インターミッション

そしてまた幕があがるとか、そういうやつ?


 ところで、デイジーは装備品をすべて失ってしまった。


 ひらっひらの聖衣も、ラブリーなステッキも、ちょー可愛いサークレットも、総本山に置きっぱなしである。

 連れていかれたとき、ちゃんとした・・・・・神官服に着替えさせられたのだ。

 総大主教候補のそれは、たいそう立派な長衣ローブだったが、逆に立派すぎて、冒険に着ていくには向いていない。


「新調しなきゃねっ」


 と、彼は笑ったものだが、その必要はまったくなかった。


 帰還の挨拶に赴いたマリューシャー神殿では、ユリオプス司祭がちゃんと用意して待っていてくれたのである。


 余計なことを、と、たとえばフレイなどは思ったわけだが、彼以外の男性たちからは賛同を得られなかった。

 ガルやパンナコッタだけでなく、ガイツチームの面々からも。


 そりゃね。総大主教候補の重っくるしい長衣なんて、デイジーに似合うわけないじゃない、くらいの勢いだ。


 司祭プリーストとして、いかがなものかって話である。


 ともあれ、ユリオプス司祭が、総本山に囚われの身となったデイジーを想って、万感の思いを込めて作りあげたものだ。

 薄い桜色を基調とした聖衣は、清楚さのなかにも子悪魔のような愛らしさが内包されている。

 額のサークレットは、まさに逸品。意匠までもが美しい。

 デフォルメされたマリューシャー女神を杖頭にあしらった錫杖マジカルステッキも、より可愛らしく、よりデイジーに似合うように洗練されていた。


 もうね。

 デイジーへの想いが溢れてるよ。


 さっそく着替えて登場した彼に、


『デイジー! デイジー!!』


 と、野太い声援を送るバカども。

 光る棒とか持ってないのが不思議なくらい、いかれた光景であった。


「司祭さま! ありがとうございますっ!」


 やはりいつもの格好が落ち着くのか、満面の笑みを浮かべてデイジーが感謝する。

 そして、彼の感謝の表明とはもちろん抱擁だ。

 そう習っているからね!


「デイジーだってもう司祭なのだから、司祭さまはやめてくれ」


 にへらと笑いながら愛弟子の頭を撫でるユリオプス。


「名前で呼んでくれると嬉しいな」

「はい! ユリオプスさまっ!」

「むはっ!」


 名前にさま付けは、けっこう良い一撃だったらしい。

 空いている手で鼻を押さえてのけぞるユリオプスだった。


 ち、と、他の男どもが舌打ちする。

 なんでてめーだけ役得があんだよ、と殺人的な眼光が語っていた。


 そんななか、パンナコッタが進みでた。

 手に包みを持って。


「デイジー。きみに渡したいものがあるんだ」

「ん? なになに?」


 ユリオプスから体を離して歩み寄るデイジー。

 今度はこっちが舌打ちしたりして。

 めんどくせー男どもである。


 包みからそっとパンナコッタが取り出したのは、一足の靴であった。

 両側にちいさな翼があしらわれた、もっのすげー可愛いやつだ。


「おお! 可愛いねっ もらって良いの?」

「もちろんだよ。デイジー。きみは私にブーツをくれた。だから私もきみに靴をあげたい、と」


 頬を染めながら語るダークエルフ。


 まったく間違っています。

 デイジーが彼に渡したのは、彼自身のブーツだ。

 したがって、それは返したと称すべきだろう。


「んん! ぴったり合う!」


 にぱっとデイジーが笑う。

 なんで足のサイズまで知ってんだよ、とか、そういう疑問は抱かないらしい。

 さすがである。


ウィングスの魔法がかかっている。きみの力になれたら嬉しい」

「ありがと! 大好きだよ! パンナコッタ!」


 ぎゅっと抱きついたりして。

 むにっと伸びるダークエルフの鼻の下。

 勝ち組っぽい表情だ。


 そっち側にいるのが、ユリオプスとパンナコッタ。

 ガル、ガイツ、メイサン、ゴルンは負け組だ。

 なんか、ハンカチでも噛みそうな表情をして悔しがっている。


「……フレイさんや」

「……なんだね。ミアさん」


 悲喜こもごもの様子をぼーっと眺めながら、ミアがフレイに話しかける。


「なんとなくなんだけどさ。今後なんだけどさ」

「うん。言いたいことは判る。デイジーにプレゼントとかするやつが増えそうだよな」


 ため息を吐くふたり。

 はやめになんとかしないと、そのうちデイジーが刺されちゃいそうである。


 握手会とかやって発散させるとか?

 お心付けは遠慮させていただきますってわけにもいかないし。


 だってデイジーって司祭だもの。

 信者の方々からのお布施ふせが、教団の主な収入だもの。


「ていうか、デイジーを総大主教にって考えって、あながち間違ってないかもねえ」


 何ともいえない表情のミアであった。

 寄付なんか、ばんばん集まっちゃうだろう。


 実際問題、立ってるだけで、服とか靴とかもらえちゃうんだよ?

 人生、勝ったも同然だよ。


「あ、そうじゃ。服で思い出した。ミアから借りたあの服な」


 不意にカルパチョか口を開く。

 デイジー救出作戦のときに着ていた、あの悪の組織の女幹部みたいな、扇情的せんじょうてきな服のことだ。

 あれ、ミアの持ち物だったらしい。


「ん? どしたのカルパチョ。気に入ったから欲しいとか?」

「そうではない。むしろちゃんと洗濯して返す。二度と着ない」


 首を振るカルパチョ。

 戦うときには深紅の甲冑かっちゅう姿だし、普段着はあまり露出度の高いものではない。

 あの格好はけっこう恥ずかしかったのだろう。


「布地が少なすぎる。とくに胸。老婆心ろうばしんながら、ああいうのは良くないぞ。ミアよ」

「そおかしら? カルパチョが乳でかすぎるんじゃない?」

「乳房の話ではない。あの細い布では……」


 ごにょごにょと口ごもってしまう。


「たしかになぁ。けっこうちらちら乳首みえて、目のやり場に困ったし」


 そして余計なことを言うフレイだった。

 なにしろ彼は、カルパチョと戦っているフリをしたから。

 実際に肩を切られたりとか、かなり迫真の演技だったのである。


 だから、おっぱいがちらちら見えちゃうのは、わりと困った。

 ぼんっ、という勢いで赤くなる紅の猛将。


「ば、ばかフレイ! なんということを言うのじゃ!」

「ふーん。カルパチョのおっぱい見たんだ。良かったわねぇ」


 ミアの方は笑っている。

 下目遣いに。


 あ、俺死んだ?

 だらだらと汗を流すフレイだった。


「愚かな……雉も鳴かずば撃たれまいに……」


 しっぶいバリトンボイスで、ユリオプス司祭が論評してくれる。

 ガルとパンナコッタ、そしてA級三人衆が大きく頷いた。


 やっぱりデイジーが一番。

 生身の女など面倒なだけだ、と。


 かなり末期症状である。


 じりじりとフレイににじり寄るミアとカルパチョ。

 絶体絶命のピンチを救ったのは、響き渡る警鐘けいしょうだった。






 なんとなんと。


 ザブールのすぐ近くにある遺跡から、巨大なモンスターが出現したらしい。

 地下街と呼ばれている、あの場所だ。


 とっくに調査なんか終わっていて、もうなんにも残ってないはずだったのに。

 じつはさらに下の階層があって、巨大モンスターが封じられていたという。

 腕試しに地下街に赴いたE級チームが、偶然それを発見し、しかも封印を解いちゃったっぽい。


「で、そのモンスターは一直線にザブールに向かっている、と」


 説明を聞き、フレイが肩をすくめる。

 ミアとカルパチョのオシオキから脱したと思ったら、とんでもない厄介事が口を開けて待っていた。


 警鐘によって領主アンキモ伯爵の館に参集した冒険者や傭兵。

 伯爵のかかえる騎士団と協力して、モンスターを撃退せよ、というのが緊急依頼クエストである。


 しかもC級以上は強制参加だ。

 当然のようにフレイチームだってかり出される。


「みんなのことはボクが守るよ!」


 デイジーはやる気満々だ。


「では、デイジーのことはそれがしが守ろう」

「いやいや。それは私の仕事だ。ガルは安心して前衛に出てくれたまえ」


 牽制し合うガルとパンナコッタ。

 なにやってんだか。


「巨大なモンスターのう。それだけではなにやら判らぬの。まずは偵察が第一じゃろう」

「敵が判れば、対処法も判るもんね」


 これはカルパチョとミア。

 フレイチームは、女性陣の方が現実的で、かつ有能だったりする。


「偵察なら、俺の出番だな」


 そして我らがリーダー、フレイの力強い言葉だ。

 先行偵察、情報収集こそが、彼の真骨頂である。

 全幅の信頼を寄せ、仲間たちが頷く。


 が、つかつかと歩み寄った人影が、ぐいとフレイの腕を掴んだ。

 冒険者同業組合の係員と、アンキモ伯爵である。


「単独行動、ダメ、ゼッタイ」

「死ぬなよフレイ。絶対死ぬなよ」


 息がかかるほど顔を近づけて念を押したりして。

 ちなみに、こいつらはべつにフレイ個人の生命を心配しているわけではない。

 フレイが死んじゃうと、いろいろと厄介なことが起きてしまうのだ。


「あ、はい。がんばります」


 たじたじとなるフレイ。

 仲間たちが苦笑する。


「ま、全員で行く手よね。遺跡から蘇ったモンスターとやらに、フレイチームの実力を見せつけてやりましょ。どんな声で鳴くのか楽しみだわ」


 いつものようにおかしげなことを言い、ばさっとローブをひるがえすミア。

 ガルが、パンナコッタが、カルパチョが続く。


「行くよ。フレイ」


 手を引くデイジー。


「なあ、もうちょっと俺の見せ場、作ってくれても良いんじゃないか?」


 やれやれと肩をすくめ、フレイもまた歩き出した。

 新たな厄介事の予感を抱きながら。


 それは、けっして忌避すべきことではない。


 なにしろ、厄介事こそが、彼ら冒険者のメシのタネなのだから。


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