第13話 大激闘! フレイチーム!!


 風の精霊力をまとって高速回転する邪悪な投げナイフクピンガがドラゴンに突き刺さる。


 こんなもの、たいしたダメージではない。

 人間相手ならばともかく、小さな家ほどもあるような巨体には、たぶん蚊が刺したほども効いていないだろう。


 だが、迫りくるガルを迎え撃つドラゴンの動きがわずかに鈍る。


「オニオコゼの毒を刃に塗ってあるの。解毒法のない毒よ」


 狂気の笑みを浮かべるミア。


 強烈な神経毒を持つ魚の名だ。

 さすがにドラゴンのような巨体を殺すには至らないだろうが、動きを阻害する程度の効果はある。


 ガルが正面に立つ。

 戦斧が猛烈な勢いで叩きつけられた。


 分厚い鱗を砕き、胴体に食い込む刃。

 とどろき渡るドラゴンの絶叫。


 怒り狂った魔獣の爪がガルを切り裂く。

 吹き出す鮮血。

 だが、武芸者は倒れない。


「この程度の痛みで! それがしの正義の心は折れはせぬわ!」


 目を見開き、口からは血と涎を撒き散らし、男は哄笑こうしょうする。

 幾度も幾度も叩きつけられる戦斧。


 同じくらいの回数、ガルも引っかかれたり噛み付かれたりしている。

 全身から血を流し、おそらくは何カ所も骨折しながら、なおガルは攻撃の手を弛めない。


 まったき興奮に顔を紅潮させ。

 黒っぽい瞳をギラギラと輝かせて。


「もっと! もっとだ! この程度のぬるい攻撃で、それがしを止められると思うな!」


 さらなる激闘を要求する。

 はっきりと異常な光景だ。


 武芸者の闘志か変態性か知らないけど、とにかく気迫みたいなのを感じたのか、ややドラゴンがたじろぐ。

 その隙に飛び出したデイジーが錫杖マジカルステッキをふるい、ガルの傷を癒してゆく。


 くるくると回りながら。


「慈愛の女神マリューシャーよ! このものに再び立つ力を!」


 癒しの光に包まれる武芸者の身体。


「ふおぉぉぉぉ! それがしはまだまだ戦える! まだまだ耐えられる! もっと! もっとそれがしを痛めつけてみよ!!」


 奇声とともに、さらなる闘志をみなぎらせる。


「この錫杖ステッキすごっ 増幅されてるっ」


 デイジーは自分でやったのにびっくりしている。

 かなりの力を持った魔法の品物マジックアイテムなのだろう。

 なにしろマリューシャー教の大司祭が、何日も夜なべして霊力を注ぎ込んだのだから。


「ガル! ボクが支えるからね!」

「うぉぉぉぉっ! 勇気百倍!!」


 武芸者というより狂戦士バーサーカーのような勢いで襲いかかるガル。

 強靱な尻尾を叩きつけられようと、鋭い爪が筋肉に食い込もうと、一歩も退かない。


 狂ったように戦斧を振り回し、何度も何度も何度も何度もドラゴンを斬りつける。

 デイジーが踊り続け、ガルの肉体を回復させ続けているが、だんだん追いつかなくなってくる。


「このままじゃ……あ、そうだ。防御の奇跡を使えば!」

「不要!」


「でもガル!」

「この痛みこそ! それがしが生きている証! 痛みなき生などに何の意味があろう!!」


 もっのすごく異常なのだが、ここまできっぱり断言されちゃうと、案外そんなものなのかと思えてしまうから不思議だ。


 どっちかっていうと、一方的に叩きのめしたい派閥のミアには、あんまり理解できない考えであった。


「氷の精霊。その息吹を矢となしての者を貫け」


 ぶんと腕を振るエルフ娘。

 空中に幾本もの氷の矢が生まれ、ドラゴンの胴体に突き刺さる。


 が、硬い鱗に阻まれ、大きなダメージを与えるには至らない。

 小賢しい攻撃に怒り、たけり、烈しく身をよじるドラゴン。


 まさに大暴れだ。


「さすがに硬いわね。だけど」


 ミアがにやりと笑う。

 次の瞬間、死角に回り込んでいたフレイが突貫した。


 ドラゴンが気付いたときにはもう遅い。

 刺さった氷の矢を足場にして、巨体を駆けあがる。

 そして跳躍。


 横回転しながら振り抜かれる右脚。


炎の精霊王イフリートの者の剣に力を与えよ!」


 真っ赤に輝く脚甲グリーヴ


 ファイアブレイド。

 魔力を付与する精霊魔法である。


「うおおおっ!」


 長首に決まる蹴り。

 抵抗は一瞬。

 天井高く吹き飛んでゆく生首。

 胴体から切り離されて。


 光を失った瞳が、なにか理不尽なものでも見るように冒険者どもをみつめていた。

 たしかに理不尽きわまりない。

 住居にいきなり押し入られたあげく、問答無用に攻撃されたのだから。


 胴体部から血が吹き上がる。

 それは、驟雨しゅううのように床に降り注いだ。


「しゃ!」


 空中でガッツポーズを決め、フレイが着地する。


「おみごと」

「ミアの魔法こそ。最高のタイミングだった」


 歩み寄ってきたミアと右手を打ち交わす。

 ぱぁんと音を立てて。

 ちょっとした興奮状態だ。


 ブレスを吐かない下位の洞窟竜とはいえ、ドラゴンを倒したのである。

 興奮すんなって方がどうかしているだろう。


「ふふ。ふはははは!」


 哄笑とともに、ガルがどっかりと座り込む。

 降り注ぐ赤い雨のなか。


 最初から最後までドラゴンの前面に立ち、囮役デコイをつとめあげた。

 彼でなければ五、六回は死んでいる。


 否、いかなガルといえども、デイジーの回復の奇跡がなければ、不可能だったろう。


 作戦としてはそう複雑なものではない。


 ガルが囮となってドラゴンの注意をひく。

 その隙にフレイが死角から攻撃して、一気に勝負を決める。

 デイジーはガルを回復し続ける。

 ミアはフレイの突撃の契機を作り、支援魔法でバックアップする。


 完璧な連携がもたらしたものは、完璧な勝利だった。


「とはいえ、さすがに魔力がスッカラカンよ。もう火蜥蜴の槍サラマンダージャベリンを一発撃てるか撃てないかってところね」


 笑いながら両手を広げてみせるミア。

 出し惜しみできる状況ではなかった。

 全力で戦ったって、勝てるかどうか判らない相手である。


「ボクもだね。これで打ち止めだよ」


 回復の奇跡でガルを全快させ、デイジーが息を吐く。

 ひたすら踊り続けていた気がする。


「世話をかけるな。デイジー」

「きにしないで! 仲間だもん!」


 笑い合う。


「まあ、撤収だべな。これ以上の探索はむりだろ。なんぼなんでも」


 フレイが決断した。


 彼らの目的であった魔晶石は、発見できていない。

 もっと下の階層にあるのか、あるいはすでに行きすぎてしまったか。

 どちらにしても、もう探し回るだけの余力はない。


 この部屋にあるお宝を回収して撤収。

 それが現実的なプランだ。


「いやいやフレイ。たった四人でドラゴンに挑んでおいて、いまさら現実を語られても」


 くすくすと笑うデイジー。

 返り血で化粧されていたが、チャーミングな笑顔である。


「うっせ」


 ぽこっと、フレイが幼なじみの頭を小突いた。







 ドラゴンの死骸は貴重な素材になる。

 爪、目玉、牙、骨、肉、心臓、鱗、皮膚。

 もう、捨てるところなんてないくらいなのだ。


 なのだが、こんな巨体をさすがに四人では持って帰れない。

 ましてこの部屋にはけっこうな数の魔力反応がある。

 つまり魔法の品物マジックアイテムだ。これらだって、ぜひ拾っていきたいのだ。


「目玉と、爪を何本か。そんくらいだろうな。もったいねーけど」


 非常に悔しそうにフレイが死体を眺めるが、こればっかりは仕方がない。

 じっさい目玉と牙だけで、一人分の背負い袋はいっぱいになってしまう。

 このまま放置しておいて、なるべく早く回収にくるしかないのだ。


 その間に他の冒険者に取られてしまったら、諦めるしかない。

 所有権を主張できるような類のものではないし。


「ま、だからこそ魔法の品物マジックアイテムを優先しないといけないんだけどね」


 肩をすくめるミア。

 死体よりずっと簡単に持ち出せるから。

 次にきたときに残っている可能性を比較したら、こっちのほうがずっとずっと低い。


 部屋に入る前にミアが感知した魔力は四十ほど。

 ひとつはドラゴンのものだっとして、残りは三十九。


 できればひとつ残らず回収してしまいところだ。

 その上で余裕があれば死体ナマモノから剥ぎ取る、ということになるだろう。


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