第55話 潮騒の街からとか、そういうやつ?
モンペンの街の南側は、どーんと海が広がっている。
街道をかっぽかっぽと馬車で進んでいたフレイチームは、開けた視界に映る青い連なりに、しばし言葉をなくした。
ほとんどのものにとって、生まれてはじめて目にする海だ。
そりゃあ感動して声も出ないってもんですよ。
無限の
空を舞う海鳥たち。
「すごいわね! フレイ!」
「ああ……こいつはちょっと言葉が出ないな」
冒険者になって、いろんなものを見てきたと思ったが、やはりまだまだ世界は広い。
知らないことがいくらでもある。
これだから人生は面白い。
御者台の上、少年のように目を輝かせるフレイだった。
あ、ちなみに今日はミアが横に座っている。
「こんなすごい景色なんだから、モンペンなんて地味な名前じゃもったいないわよね!」
「街の名前にケチつけるのはどうかと思うんだよ」
興奮しているエルフ娘に苦笑を向けたりして。
だったらどんな名前なら納得するというのか。
「潮騒の街とか?」
「それはいろいろやばいからダメだろう」
「なにが?」
「気にするな。タワゴトだ」
まったくである。
やがて馬車は街門へと差し掛かる。
といっても、ザブールほどきちんとしたチェックがあるわけではない。城下町ではないからそんなに気を使わないのだ。
それに、港を抱えた街だけに交易が盛んなので、出入りの審査を厳重にしすぎてしまうと経済が滞ってしまう。
フレイが二、三言会話を交わし、
なのだが、門を通過しようとしたところで呼び止められた。
高名な冒険者とお見受けする、と。
なかなか立派な服装をした男性に。
「高名というほどではないかと思うけど、一応はC級のチームですよ」
にこやかにフレイが対応する。
こういうとき、へんに
謙遜して得をする場面というのは、けっこう限定されるのだ。
もちろん偉ぶる必要はもっとないが。
「その若さでたいしたものですな。よければ拙宅に寄っていきませんか」
「……お邪魔させていただきますか」
少しだけ躊躇ってから、フレイは頷いた。
これだけ立派な格好をしているということは、町の名士の可能性が高い。そんな人物と、いきなりトラブルを起こすのはよろしくない。
当たり前の話だが、服装というのはステータスだ。
貧乏くさい格好をしていたら、それだけでまず舐められてしまう。
だからこそ豪商や貴族は服装に気を使うし、仕立屋が扱う商品はたいてい高額だ。
貧乏人には手を出せないほどに。
その時点で、すでに選り分けは始まっているのである。
「どうぞ」
手を伸ばすフレイ。
「痛み入ります」
それを掴み、男が御者台にあがった。
もちろん案内するために。
ちらりとフレイと視線を交わしたミアが荷台へと移動する。
お邪魔虫が乗り込んできたからではなく、仲間たちに行動指針を伝えるためだ。
到着そうそう、さっそくなにかに巻き込まれたようだ、と。
男はカラスミと名乗った。
四十代半ばほどで血色も体格も良い。装身具も高級そうだが嫌味なところはない。ごく自然に裕福さが演出されている。
そして案内されたのは、まさに大邸宅だった。
「ボクの家の十倍くらいありそうだねー」
とは、デイジーの感想である。
ちなみに彼の実家はザブールでそこそこの商家をやっている。具体的には従業員を十人以上雇用している規模だ。
馬車を繋ぎ場におさめたフレイたちは、ものすげー立派な客間へと通された。
「なかなかの富豪のようだな」
「うちの実家ほどではないと思うよ」
面白そうに顎を撫でたガルに、エクレアがくだらない返しをする。
彼女の実家とは、この国の王城だ。
たぶんそれより立派な建物は、国中探しても見つからないだろう。
やがて、着替えを済ませたカラスミ氏がやってくる。
外から帰っただけで着替えるとか、彼の富豪ぶりを物語っているようだ。
そして、やや驚いた顔をした。
まあ、室内なのにフードをかぶってるやつが三人もいれば普通は驚く。
それ以上に、
「エクパル殿下……?」
死んだはずの王子様が女装して立っていたら、混乱だってするさ。
「兄を見たことがあるんですね。私はエクレア。兄の不祥事に連座して庶民の身分に落とされた可哀想な娘です」
えらく悲壮なことを笑いながら言って、優雅な一礼をするエクレアだった。
男性に愛想良くするだけでも成長した、というところだろうか。
むしろ、自分で可哀想とかいうのはどうなんだって話である。
「なんと……」
目を丸くするカラスミ氏。
「まあ、もう王族でもなんでもないんで、かしこまる必要はないですよ。フレイです」
リーダーが冗談めかして挨拶を引き継いだ。
軽く頷き、カラスミ氏が着席を促す。
ちらちらとフード姿の連中に視線を送りながら。
「あれを取るかどうかは、お話を伺ってからの方が良いかと思いますよ」
「な、なるほど」
元王女の存在に度肝を抜かれたが、他のメンバーもかなり特殊だ。
フードを取らない三人。黒髪黒目の剣士風の男。半裸の戦士。よく判らないひらひらの服を着た美少女。
そしてリーダーの、フレイとかいう優男。
「町の入口に張り込んで冒険者を探していたのは、なにか依頼があるのでしょう? しかもモンペンの組合を通したくない事情があるような、厄介なやつが」
「……そこまで判りますか」
「判るというか、読ませるための行動ですからね。どうみても」
肩をすくめてみせるフレイに、殴られたような表情になるカラスミだった。
「……おみそれしました」
ふうと息を吐き、事情の説明をはじめる。
彼は、海運で財をなした豪商だ。
そして海を渡る貿易船にとって最大の敵とは、嵐と海賊である。
これは、街道を旅する
ともあれ、そういう無法者はどこにでもいるし、なかなか根絶というのは難しい。
カラスミ氏の商売の歴史も、だいたい海賊との戦いの歴史だった。
そして
千載一遇の好機である。
そいつらを叩いてしまえば、モンペンの海は平和になる。
永遠にではないだろうが、しばらくの間は。
カラスミは代官に情報を提供し海賊討伐を懇請したが、残念ながら派兵はしてもらえなかった。
というのも、代官が抱える兵力など微々たるものだからだ。
本拠地というからには、海賊の数は百や二百はいるだろう。そんな場所に十人やそこらで突撃したって返り討ちに合うだけ。
代官としては、領主たるアンキモ伯爵に書簡を送り、討伐軍を組織してもらうしかないわけだ。
当然、時間はかかる。
今日明日のうちに、ほいほいって感じで軍を動かすことはできないのだから。
しかし、それでは遅い。
せっかくキャッチした情報を死蔵することになってしまう。
焦ったカラスミ氏は、モンペンの冒険者同業組合に協力を求め、私兵集団を形成して海賊に挑んだ。
で、見事に敗北する。
五十名を数えた冒険者たちは、九割以上が死ぬか捕らわれるかしてしまい、逃げ延びたのはたったの三人であった。
最悪である。
カラスミ氏と組合は、責任の所在を巡って対立し、断交してしまった。
準備不足で襲撃計画を進めてしまったカラスミ氏と、戦力を出し惜しみD級E級しか投入しなかった組合。
ぶっちゃけどっちもどっちである。
「そも、海賊の数が百や二百はいるじゃろうと予測されてるのに、たった五十名で突入とか。軍略を舐めているとしか言いようがないがの」
フードをかぶった一人が、やれやれと肩をすくめた。
もちろんカルパチョである。
魔王軍に戻れば数万の兵力を率いる将軍だ。
「つまり、俺たちに海賊どもを倒せと?」
「いえ……そこまでは。ただ、せめて捕らわれている者たちを救出したいと」
苦しそうなカラスミ氏である。
捕らわれた冒険者たち。中には女性もいるだろう。
無法者どもが紳士的に扱うとは思えない。
「まあ、救出作戦くらいなら良いかな。受けますよ」
フレイが笑ってみせる。
やっぱりね、と、仲間たちが苦笑した。
我らがリーダーは、こういう人間なのである。
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