第54話 かっぽかっぽと旅路をゆけば
モンペンまでは邪竜ヴェルシュの背に乗ってひとっ飛び! というわけにはいかない。
こんなところをドラゴンが飛んでたら、何事が起きたのかと思われちゃうからね。
「買った馬車が、いきなり役に立ったなぁ」
御者台のフレイが隣のカルパチョに笑いかける。
「投資が無駄にならなくて良かった、というところじゃな」
穏やかに返してくれる魔将軍。
厳正な抽選の結果として、今日はカルパチョが一緒らしい。
昼まではフレイが御者をつとめ、午後はガルが手綱をとる。
荷台には六名。
一頭立ての馬車だが、積載量としてはまだ少し余裕があるくらいだ。
徒歩ではないのは、もちろんエクレアに体力がないからである。
こいつを歩かせたら、モンペンまで何日かかるか判ったものじゃないからね。
予定としてはちゃんと宿場に泊まりながら、七日ほどの行程だ。
けっこうな時間だし出費である。
往路にそれだけ時間がかかるということは、復路だって同じだけの時間がかかるのだ。
モンペンに何日か滞在するとしたら、さらに金もかかるだろう。
旅をするのも、なかなか大変である。
勤め人などでは踏み切るのにかなり勇気がいる。
「しかし、大きく稼いで大きく使うのが冒険者なのじゃろ」
「だな。ケチで締まり屋の冒険者なんか、誰が歓迎してくれるんだって話さ」
カルパチョの言葉にフレイが笑みをみせた。
最下級のE級ならともかく、C級ともなれば散財はむしろ義務である。
それじゃなくても社会的な信用なんかない冒険者だ。けちけちしていたら、嫌われ放題なのだ。
あいつらはうさんくせーけど、金払いは良いんだよな、くらいに思われなくてはいけない。
「ましてフレイは、儂やミアやデイジーのような美女を引き連れておるからの。恨まれ度合いもひとしおじゃろう」
「最後の一人が、とてつもなくおかしくねえか?」
「大丈夫じゃ。だれも気にしておらぬ」
「いやいや。気にしてくれよ」
「私は美女に数えられなかった。解せぬ」
荷台で不満を漏らすのはエクレアである。
思い思いの格好でくつろぐ六人。彼女は当然のようにミアの隣に座っていた。
「解しなさいよ。エクレアがへんたいだからでしょ」
そのミアが、えらくストレートに論評してやった。
どんだけ美人でも、男に興味を示さず女の尻ばかり追いかけていたら、そりゃ女性としては数えてもらえないだろう。
枠としては普通に男性枠だ。
「むしろね。なんでボクを数えたのさ」
ぷんぷんと憤慨するのは、もちろんデイジーである。
左右をガルとパンナコッタに挟まれ、さっそくカード賭博に興じはじめていた。
女遊びも飲酒も賭博もたしなむ生臭司祭だ。
「デイジーとフレイが親友同士なのは誰でも知ってる話だけどな、妬いているものもいるんだろうよ。ダブルアップだ」
しゅっとカードを切りながらヴェルシュが笑う。
「ぐはっ」
直撃を受けたガルがのけぞった。
この邪竜、強すぎる。
「むー ボクとフレイはそういう関係じゃないよっ」
頬を膨らますデイジー。
可愛い。
「だね。きみは誰のものでもないよ」
パンナコッタが微笑してみせた。
ニュアンスが微妙におかしい。
「あんたら。あんまり熱いれすぎて、遊ぶお金なくなっても知らないわよ」
けっこう高額をやりとりしている男どもに、ミアが注意を喚起した。
彼女の場合、知らないといったら本気で知らないのである。
ちゃんと言うことを聞かなかったら、普通に置き去りにされたりする。
怖いのだ。
肩をすくめてレートを下げたりして。
旅はまだはじまったばかりだ。
温泉の街ジョボン。
フレイたちも泊まったことのある街である。
そして今回も、ちょっと良い宿を取った。
というのも、魔族のカルパチョやダークエルフのパンナコッタは目立ってしまうからだ。
さすがに温泉に入るとき、フードで顔を隠すというわけにもいかない。
なので、この前泊まった露天風呂つきのコテージである。
経費ではないのでけっこう痛い出費だが、カルパチョとパンナコッタだけ温泉はお預けというのもない話だ。
誰になにを言われなくても、フレイはそういう心遣いができる男なのである。
「温泉名は」
プレートを持ったミアがにこやかに言う。
「ジョボン温泉です」
エクレアはやや引きつった笑顔だ。
「種別は」
「露天風呂じゃな」
カルパチョも、二回目だから慣れたものである。
今回のウサギちゃんは三名だ。
中心にミア、右側がエクレア、左はカルパチョ。
全裸に見えるが、お湯の中に隠れている部分はしっかりと水着をまとっている。
もう騙されない。
「それではみなさん」
『おやすみなさーい』
声を揃えた三人が手を振る。
「はいカット! OK!」
撮影用の魔導具をもったヴェルシュが宣言した。
なにをやっているのかといえば、ナザリームでもやった温泉紹介である。
べつに誰かにみせるわけではないが、美女が温泉を紹介している映像をコレクションするのを、カオスドラゴンは生涯の野望としたらしい。
「まあ、無趣味に生きるのというには、儂らの生は長すぎるからのう」
理解を示すのは魔将軍だ。
そのうち、ヴェルシュ監修の温泉紹介本とか売り出されるかもしれない。
美女が紹介している動画とか付いて。
需要があるかどうかは未知数だが。
「デイジーが紹介しているなら買っても良いけどね」
「然り」
バカたちが論評しているが、こいつらのバカはいつものことなので、だれも気にしなかった。
「さてさて。男は撤収だぜ。ごゆっくりな」
ヴェルシュが宣言し、助手たちを引き連れて去ってゆく。
カード賭博の借金を棒引きするかわりに、謎の趣味を手伝わされていたのである。
バカたちは。
フレイとデイジーは、仲良く夕食の支度中だ。
ガルもパンナコッタもハンカチを噛みしめちゃうような場面だが、負け犬に文句を言う資格はないのである。
まあ、ギャンブルは身を滅ぼすということだろう。
「あ。戻ってきた。どうだった? みんな色っぽかった?」
リビングテーブルに料理を並べていたデイジーが、にふふふと変な笑い方をした。
裸に見えるけど、じつは詐欺だって知っているのである。
「デイジー」
ややむっとした顔のフレイだ。
ミアやカルパチョのあられもない姿のことで盛り上がられるのは、なんかおもしろくない。
エクレアはどうでも良いけど。
「あれれ? 妬いてんの? めずらし」
「うっせ」
ぽこっと親友の頭にチョップするフレイだった。
ガルとパンナコッタが羨ましそうにする。
どうでも良い。
仕事じゃないからこそ、なんかミアとカルパチョのことを意識してしまう。
まったく。
らしくない。
軽く頭を振る。
「女どもの風呂は長いからな。先にはじめようぜ」
その様子ににやりと笑ったヴェルシュが、リーダーを促してテーブルにつく。
「……そうだな」
苦笑するフレイ。
酒は大量に運び込んでもらっている。
宴会だ。
「たまには男だけってのも、わるくないよねー」
全員のカップにワインを注いでまわりながら、デイジーが言った。
露天風呂では女子会が開かれているだろうだろうから、こっちは男子会だと。
「結局さー フレイはミアもカルパチョも娶らないといけないんだよねー」
「はっきりいうね。デイジーさんや」
政略として、カルパチョがザブールを去ってしまうのはまずい。
繋ぎ止めるにはフレイの存在が必要で、方法としては結婚するしかないのだ。
子供でもできたらしめたものだが、異種族婚の場合はなかなか難しいだろう。
ともあれ、じゃあ、カルパチョと政略結婚するためにミアと別れるのかって話である。それは絶対にない。
もしアンキモ伯爵がそれを強要してきたら、フレイがザブールから去っちゃうだけだ。
ミアを連れて。
もちろんそうなったら、デイジーも一緒に行くつもりである。
ザブールにとって大いなる損失だ。
結局、全員いなくなってしまうということだから。
「エルフと魔族を娶る人間か。本当に面白いな。フレイは」
ボトルを取り上げ、ヴェルシュがフレイの杯を満たした。
「他人事だと思いやがって」
笑いながら、リーダーがぐいっとそれを飲み干した。
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