第32話 デイジーイズデッドとか、そういうやつ?
フランベルジュとジャマダハルが衝突し、魔力の火花を散らす。
「デイジー! 逃げろ!!」
フレイが叫んだ。
一対一で戦えるほど、魔族というのは生やさしい相手ではない。
「うん!」
そうと知っているデイジーは、脇目もふらず逃げ出す。
ちょっと素直すぎる。
ここまで見せてきたような、後ろ髪を引かれる様子がなかった。
大親友のフレイの言葉だから、ついつい嬉々として返事をしちゃった。
走りながら、ぺろっと舌を出すデイジーだった。
もちろん後方にいるポーチュラカ大司祭に、彼の顔は見えない。
そのポーチュラカも、のたのたと走り出そうとしている。
最後の最後までデイジーの側に仕えようと、という覚悟だ。
見上げた心意気だが、やはり
一歩進んでは膝が崩れ、二歩あゆんでは腰が砕け。
それでも目を剥き、歯を食いしばり、前へと進もうとする。
「ぐはぁっ!?」
魔族と斬り結んでいたフレイが敗れる。
左肩を切られ、大きく蹴り飛ばされた。
「フレイどの!?」
短い距離を滑空し、老人の前にどさりと落ちる。
なんとか立ちあがろうと無様に藻掻いているので、死んではいないだろうが。
「ぐ……大司祭さん……デイジーを……」
その言葉ではっとするポーチュラカ。
彼らの横を、
「デイジーさまっ デイジーさまっ!」
歪む視界。
魔族が腕を振り降ろした。
「あぁぁぁぁぁぁっ!!!」
轟いた絶叫は、デイジーのものか、あるいはポーチュラカのものか。
灼け付くように伸ばした手が掴むのは、むなしくも風だけ。
どさり、と、デイジーの身体が倒れる。
「ああ……うあ……あああああ……」
膝から崩れる老人。
絶望の血涙が、ぽたりぽたりとおちた。
次期総大主教の候補だったデイジーは、魔族によって殺害された。
大ニュースのはずだが、マリューシャー教団の受けた衝撃は小さかった。
というのも、もともとデイジーを後継者にというのは、大司祭ポーチュラカが強力に推し進めたことであり、教団の総意というわけでもなかったから。
加えて、まだ正式に後継者として立てられたわけではない。
非常にいやらしい言い方になるが、公的には、司祭に叙されたばかりの少年がひとり亡くなった、というだけの出来事なのである。
正式に後継者として指名されている大司祭のシャガは健在であり、じつは教団としては、ぜんぜん困らない。
むしろデイジーが生きていて、むりやり総大主教になった方が、混乱は大きいだろう。
で、そうなると、デイジーはたしかに死んだのかって話になるのだが、なにしろポーチュラカ大司祭その人が目撃者だ。
疑う余地などない。
「そんなわけで、ここにいるボクは幽霊なのさっ」
馬車のなか、当のデイジーが笑う。
ザブールへと帰還する旅だ。
御者はゴルンがつとめている。
魔族の襲撃によって、マリューシャー教団の総本山が受けた人的な損害は、ゼロ。
まさに茶番劇だ。
知らなかったのはポーチュラカ大司祭の一派だけで、シャガ大司祭をはじめとした大多数は、グル……とまではいかないまでも、黙認していたのである。
デイジーを取り戻すために、フレイたちがうった大芝居を。
いろいろな要素はあるが、ようするにフレイチームとシャガ陣営の利害が一致した、というのが一番おおきいだろう。
彼らとしても、ポーチュラカ陣営が無原則に勢力を拡大するのは避けたかったのだ。
「でもよ。死んじまったらまずくないか? 今後の生活とか」
首をかしげるのはガイツである。
たしかに、死んだはずのデイジーが大手を振ってザブールの街で暮らしていると知れば、ポーチュラカだって面白くないだろう。
かつがれていたと判ってしまうから。
「んんー たしかにデイジーは死んだけどさ。そんな名前のマリューシャー信徒は、最初からいないよっ」
くすくすと笑うデイジー。
「ぬ? どういうことだ?」
「こういうことだよ。アニキ」
横から説明するのはフレイである。
ここにいるのはデビット。それが本名だ。
すなわち、デイジーは死んでもデビットは生きてる。
「なんだそのトンチは」
A級冒険者が呆れた。
トンチというより、屁理屈である。
「教団の記録には、デイジーなるものが死亡したとポーチュラカ大司祭が申告す、と書かれるらしいぜ」
にやりと笑うフレイ。
ここまでひっくるめての茶番なのだ。
デイジーなんて総大主教候補は、最初からいなかったことにされる。
すべてはポーチュラカ大司祭の妄想の産物という筋書きだ。
その一方で、実際に
「ひどいペテンよねぇ」
「まったくじゃな。これほど完膚無きまでに騙す必要があったのかと、いまさらながら思うくらいじゃ」
女性陣が苦笑する。
なんぼなんでもポーチュラカ大司祭が可哀想じゃね? と。
良い面の皮、なんて言葉の総天然色見本みたいなものだ。
「いやまあ、俺もそう思わないでもなかったんだけどな。ガルたちがな」
肩をすくめるフレイ。
あの大司祭に赤っ恥をかかせろ、と、ガルとパンナコッタが熱心に主張したのである。
我らがデイジーを
本来は
だが、このあとの人生、歩く道を狭くしてやる。
そんなわけで、フレイは立案できる救出作戦のうち、最も派手で、最も大げさで、最もバカバカしいプランを選択した。
名付けて、
もっのすごく複雑に、いろーんな動きを交えながら、ポーチュラカ大司祭の目の前でデイジーを殺し、無力感をたっぷりと味わわせてやった上に、大恥をかかせてやる。
「自分のせいではないみたいに言うておるがの。フレイや。そもそもこんな作戦を思いつくそちが、いちばん頭おかしいのだと自覚しておるか?」
からからと笑うカルパチョ。
ミアやガルのことを笑えないのだ。
こんな手の込んだ作戦……否、悪戯を思いつくなど。
「悪戯王ってところよね」
サイコパスエルフ娘がつついてくる。
子悪魔男の娘、どエム武芸者、残念ダークエルフ、気まぐれデーモンロード。
そしてリーダーは悪戯王ときた。
イロモノ集団にもほどがあるだろう。
「もう、ほんっと勘弁してくださいよ」
ミアの手を押し戻そうとする。
と、そのとき、馬車ががたんと揺れる。
車輪が石でも踏んだのだろう。
良いタイミングで。
バランスを崩したフレイが、手を伸ばして身体を支えた。
ふにっと。
なにか柔らかいものを握ってしまった。
しかも、じつに素晴らしい触り心地だ。
おもわずふにふにと、何度か手を開閉したりして。
うん。
判ってる。
判ってるんだ。
これがミアの胸だってことは。
そしてこのあとどうなるかってことも。
けど、男には、たとえ敗れて死ぬと判っていても、戦わなくてはいけないときがあるんだ。
そろりそろりと顔を上げるフレイ。
ミアと目が合う。
笑っていた。
にこにこと。
これ以上ないってくらい笑っていた。
「……こういうことばっかりしてるから、悪戯王って呼ばれるんだって、死ぬまでに気付けばいいわね。フレイ」
「いやこれ、不可抗力っていうか。そもそも悪戯王なんて呼ばれてないっていうか」
あるいは、ラッキースケベとか。
しどろもどろにならながら、なにやら言い訳をしている我らがリーダー。
仲間たちには、もう次の展開が見えていた。
愚かなるリーダーのため、慈愛の神マリューシャーに祈るフリをしたりして。
「くぼんへうとのこ! よいさなびらえをょしばときと!!」
「ぐぺっ!?」
ひねりを加えた右ストレートが、フレイの顔面をとらえた。
がたごとと揺れる馬車。
一路、本拠地であるザブールを目指して。
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