第22話 後のデイジー教である(嘘)


「ま、そんなことするを必要もなさそうだけどな」


 ジト目を向けるミアに、フレイは肩をすくめてみせた。

 パンナコッタは抵抗の意志もなく、きらっきらと輝く目でデイジーを見つめている。


「こうしてデイジー教の信者がまたひとりってところかしら」

「我が親友ながら怖ろしい奴だぜ」


 顔を見合わせて笑う。

 ジャマダハルを腰の後ろの隠しに収納し、かわって小刀を取り出したフレイ。

 ロープと猿轡を切ってやった。


 ばっ、と、びっくり箱みたいな勢いで起きあがったパンナコッタが、デイジーの方へと駈けてゆく。

 片足裸足のまま。


「女神よっ!」


 騎士の礼みたいに片膝をついちゃった。

 トチ狂った様子を眺めながら、ミアが豆知識を披露してくれる。


「ちなみに、エルフには信仰ってないのよ。だからどんな神さまにも帰依きえしないの」

「でもミアはマリューシャーの奇跡で回復してもらったりしてるじゃないか」

「もらえるものは、奇跡でもお金でももらうわよ。そこは人間も一緒でしょ?」

「違いない」


 そんなもんだ。


 便利なものはありがたく使わせてもらうが、だからといってそれを信仰したりしない。

 武器でも防具でも道具でも。

 もちろん魔法でも。


「ダークエルフに、初めて信仰心を与えた人間ね。デイジーは」

「俺はあいつがどこに向かっているのか、心配で仕方がないよ」


 なんだか悟りきったような会話を重ねながら、並んで寸劇をみつめるふたり。

 デイジー劇場は、クライマックスを迎えようとしていた。


「やだなあ。ボクは女神さまじゃないよ。パンナコッタ。はい、靴」

「ははっ! ありがたき幸せ」


 差し出されたブーツを、うやうやしく両手で受け取る。

 神具しんぐ下賜かしされるみたいな雰囲気だが、ぜんぜん違う。


 もともとパンナコッタの持ち物である。

 デイジーとしては普通に返しただけだ。


 あと、女神じゃないっていう否定は、女でも神でもないよって意味だ。

 ダークエルフがその意味を汲めたかどうかは、かなり微妙である。


「ボクのことはデイジーって呼んでよ」


 親しい人はみんなそう呼ぶしって付け加える。

 まあ、愛称だから。

 本名のデビットで呼びたくない人たちもいそうだけど。


「デイジーさま……」

「デイジー。敬称なんてつけたら嫌だよ」


 にぱっと笑う。

 あの笑顔は反則だ。


 と、つねづねフレイは思っているのだが、まさか笑うなとは言えない。

 困ったもんである。


「はい。デイジー」


 ぽっと頬を染めて応えるパンナコッタ。


「ん。おちたわね」

「おそろしいわ」


 ミアとフレイの認識が一致した。






 A級冒険者たちが、パンナコッタに詫びている。

 命の奪い合いをしていた相手に対して、ものすごくおかしいのだが、もはやなにがおかしくてなにがおかしくないのか判らないようなありさまだ。


 ああ、おかしいっていえば、パンナコッタは闇の陣営を辞めて、フレイチームに転職するらしい。

 そんな簡単に退職できるような会社というか組織なのか、フレイはものすごく首をかしげだが、本人が辞めるというのだから辞めるのだろう。


「気にしないでくれ。水に流そう。お互いに」


 右手を差し出すパンナコッタ。


 私財を奪われたことは水に流す。

 殺し合いをしたことも水に流す。

 素晴らしき友情である。


「そういってくれると助かるぜ」


 ガイツがかたく握りかえした。


 いろいろ間違ってる。

 そもそも死の罠を仕掛けたのはパンナコッタであり、それをくぐり抜けたのはフレイたちだ。

 本来であれば話はそこで終わり。

 エサに使った宝物を返せ戻せってことにはならないのである。


 まあ、本人たちが良いというなら、それで良いのだろうが。


 ともあれ、戦力過剰のフレイチームが、さらに増強されることになった。

 上位古代語ハイエイシェントの魔法を操る、魔法使いである。


 精霊使い、魔法使い、マリューシャーの信徒。

 魔法職が充実しすぎ。


 ザブールの冒険者同業組合に登録している五十以上のチームのうち、魔法職をひとりでも内包しているチームなんて、一つか二つしかない。

 それを考えたら、どんだけ異常な事態なのか判ろうというものだ。


 しかも、パンナコッタだってこれから冒険者として登録するわけだから、当然のように等級はE級である。

 すぐに昇級することになるだろうけれど。


 魔法使いたちの中でも、大魔法使いヴィザードの称号を持つ連中だってほとんど知らないような上位古代語ハイエイシェント魔法マジック

 そんなもんを駆使するようなやつを、いつまでもE級にとどめておけるはずがない。

 それ以前の問題として、魔術協会アカデミーが放っておかないだろう。


「むしろ隠せ。上位古代語が使えるとかバレたら、そっちの方が厄介よ」

「そうなのか? ミア」


 魔法に詳しくないフレイが訊ねる。

 彼がというより、ミア以外には上位古代語魔法と一般的な魔法コモンマジックの違いなんぞ判らない。


失われた魔法ロストマジックだからね。禁呪きんじゅとされて、世界から消えていったのよ」


 肩をすくめてみせるエルフ娘。


「失われたて。ミアは知ってたじゃないか」

「そりゃわたしはエルフだもの。こんなんでも、百六十年も生きてんのよ」


 人間たちにとってははるか昔の出来事でも、彼女にはつい最近くらいの感覚だ。


 とはいえ、さすがに古代王国のこととなると、いかなミアでも話できいたことがあるくらいだし、彼女自身が上位古代語を話せるわけでもそれを使った魔法を扱えるわけでもない。

 知識として少しは知っている、という程度である。


「なるほどな」


 ふうむとフレイが頷く。

 降る刻の長さが違うというのは、やはり知識の蓄積量に大きな差が出るものだ。


「そもそも、なんでパンナコッタは上位古代語魔法なんて使えるのよ?」

「人間たちが失っても、闇の眷属ダークサイドは失わなかった。というだけの話だよ。ミア」


 あっさり応えるダークエルフ。

 もう隠し事とか、する気はないらしい。


「ならもういっこ質問いいか?」

「なんだい? リーダー」

「なんでダークサイドがこんなところにいたんだ? あんたらの活動域って、もっとずっと西じゃなかったっけ?」


 フレイの問いかけである。

 ザブールの街からたいして離れてもいないシスコーム遺跡。

 そんな場所に、十年も前から罠を仕掛けている理由がさっぱりわからない。


「うん。私は先兵せんぺいだよ。魔将軍カルパチョが侵攻を開始するから、その前に人間たちの実力を調べるように言われたんだ」


 やっぱりあっさり応えてくれる。

 なーんにも隠す気ないから、ちょー簡単に。


「…………」


 フレイは無言だった。


 なんかね。

 ものすげー不穏当な単語がね。

 含まれていた気がするんだわ。


 嫌な予感が鳴りやまない。


「……魔将軍カルパチョ……紅の猛将とも呼ばれる魔王軍随一ずいいちの闘将だぜ……そんなやつが侵攻を目論んでやがったのか……」


 絞り出すようなガイツの声。

 聞くからにやばそうな相手である。

 あきらかに、一介の冒険者がどーこーできるって事態じゃない。


「け、けど十年前だよな。その後なんも音沙汰おとさたないなら、もう侵攻とかないんじゃ?」


 メイサンが言う。

 それはむしろ彼の願望を言語化したものだったろう。


「カルパチョは慎重な人なんだ。異名に反してね。勝つための準備は怠らないから、十年でも二十年でもかける」

「……貴重な情報ありがとうございます」


 うなだれちゃう双剣使い。


 しかし、それだけ慎重なら、すぐすぐ侵攻って話にはならないかもしれない。

 人間たちの戦力がきちんと把握できて、充分な勝算が立つまで。


 一同がほっと息を吐く。

 もうね。

 魔王軍とか。勘弁してくださいって感じだ。


「うん? たぶんすぐくるよ? たった四人で洞窟竜を倒す猛者がいるって私が報告したら喜んでたし。人間にも見所のある奴がいるようだって」


 そして希望をうち砕いてくれるパンナコッタくんである。

 ドラゴンとフレイたちの戦いは監視していたらしい。

 千里ミスティクビジョンズとかいう魔法で。

 で、報告してくれたらしい。

 フレイたちがドラゴンを倒したって。


 すっと立ったミア。

 にこにこしながらパンナコッタの頬を引っ張る。


「はのいなわいかしとこないけよ! かちくのこ! かちくのこ!」


 びろーん、と。


「いひゃいひゃいっ!?」

「ああ……なに言ってるか判らないけど、なんとなく理解できるぜ……」

「そだね。だいたいフレイの予想であってるよ」


 げっそり呟くフレイに、にこにことデイジーが笑ってくれた。


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