第83話 四天王を抱き込めー


「その提案の狙いはなんじゃ? フレイや」


 カルパチョが訊ねる。

 仲間たちを代表して。


 たしかに急ぐ旅ではない。急ぐ旅ではないが、だからといってわざわざエスカロプの手伝いをする理由もない。

 どうしてもと依頼されたのならともかく、自分から申し出ることではもっとないだろう。


「いやあ、せっかくだし、エスカロプともよしみ・・・を通じたほうがいいかな、と思ってさ」


 本人を目の前にして、ぬけぬけと言い放った。

 フレイたちの旅の目的は、べつに魔王を倒すことではない。というよりそれは不可能なのである。

 カルパチョとパンナコッタがチームにいるんだから。


 もしどうしても魔王を倒す、という方針で行動するなら、二人はパーティーを離脱してしまうだろう。

 そして次に会うときは敵である。

 さすがにそれは嫌すぎるし、現実的な話をすれば勝算だって立たない。


 なのでフレイの選択としては、カルパチョのコネを使って魔王と会い、なんとか友好条約を結ぶというものである。

 勅命の内容とは異なるが、これしかない。


 そしてうまく話がつけば、王様にはアンキモ侯爵とスフレ王子がしっかりと圧力をかけてくれる手筈になっている。

 スフレ王子にしてみればアンキモ侯爵に加えて、魔王アクアパツァーっていう超強力な後ろ盾を得ることになるわけで、王位はほぼ確定だ。


 しかし、今のところすべて絵に描いた餅。

 食べられないのである。


 ことの成否はフレイたちの交渉にかかっているのだ。

 もちろんカルパチョは非常に強力なコネクションだが、もう一枚、エスカロプというカードがあれば、魔王との折衝はより有利になるだろう。


「そんなわけで、俺たちと仲良くしませんか? エスカロプ。盗賊退治を手伝いますんで」

「たかが盗賊退治でコネ元になれというのは、ずいぶんと虫の良い話じゃないかな? フレイ」


 あきらかに楽しんでいる表情の魔族だ。

 たしかに面白い男である。

 魔王軍随一の将帥であり、アクアパツァーすら一目置いている気まぐれデーモンロードが惚れ込むのも判ろうというものだ。


「足りないですかね?」

「もう一声欲しいな。きみと仲良くなって、僕にどんなメリットがある? フレイ」

「通商条約について、あっしならアンキモ侯爵に口添えすることができますぜ。旦那」


 にやっと笑うフレイ。


 マルコダーテに、どうしてあれほど魔族の文化が流れ込んでいたのか。

 それは、魔人宰相エスカロプが人間たちと交易をしたがっているという、なによりの証拠だ。

 いままでみたいな密貿易じゃなく、きちんと条約を結んで、堂々と誰はばかることもなく貿易ができる。


 しかしエスカロプには人間の知己はいない。

 国境を接しているアンキモ侯爵と対話のテーブルに着くことができるなら、これ以上のものはないだろう。

 ちらりとカルパチョに視線を投げるエスカロプ。


「フレイはアンキモのお気に入りじゃよ。なにしろやつが伯爵から侯爵へ昇爵したのは、フレイのおかげじゃからのう」


 事実を過不足なく答える。

 ぶっちゃけ、アンキモはなーんにもしてないのに侯爵になっちゃった。

 フレイの被害者というなら、まさに彼が一番の被害者である。


「そうか」


 エスカロプが紫の瞳を閉じた。

 テーブルの上で右手の指先が音もなくタップしているのは、脳細胞が高速稼働している証拠だろうか。


「よし。話に乗ろう」


 しばしの沈黙の後、はっきりと告げる。

 これで四天王のうち、二人までがフレイの側に付いたのだった。






 条件的に合意を見たからといって、盗賊退治が成功したわけではない。

 実際に動くのはこれからだ。


「なにか腹案があるのかな? フレイは」


 エスカロプが水を向ける。

 秀麗な顔に笑みが張り付いているのは、このフレイという男に興味を持ったからだ。


 現実的でしたたかなプランを語っているかにみえて、世話を焼いているだけにも思えるのである。

 なんとなくエスカロプも困ってるみたいだし、助けてやったら良いんじゃないかな、くらいのお節介だ。


 仲間たちもリーダーの性質を判っているのか、とくに異論を唱えることはしない。

 じつに興味深い人間たちである。


 カルパチョやパンナコッタがくっついてるのも判ろうというものだ。

 あと、あきらかに古代竜と判るやつまでいるしね。


「腹案ってほどじゃないですけどね。盗賊なんてもんは、人間でも魔族でもメンタリティは一緒ですから」


 肩をすくめるフレイ。

 アジトの場所とか、どういうポイントを狙うかとか、だいたい想像がつく。


「まあ軍略ではないからの。裏を掻くための奇策などは使わぬし、そもそもそういう発想で行動はしておらぬじゃろうな」


 カルパチョも頷く。


「腹が減ったから食い物を奪う。性欲が溜まったから女を奪う。その程度ののーみそしかない連中だものね」


 獣の群れのほうがまだ考えて行動している、と、ミアが皮肉を飛ばした。


「盗賊団が陣地を構築することはないんですわ。そういう勤勉さとは無縁すからね」


 そう言って、フレイはマルコダーテで手に入れた情報を元に書き記した手書き地図を取り出す。

 エスカロプがほうと呟くほど、それは精密で正確なものであった。


 この男、人から聞いた話をつなぎ合わせて、一度も行ったことのない場所の光景を脳裏に描けるのか。

 しかもそれを地図に起こすことができる。


 ちょっと、こいつ本気で欲しいんだけど。

 副官とか情報参謀とかの地位を用意したいんだけど。


「やらんぞ? フレイは儂のじゃ」

「なんで僕の考えてることが判った!?」

「興味津々なのが顔に出すぎじゃ。そちは本当に四天王かや?」


 魔王軍の幹部どもの漫才を尻目に、フレイの目が地図の上を走る。

 まるで、現地に赴いているかのように。


「この森かな。どう思う? ミア」

「地形を考えたら洞窟とか多そうね。根城にできそうなやつ」

「街道までちょっと遠いのがネックだけど」

「たぶんこの辺にショートカットできるルートがあるわ。街道を歩く人たちにとってみれば、森から突然出てきたように見えるでしょうね」


 野外活動の専門家レンジャー森の守護者エルフが顔をつきあわせ、まだ見たこともない盗賊団を追いつめてゆく。


 地図上を滑るふたりの指先。

 それは、超一流の演奏家が楽器を操るように狂いなく、確実に、活動域を特定し、旅人を襲うルートを割り出し、襲撃された際の逃走路を暴くのだ。

 仲間たちは、彼らが紡いでくれた行動計画に従って動くだけで良い。


「本当に一庶民なのか、判らなくなってくるね」


 やれやれと首を振るエスカロプにカルパチョが笑った。


「正真正銘の庶民じゃよ。ゆえにフレイは軍略が判らぬ。戦争という話になったら有効な作戦など立てられぬよ」


 獣を狩る方法を応用しているだけ。

 盗賊どもなんて獣と大差ないから、フレイには手に取るように判るというだけだ。


 人間VS人間、または魔族VS人間という「戦争」では、フレイは作戦を立てることができないが、「狩り」なら彼以上に頼りなる男はいない。


「となると、規模としては……」

「三十から五十ってところでしょうね」

「いや五十人も暮らせるほど水利は良くないだろ」


 フレイとミアの検討は続く。


 当たり前だが、生物が生きてゆくには水が必要だ。もちろん食料も。

 そして、食べた以上は出すのが自然の摂理。

 拠点を持つというのは、飲料水と下水の問題の双方の命題をクリアしなくてはいけないのである。


 とくに排泄物は、その辺に適当に捨てるってわけにはいかない。

 埋めるにせよ水で流してしまうにせよ、きちんとしないと病気だって発生してしまう。


「このあたりに渓流がある計算ね」

「そこから水を運んで……こういう経路かな」

「そんな感じ。そしたら暮らせるのは三十五で限界ね」

「OK。俺も同意見だ」


 頷き合う。

 それからフレイがエスカロプに向き直った。


「盗賊どもの居場所と規模が推測できましたよ。エスカロプの旦那」


 にやりと唇を歪めながら。


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