとかいわれたら怖気が走るわ! 見ろこの鳥肌!」


 縛られてる妹に腕を見せつけている。

 仲良しということで良いのだろう。

 きっと。


「この策の欠点は?」


 フレイに視線を戻す。

 利点だけの策など存在しない。裏を返せば、必ず悪いところがあるものだ。

 それをスフレはちゃんと知っている。

 なかなかの人物だといえるだろう。


「王国側にはないと思いますよ。俺らが恥を掻くだけですね」


 肩をすくめる冒険者だった。

 フレイチームにしてみれば、見事なまでの依頼失敗だ。


 すでにアンキモ伯爵が納得しているっぽいので、失敗ではなく取り下げになるかもしれないが。

 いずれにしても彼らにしてみれば、骨折り損のくたびれもうけというやつだろう。


「旅費だの買った馬車の代金だので大赤字です。伯爵が補填してくれればいいけど」


 しょんぼりですよと笑う。


「フレイたちの経歴に傷をつけるわけにはいかないだろう」


 むうと腕を組むスフレ。

 彼は冒険者たちの評価制度について詳しいわけではない。

 縁遠い世界だし。


 しかし、どんな組織だって失敗は経歴に付いた傷だということくらいは判る。

 百戦百勝など存在しない戦だって、敗戦の責任を取るものがいるのだ。


「誰かが割を食わないといけないなら、俺が食いますよ」


 フレイの言葉に、ミア、デイジー、ガルの三人が肩をすくめる。


 こういうリーダーだということは、よーく知っているから。

 だから一緒にやりたいと思うんだって、だから支えてやらないとって思うんだって、死ぬまでに気付けば良いねって感じだ。


「いや、ちょっと待て。フレイのアイデアを応用したら、もうちょっと良いシナリオが組めそうだぞ」


 なにか思いついたのか、にやりとスフレが笑った。






 謀反を企んで失敗し、王城から逃げたエクパル王子は隣国へと向かっていた。

 それはもちろんただの移住ではない。

 捲土重来けんどちょうらいをはかるためだ。


 彼は、市井の冒険者、フレイチームの力を借りて逃避行を続ける。

 が、ついに第一王子たるスフレに追いつかれた。

 万事休す。


 冒険者フレイはエクパルを逃がすため、たったひとりでスフレの軍勢の前に立ちふさがる。

 誰がどう見ても無謀だ。


 しかし、王子スフレはフレイの行動に漢を見た。

 自らの帯剣を抜き一騎打ちを挑む。


 それは、友を守ろうとする男と国を守ろうとする男の勝負。


 戦いは百合に及んで決着がつかなかった。

 まさに互角だった。

 意志も、力量も、背負う思いさえも。


 永遠に終わらないかに見えた戦いだが、意外な決着をする。


 ふたりの姿に、自らの行いを恥じたエクパル王子が、なんと自らの胸を懐剣で刺したのだ。

 これほどの勇士たちを相争わせる事になってしまった自らの行いを恥じてての、覚悟の自決である。


 あまりの事態に戦いを中断して駆け寄ったふたりに、エクパルは切れ切れの声で詫びた。

 そして、その力を国のために使って欲しいと懇願しながら事切れた。


 異母弟の、友人の、謝罪と最後の願いを受け入れたスフレとフレイは剣を納めた。

 一方は王城で、他方は市井で、この国の人々のために戦い続けようと誓い合い、互いに背を向けた。


 道はここで分かれるが、同じを思いを胸に抱いて。





「ツッコミどころはいくつもあるが、そちの得物はジャマダハルじゃろ。なんで長剣ってことになっておるんじゃ?」


 吟遊詩人が詠う叙事詩サーガを聴きながら、カルパチョが苦笑した。

 いつもの酒場。

 いつものメンバーである。


 スフレ王子が考えた、誰も傷つかないシナリオがこれだ。

 まあようするに、悪いのは全部死んだエクパルって事にしたわけである。

 これなら生きてる人間は損をしない。


 フレイたちはべつに仕事を失敗していないし、投げ出したわけでもない。依頼主が勝手に自殺しちゃっただけ。


「細かいディテールなんか誰も気にしないだろってさ。民衆は英雄を望むもんだし、どうせなら格好いい方が良いってスフレ王子がな」


 フレイが肩をすくめる。

 依頼失敗、とはならなかった。

 そもそもそんな仕事は存在しなかった、ということでアンキモ伯爵との間で談合が成立したためである。


 カタチとしては、ちょっとジョボンの温泉までバカンスにいってきました、という体裁をとることになった。

 必要経費に関しては、もちろんすべて伯爵もちだ。

 まあ、彼は彼でスフレ王子から充分な補償を受け取るのだろう。


「ゆーて、報酬は出なかったし、時間だって無駄にした。良いことはあんまりないんだけど、スフレ王子と対立って結末にならなかったのは良かったさ」

「そうじゃな。話を訊く分にはなかなか端倪たんげいすべからざる男のようじゃな」

「そうね。フレイをお偉いさんにしたらあんな感じじゃないかしら」


 カルパチョの言葉にミアが頷いてみせる。

 一応は恋敵にあたるふたりなのだが、べつに仲は悪くない。


 あの変な仕事から十日あまり。ようやく彼らの周囲にも日常が戻ってきた。


「ま。権力争いに巻き込まれるのは、もうこりごりさ」


 ぐいとエールをあおるフレイ。

 彼らは冒険者である。

 あんまり政治とか権力とかには近づきたくないのだ。


「あ。ここにいた! ミア!」


 スイングドアを開けて、人影が飛び込んでくる。


「なにしにきた!」


 思わすローブに手を入れるエルフ娘だった。

 もちろん邪悪な投げナイフクピンガを取り出すためだ。


「ザブールに住むことになったから、ご挨拶だよ」


 にっこにこと笑うのは、エクパル王子ではなくエクレアである。

 スフレがこの街に持ってる別荘を与えられたんだってさ。


「押しつけやがった! あの野郎スフレ王子! 俺に押しつけやがった!!」


 絶望の表情で、フレイがどんどんとテーブルを叩いていた。

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