第53話 ザブールの宗教事情


 マリューシャー教会は、ものすごい熱気に包まれていた。

 つい先日に完成したばかりの公会堂だ。


 今までの礼拝堂では人が入りきれないため、急遽増築されたのである。

 もちろん(名目上は)清貧を旨とする宗教団体にそんな資金があるわけもなく、費用はすべて寄進によるものだ。


 そしてこれが集まった。

 デイジーが辻説法なんかやったら一発だった。


 彼の上司にあたるユリオプス司祭も、女性たちから多くの寄付を集めた。


 目標額は十日も経たないうちにクリアされ、建築を請け負ったドワーフの職人たちも、なぜかデイジーが値段交渉したら、ものすごい格安で引き受けてくれた。

 で、完成した公会堂では、定期的に説法会がおこなわれている。


 だいたいは午前中にユリオプス司祭が、午後からはデイジーが神の教えを説くのだ。

 客層・・としては前者は女性が多く、後者は男性が多い。


「ボクたちは。前を向かないといけないよ。マリューシャーはボクたちに成功して欲しいなんて思ってないんだ。ただ、挑戦して欲しい。諦めないで欲しいって望んでるだけなんだよ」


 デイジーの説法は佳境に入っている。


『デイジー! デイジー! デイジー!!』


 客席の男どものボルテージも最高潮だ。


「だから、きいてください。マリューシャーに捧げる歌『明日の笑顔のために』。みんなも一緒に歌ってねっ」


 ぱちんとウインク。

 ユリオプス司祭の演奏と聖歌隊のコーラスも盛り上がってゆく。

 ドワーフ職人たちが技術の粋を集めてつくったきらびやかなスポットライトがステージを照らす。


 錫杖を振りかざして舞うデイジーと、腕を振り上げて応援する男ども。


『Hey! Hey! Hey!!』


「……わたしたちエルフは信仰を持たないって、まえに教えたよね」

「……ああ」


「だから、宗教についてはまったく詳しくないんだけどさ」

「うん。言いたいことはわかる。すごく」


「これ絶対まちがってると思うんだよね」

「奇遇だな。俺もまったく同意見だよ」


 ぼそぼそと会話を交わすミアとフレイだった。

 ここは宗教的な施設ではないのか。





「うんうん! いくよー!」


 司祭たちの控え室楽屋に入ったフレイたちに、デイジーは二つ返事で承諾した。

 まあ彼は、大親友たるフレイの提案に首を横に振ることは滅多にない。


 さすがに、やらせてくれとか頼まれたら断るだろうけど。


「むしろなんでフレイがそんなことを頼むって話になってんのよ。そろそろ本気でナレーション変えた方がいいんじゃない?」

「ん? なにをいってるんだ? ミア」

「きにしないで。タワゴトだから」


 ともあれ、旅行の件をデイジーが快諾した以上、ガルとパンナコッタも当然のように同行する。

 意思の確認など必要ないほどだ。


「んで、どこいくの?」

「一応はモンペンの予定かな。海の幸を食いに行こうってミアが」

「いいねー ていうかミアって魚おっけーなの? エルフなのに」


 同意してから首をかしげるデイジー。

 いまさらである。


 このエルフ娘は、べつに菜食主義者ベジタリアンではない。

 なんでも食べる子元気な子だ。


「てゆーか、なんでエルフは野菜しか食べないって誤解が広がったのかしらね。けっこう不思議」


 遠慮なんて言葉は知らないよって態度で、差し入れのお菓子とかを食べながらミアが首をかしげた。

 お菓子だって大好きである。


「バッタじゃないんだから、草ばっかり食べないってのね」

「バッタて」


 思わずフレイが吹き出した。

 なんでよりによってバッタで例えたのか。


 まあ、食べ物によって身体が作られるのは人間もエルフも他の種族だって変わらない。

 野菜ばっかり食べていて健康になれるかっていうと、じつはそんなことはないのだ。

 きちんとバランスのとれた食生活によってこそ、強靱な肉体は作られる。


「エルフに限らず、偏食は良くないってことだよな」

「そゆこと。もしかしたら、人間が初めて会ったエルフがものすごい偏食だったのかもね」

「ありえるねー」


 笑い合う。

 ちょっとだけ懐かしさを感じながら。


 もともと、彼ら三人からスタートしたのである。

 いつの間にか大所帯になってしまったが。


「魚は滅多に口に入らないからね。楽しみよ」


 とくに深い理由があるわけではなく、流通の問題である。

 ザブールは内陸都市だし、ミアの故郷のエルフの森はもっとずっと山の中だ。

 海の魚はなかなか手に入らないのである。

 かっちかちに塩漬けされたようなやつしか。


「なんか、生で食べれるらしいぞ。ガイツのアニキからきいた話だと」


 産地ならではの食べ方だろう。

 だが、さすがにミアもデイジーも嫌な顔をした。


「生はちょっと」

「興味はあるけど怖いよね」


 というわけだ。

 魚に限らないが、基本的に生でなにかを食べるという習慣を彼らは持っていない。

 果物くらいだろうか。そのままでも食べられるのは。


「冒険者のくせにびびってるし」

「食の冒険者ではないからね」


 肩をすくめるミアだった。

 文明人なのだから火を使おう。文明人の文明人たるゆえんは、火の使用なのだから。


「さて。ボクはもうひと頑張りしてくるよ」

「終わったんじゃないのか?」

「説法はね。これから懺悔だね」


 なんでも、寄進の額によってデイジーに懺悔をきいてもらえる、というサービス(?)があるらしい。

 なかなかに謎な教会である。


「じゃあ俺たちは、ガルとパンナコッタにも訊いてくる」

「たぶん会場で寄付の受付を手伝ってくれてるはずだよ」

「熱心なことで」

「お菓子ごちそうさま。美味しかったよ」


 軽く挨拶して控え室を出るフレイとミア。


 会場をうろうろしていると、ガルたちはすぐに見つかった。

 ものすごい人だかりのなかに。


「うわぁ……」


 おもわず変な声を出しちゃうミアである。

 なんかね、寄付の受付ってより物販コーナーみたいなんだよ。

 デイジーの姿絵とか配ってるんだよ。


 何種類も。

 売ってるわけじゃないらしい。

 寄進をしてくれた人に、ささやかなお礼としてプレゼントしているんだって。


「……名目はともかく、あきらかにグッズ目当てだな。あいつら」

「金貨一枚を寄付すると、デイジー司祭に懺悔をきいてもらえます、だって」

「あこぎな商売してんなぁ」


 感心したり呆れたりしていると、こちらに気付いたのかパンナコッタが近づいてきた。


「リーダーにミア。教会に来るとは珍しいね。デイジーの説法をききにきたのかい? すばらしい話だったろう?」


 もう、聴いていたことを前提に話してるし。

 ひらひらと手を振ってミアが否定する。

 エルフは信仰を持たないのだ。

 パンナコッタがおかしいだけで。


「みんなで海に行こうって話になってな。誘いにきたんだよ」

「ほうほう。デイジーは?」

「行くってさ」

「私ももちろん行くさ」


 どうして先にデイジーの意向を確認したのか、という趣旨の質問をフレイはしなかった。

 きくまでもないからね。


「ガルはどうだろう?」

「私が訊いてこよう」

「助かるよ。この行列に並ぶのはちょっとな」

「いや。寄付しないのなら並ばないでくれ」


 ひやかしはお断りだ、とか、わけのわからないことを言ってパンナコッタが人混みに紛れる。


「そろそろ宗教団体としての自覚すらなくなりつつあるわね。ひやかして」

「寄付は善意のはずなんだけどな」


 何ともいえない表情で顔を見合わせるミアとフレイだった。


 やがて、スタッフたちの中からガルが両手で大きく丸を作る。

 言葉は不要らしい。

 まったく予想通りである。


「んじゃ、帰る?」

「そだな。あー……」

「どしたの?」

「なんつーか、飯でも食ってかね?」


 ぽりぽりと頬を掻きながら、フレイが提案する。

 町はずれの教会まできて、真っ直ぐかえるというのもちょっともったいない。


「おごってくれる?」

「まあ、誘ったからな」


 誘っておいてワリカン、というわけにもいかないだろう。

 などと、照れたように言うフレイだった。


「じゃあ乗った」


 くすくすと笑いながらチームリーダーに腕を絡めるミア。

 歩き出す。


 見送ったマリューシャーデイジー教徒たちが、会心の笑みで親指を立てていた。

 はやくくっついてしまえ、と。


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