第82話 突撃、となりの魔王国
街道の整備は帝国のほうがずっと進んでいた。
人の往来によって踏み固められただけでなく、何らかの方法でしっかりと圧をかけて平らにし、雑草なども定期的に刈り取っていて大変に歩きやすい。
「たいしたもんだよなあ」
「このあたりはエスカロプの領地じゃからな。あやつは昔からこういう内政ものが大好きなのじゃ」
フレイの感想にカルパチョが応えてくれた。
エスカロプとは、魔界の宰相とも呼ばれる四天王の一角である。
とくに内政面で功績があり、国土が広くないにもかかわらず豊かな財政を帝国が誇っていられるのは、彼と彼が育てた官僚集団のおかげらしい。
「ゆーて、何千年も国を富ませる研究をしてるのじゃからな。犬でも猿でも実績はあげられるじゃろ」
からからと魔将軍が笑う。
「そうかなあ? ひとつのことにずっと打ち込むってだけでもすごいし、ちゃんと成果を残してるってのもすごいと思うけどな」
フレイが首をかしげた。
作物や家畜の品種改良や道路の整備。治水工事などの防災対策。経済の振興など、内政ってすごくやることが多い。
素人のフレイに詳しくは判らないが、アンキモ侯爵がすっごい苦労しているのは近くで見ている。
たとえば台風とか不作とか疫病まで領主のせいにされるんだよ? 正直たまったもんじゃないと思う。
しかも、すぐに手を打ったって、ああでもないこうでもないって文句言われるし。
じゃあ代わってやる。代わってやるからお前が指揮を執ってみろよって言いたくなるって、普通に。
それを何千年も民のために研究し続けるって。
「尊敬に値すると思うぜ。俺としては」
「判ってくれるか。きみ、見所があるね。うちで働かないかい?」
何の前触れもなくフレイと肩を組んだ男が気さくに話しかけてくる。
一瞬後。
「あわぁ!?」
と、奇声を発して飛び退こうとしたフレイだったが、がっちりホールドされているので動けなかった。
気配探知に優れた彼に気づかれることなく接近するなんて芸当、そうそう滅多にできることじゃない。
仲間たちの記憶では、そんなことができたのはカルパチョただひとりである。
すなわち、唐突な闖入者は紅の猛将と同じくらいの実力者ということだ。
さっと緊張が走る。
「前触れもなくわくではないわ。ぼうふらか。そちは」
「やあ。ひさしぶりだね。エスカロプ」
面識のあるカルパチョとパンナコッタを除いて。
「やあやあ。おふたりさん。元気そうでなによりだね」
ふわさ、と空いてる手で紫の髪をかきあげたりして。
側頭部に生えた角は羊のようにくるりと巻いている。
魔族の特徴であるそれさえ除けば、長身で瀟洒な若者という風情だ。
「エスカロプて……」
そしてフレイはげっそりした。
魔王軍の大幹部って、そんなほいほい出てきて良いもんなんだろうか。
「きみがカルパチョの恋人だね。どうぞよろしく」
はっはっはっ、と笑いながらフランクに握手を求めてくる。
「はあ……よろしくお願いします……」
仕方なく応じるフレイだった。
「で。どうだろう。契約金は年俸は金貨千枚。出来高でボーナスもだす。なんなら屋敷とメイドもつけちゃうよ。夜の世話までバッチリな娘を取りそろえて」
マシンガントークで勧誘である。
「いや……あの……」
「んん? 足りないかな? 判った。僕も男だケチケチしないよ。屋敷はプールつきのやつを上げちゃう」
「ふん!」
「ぎぃぃゃぁぁぁぁ!」
ずしゃあっ! と、いつの間にか後ろに忍び寄ったカルパチョがフランベルジュで切り捨てちゃった。
同僚の四天王を。
『えー……なにそれー……』
仲間たち、目が点ですよ。
「安心せい。峰打ちじゃ」
「ふつーに刃の方で斬ったじゃん」
街道に倒れ伏したエスカロプをつま先でつっつきながら、ミアがツッコミを入れた。
「ふむ。ならば、またつまらぬものを斬ってしまった、とかかのう?」
魔王の四天王をつまらぬものとか言っちゃってますよ。この気まぐれデーモンロードは。
「死ぬじゃないか! なにをする!」
がばっと起き上がったエスカロプがカルパチョにかみついた。
生きてたらしい。
「そちは死なぬであろう。ギャグ体質じゃから」
「そんな理由で死なないわけじゃないよ!?」
「ともあれ皆の衆、こやつが四天王がひとりエスカロプじゃ。見ての通りお笑い担当じゃな」
すっごい雑に紹介するカルパチョであった。
「そんな担当いないから! 内政担当だから!」
誰かが地団駄ダンスを踊っているが、もちろん一顧だにされないのである。
今夜の宿は、エスカロプの居城に求めることになった。
ぜひ泊まっていってくれと請われたためである。
まあ、べつに先を急ぐ旅ではないので、予定の宿場まで進めないのは問題ない。
食事もベッドもあるのだから、ありがたいくらいだ。
「で、なんでそちは街道なんぞにいたのじゃ? 暇を持て余して遊んでいたのかや?」
「カルパチョは僕のことをなんだと思ってるのかな?」
「変人の暇人じゃな」
「とってもストレートなお言葉、ありがとうございます」
ぐるるる、と、威嚇し合う四天王たち。
もしかしたら仲が悪いのだろうか。
晩餐の席である。
あまり格式張ったものではなく、ちょっと豪勢な食堂メニューって感じなのは、庶民であるフレイたちに気を遣ってくれたのだろう。
で、彼が街道にいたのは、暇つぶしの散歩をしていたわけではなかった。
近隣に出没するという盗賊を退治に出向いていたのである。
領主自ら。
部下を使えよって話だが、カルパチョもパンナコッタも地位のある人物のくせにほいほいと出かけてしまう。
もしかしたら闇の眷属たちの特徴なのかもしれない。
盗賊団のアジトを探してうろうろとしたら、懐かしい魔力反応を感じ取ったので近寄ってきた、という事情である。
「魔族にも盗賊っているんだねー」
「そりゃいるわよ。エルフにだって罪人はいるもの」
ほえほえーと感心するデイジーにミアが苦笑を浮かべた。
人間だけに限らないのだ。
どこにだって犯罪者はいるし、どんな国にだってクズは住んでいる。
聖人君子貞婦の集団、なんてものは存在しない。
「でも、それだったら俺たちにかまっていて良いんです?」
フレイが首をかしげる。
アジト探しに出かけたのに、旧友と再会したからっておしゃべりしながら戻っちゃうとか、ちょっと無責任すぎるような気がしたのだ。
「盗賊は逃げないからね。でもきみたちは通過してしまうだろ」
くすりと笑うエスカロプ。
きょとんとするフレイに、ガルが解説してくれる。
「調査の手が動いていることを知った盗賊団が逃げてしまえば、それはそれで問題ないのだろうよ。この土地からいなくなるという意味においては、壊滅させるのも逃亡するのも変わらぬからな」
むしろ荷物をまとめて逃げてくれた方が都合が良いくらいだ。
盗賊なんぞを倒したところで実入りはない。金なんか持っていないのは人間でも魔族でも一緒だろうし、獣と違って肉を食うわけにも皮を剥ぐわけにもいかないのである。
「でも他領に行っちゃったら、それはそれで困るんじゃないかな? エスカロプってここの領主ってだけじゃなくて、国の宰相なんだよな」
たんなる一領主であれば、他の領地のことまで責任を持てない。
だから厄介な連中を追い払ってしまうって手は有効だろう。連帯からはほど遠いけど。
しかしエスカロプは帝国宰相でもある。
国全体の利益を考えなくてはいけない立場だ。
「そうだよ。フレイ。やはりきみはよく見えている」
にやりと瀟洒な魔族が笑ってみせる。
「盗賊団は逃げないさ。なにしろ僕の領地は帝国内で最も豊かだからね。食い詰めた連中は、ちょっとくらい危険があったからって獲物を手放さないものだよ」
つまり、盗賊団は逃げない。
そもそも犯罪者というものは、上手くいったやり方を変えないものだ。
失敗するまで、何度でも同じ手口を繰り返す。
ふむ、と考え込んだフレイ。
「もうアレだったら、俺たちも盗賊退治を手伝いましょうか?」
ややあって、そんなことを言い出すのだった。
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