第21話 イジメ、カッコワルイ
瞬く間に大きくなった魔力球が迫ってくる。
これ絶対にやばいやつだ。
と、理性によらず悟った冒険者たちは、思い思いの方向へ跳びさがった。
ひとりを除いて。
「
高らかに叫んだミア。
ククリナイフを抜きはなつ。
深紅の輝きを得た湾曲した刃が、魔力球を受け止めた。
バチバチと飛び散る火花。
魔力の共食い現象である。
「上位精霊を操るか。小娘が。
パンナコッタの姿が消え、一瞬後、ミアの横に現れる。
なんとか魔力球を打ち消したエルフ娘がククリを振るうが、ダークエルフの方が速かった。
思いっきり蹴り飛ばされる。
吹き飛ばされ、受け身も取れずに転がってゆくミア。
走り込んだフレイが受け止める。
「大丈夫か!?」
「たきまたっあ……」
腕の中、翻訳機能を使わずに呟いたミアが、ぎんっ、とパンナコッタを睨みつけた。
「うろやぽんい! かーば! よえねゃじんてっかつゅじんき!」
「ちちいな! かばかば! うろやのこだぽんいがれだ!」
「そべでんゃちあかのえまお! せっう!」
「やべえねいけんかやお! まお!」
「いけうほ! うょしんた! んこざま!」
「るがりし! うゅにんひ! びち!」
エルフ語での罵り合いがはじまった。
何を言っているかさっぱり判らないが、きっとそんなに高度なことは言っていない。
たぶん幼児レベルの悪口の応酬なんじゃないかなーと、フレイは漠然と想像した。
白い顔を真っ赤にして叫ぶ少女と、黒い顔を真っ赤にして怒鳴る青年の姿から、たとえば討論のような高尚さとかは、ちっとも感じなかったので。
ものすごくなまあたたかい目で二人を見つめる。
「フレイもなんか言ってやんなさいよ!」
「え? 俺も?」
突如として
「なんか悪口! はい!」
無茶である。
だって俺この人のこと何にも知らないよ? という思いを込めてミアを見つめる。
もちろん無視された。
「……じゃあ、とんそく野郎、とか?」
「おまっ!? 言うに事欠いてとんそくだとっ! ふざけんなよ人間! ぶっ殺すぞ!」
ものすごく激昂するパンナコッタさん。
「うわぁ……そこまで言う? さすがにわたしでも引くわぁ……」
腕の中で引いてるミアさん。
異文化コミュニケーションって、とっても難しいのである。
たぶんエルフに対して使ってはいけない言葉だったのだ。
「さーせん。なんかさーせん」
フレイがぺこぺこと頭を下げる。
「よし! やっちまえ!!」
突然響くガイツの号令。
次の瞬間、四方八方から掴みかかった冒険者たちによって、パンナコッタは床に組み伏せられていた。
ロープでぐるぐる巻きにされ、口には
ガイツもメイサンもゴルンもガルも、ただぼけーっと漫才を見物していたわけではない。
死角から、そろりそろりとダークエルフに忍び寄っていたのだ。
そして、タイミングを合わせて一斉に襲いかかった。
同時に攻撃すれば、魔法使いといえども対応できない。
とっさに魔法を使われたときのために、デイジーが発動直前の回復の奇跡を用意して待機している。
びちびちとエビみたいにダークエルフが跳ねる。
「もがー! もがー!!」
「うふふふ。どうしてくれようかしら」
フレイの腕の中から降りたミアが、おっそろしい笑みを浮かべて近づいてゆく。
得物のククリに舌を這わせたりして。
「ぐぅわっちーっ!?」
そして舌を火傷して、ナイフを放り投げた。
当たり前である。
ついさっきまで、炎の上位精霊を宿していたのだ。
「……なあミア。おまえってもしかして、バカなのか?」
さすがに、今度という今度はつっこむフレイである。
用意していた回復の奇跡を、ダークエルフの捕縛にはまったく役に立たなかったミアに使い、デイジーは少女から体を離した。
けっこうひどい火傷だったため、接触して回復する必要があった。
そしてデイジーの場合は、接触させる部位は唇である。
美少女(?)と美少女のディープキス。
かなりあぶない絵図に、野郎どもは思わず股間をおさえたくらいだ。
「ありがと。デイジー」
「もう痛くない?」
「ええ。もう大丈夫よ」
やや頬を染めて微笑するミア。
なぜだろう。
男とキスをしたっていう気分にはならない。
気を取り直して、縛られてるダークエルフに近づく。
「あんたのせいで、いらない恥をかいちゃったじゃない」
腹の辺りをげしげし蹴ったりして。
九割九分くらいは自業自得なんじゃないかな、と、男たちは思ったが、賢明にも口には出さなかった。
怖いからね。
「もがーっ もががーっ」
「うふふふふ」
藻掻くパンナコッタにミアが馬乗りになり、ずぼっとブーツを脱がす。
邪悪な笑みを浮かべて。
「もがっ!?」
「……くさいわね」
当たり前である。ブーツなんて、ずっと履いてたら匂うモノなのだ。
しかし、いくら当たり前だからといって、指摘されれば恥ずかしい。
精神攻撃というやつである。
「ほら。みんなも」
「もがっ! もがもがもがっ!!」
ガイツにブーツを手渡す。
涙を浮かべて抵抗するパンナコッタ。
やめて! かがないで!! とか叫んでんだべなー とか思いながら、くんくんと匂いを嗅ぐふりをするA級冒険者。
ふりだけだ。
男の足の匂いなんぞ、まったく味わいたくないのである。
そして、おもむろにダークエルフに顔を近づけ、
「顔は良いのに足が臭い。可哀想なやつだな」
半笑いで言ってやった。
「もが!?」
ぽいっとブーツをメイサンに放る。
趣旨を理解した双剣使いが、やはりガイツと似たようなことをしてから、
「世界三大汚物級だな。これ」
と、のたまった。
「もが!?」
「ああ。生きているのが嫌になるレベルだ」
こっちはゴルンのセリフである。
それから三人で、手拍子をとりながらパンナコッタの周囲をまわりはじめる。
くさーい、くさーい、と。
子供か。
猿轡から嗚咽を漏らしながら、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにするパンナコッタ。
「バカ! なんてひどいことをするんだよ!」
たまらずデイジーが飛び出した。
子供の頃にいじめられた経験を持つ彼は、こういう行為が大嫌いなのである。
聖衣が汚れるのも
「もう大丈夫だよ。パンナコッタ。きみは臭くなんかないよ」
手を伸ばし、唖然としているゴルンからブーツを奪い取る。
「もが!?」
「臭くないよ」
繰り返し、なんとデイジーは男の靴に唇を寄せた。
ちゅ、と。
「ほら。大丈夫」
「もがぁぁぁぁ!!」
『あああ! あぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
パンナコッタの目から大粒の涙がこぼれ、ガイツ、メイサン、ゴルンの三人は、まるで威に打たれたかのように跳びさがり、平伏した。
なんどもなんども頭を床に打ち付ける。
恥じた。
縛られて動けない相手を、あまりにも幼稚な方法でバカにしたことを。
それは、人としてけっして許されない行為。
「俺は! 俺たちはぁぁぁっ!!」
「殺せ! 殺してくれぇぇぇ!」
ガイツとメイサンが涙ながらに訴える。
ゴルンはもはや一言も発せず、ひたすら床に頭をすりつけるのみだ。
パンナコッタの銀髪を優しく撫で、デイジーが立ちあがった。
「あなたたちは罪を犯しましたが、それを認め反省しました。マリューシャーは、あなたたちを許します」
てくてくと歩み寄る。
「ですが、罰は甘んじて受けなくてはいけません。えいっ」
ぽこっ ぽこっ と、マジカルステッキでA級冒険者たちの頭を軽く叩いていく。
まったく関係ないのに、なぜか一緒に整列しているガルの頭も。
「これでおしまい! もう弱い者いじめしちゃダメだよ! みんな!」
『ははーっ ありがたやーありがたやー』
両手を合わせてデイジーを拝んでる野郎ども。
「ミアはあっちにいかなくていいのか?」
あまりの事態にぼーぜんとしていたミアに、フレイが声をかけた。
半笑いで。
なにしろ、いじめの発端は、このエルフである。
ただまあ物事には別の側面もあって、パンナコッタは弱い者でもなんでもないって事実とか、ついさっきまで殺し合っていた敵対者だってゆー真実とか。
きっとバカたちは忘れてるだろうけど、すっげー重要な事柄が隠されていたりする。
「俺としては、あいつらが遊んでいるうちにトドメを刺すってのがオススメの提案だけどな」
「うっわ……」
淡々とジャマダハルを装備しなおすフレイを、ミアが見つめた。
空気読めなさもここまできたら、いっそ見事だ、と。
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