第11章 やっぱり魔王も頭おかしかったとか、そういうやつ?
第81話 境界の街
マルコダーテの街は、一言でいって人種の坩堝だった。
人間だけでなく、魔族やダークエルフ、獣人にいたるまで、平然と街を闊歩している。
「すげえな。こいつは」
おもわずぼーっとしちゃうフレイだった。
「帝国から最も近い人間たちの街だからな。わりと密貿易も盛んなのじゃよ」
カルパチョが解説してくれる。
この街だけでなく、魔王の国に近い街というのはだいたいこんな感じらしい。
魔王アクアパツァーというのは、人間たちとの交易を忌避しない、というより積極的に推奨しているのだそうだ。
「そのわりには私掠戦術つかってたじゃん。魔王軍」
ミアがツッコミを入れる。
海賊団を仕立て上げてモンペン周辺の海域を荒らし回っていた。街の冒険者同業組合まで抱き込んで。
「あれは良いのじゃ」
「良いのかよ」
「人間たちの経済が滞れば、帝国との取引が増える道理であろう?」
「その発想が魔族よねえ」
経済上のライバルは、むしろ実力で排除する。
それは経済でなくケンカだ。
じつに魔族らしい考え方だといえるだろう。
殴ってでも買わせる。殴ってでも売ってもらう。あんまり関わり合いになりなくない相手だ。
「ここで一泊か二泊して帝国の情報を集めよう。俺は宿の手配とかしてくるんで、みんなは街をまわってくれ。夕刻またここに集合ってことで」
リーダーの言葉に頷き、仲間たちが散ってゆく。
デイジーはガルとパンナコッタとともにマリューシャーの教会へ、ヴェルシュは美女を求めて酒場へ。
そしてカルパチョとミアはそのままフレイの傍らに残った。
いつものパターンではある。
「べつに、付き合ってくれなくても良かったんだぞ。ふたりとも」
苦笑するリーダーだった。
「恋人をふたりとも置いていくなど、連れないにもほどがあろう。どこで浮気をするつもりなのやら」
「たぶん娼館にでもいくつもりなのよ。カルパチョ。そしてレビューを書く気なんだわ」
「流行っているらしいしのう」
「二番煎じになるだけなのにね」
魔族の美女とエルフ娘がけらけらと笑い合う。
「いかないよ! 普通に宿を取るだけだよ! なんでそんな話になるんだよ!」
おそらくは無実のフレイが力の限りに否定した。
地団駄ダンスを踊りながら。
娼館なんて行ったこともないのに。
「はいはい。遊んでないでいくわよ。フレイ」
「天下の往来で騒いでいては、町の衆にも迷惑じゃしな」
「俺が悪いみたいに言うの、やめて欲しいんですけど!」
左右から腕を掴まれ、ずるずると引きずられていくフレイが猛然と抗議するが、もちろん一顧だにされなかった。
仕方がない。
引かれ者の小唄みたいなもんだからね。
ところで、一人の男性に対して好意を寄せているミアとカルパチョだが、いがみ合ったりしていない。
人間族からみたらわりと奇異に見えるこの現象は、やはり二人が長命種だということに起因するだろう。
フレイが寿命で死んでも、あるいはフレイとの間にさずかった子供が亡くなっても、彼女たちはまだまだ生きる。
一万年以上の寿命を持つ魔族にとっても、そもそも寿命という概念が存在しないエルフにとっても、人間の一生なんて一夜の夢と異ならない。
だからこそ、宝石のように貴重なのだ。
人間関係のゴタゴタで浪費するわけにはいかないのである。
「奪い合えば足りないけど、分け合えば余るっていうしね」
「言いたいことは判るがのう。ミアや。微妙にたとえが間違っているような気がするぞ」
「はなせー せめて自分で歩かせろー」
広場から声が遠ざかってゆく。
見物人たちは、哀れな人間族の男に、べつに同情なんかしなかった。
もげれば良いのに、とか思った程度である。
これも仕方がないね。
魔王の国の国土はそんなに広くない。
フレイたちが暮らしているアルダンテ王国の七割ほどだろう。
しかし、軍事力で比較すれば十倍以上も差がつく。
そもそも兵士一人ひとりの戦闘力が違いすぎるのだ。
「本来、戦は数のはずなのだがな」
とは、ガルの苦笑である。
武芸者の彼は、戦術論とかにもそれなりに通じているのだ。
戦は数でするものではない、なんてのは、数を揃えることができなかった無能な指揮官の言い訳にすぎないのである。
「人間同士の戦であればそうじゃろうよ。我らとて魔族同士で争えば基本的に数の多い方が勝つものじゃ」
魔族風の料理をつまみながら、カルパチョが言った。
マルコダーテ滞在二日目。情報収集は順調に進み、明日は予定通りに出発できるだろう。
そして、調べれば調べるほど魔王軍の強さが浮き彫りになってきた。
まともに戦ったら、人間たちに勝機はない。
ガルが言うように個体能力差がありすぎるのだ。
例えるなら、獅子と鼠が戦うようなもの。どれほど鼠が自らを鍛えて挑もうとも、身体の大きさは違いはいかんともしがたい。一対一では勝負にすらならないだろう。
ならば鼠は数で押すしかない。
「ようするに、何匹の鼠で獅子一頭を倒せるか、という計算であるな」
「何匹束になっても無理じゃん。まあ鼠は病気とか持ってるから、食べたら獅子が死んじゃうかもだけど」
「そういうことであるな。ミアよ。まともな手段で戦っても勝てぬゆえ、陰謀なり詐術なりを使うことになるだろう」
肩をすくめたエルフ娘に武芸者が笑う。
毒を仕込むのも作戦のうちだ、と。
「儂らとしては、殊更に人間と争う気はないのじゃがのう。じゃが人間たちは、儂らの国が隣にあるというだけで不安らしいの」
ふんと鼻を鳴らすカルパチョだった。
なんだか自分からは手を出してないよって態度だが、けっこう魔族の側から戦争を仕掛けてきたこともある。
じっさい、紅の猛将だって当時のアンキモ伯爵領に侵攻を企んでいたわけだし。
パンナコッタは、その先兵だったわけだし。
しれっと被害者面するのは、盗人猛々しいというものだろう。
もちろん人間の側からだって何度も何度もちょっかいを出しているので、ぶっちゃけどっちもどっちなのだ。
「そもそも戦に正義も悪もないものである。勝った側が正義を語るというだけの話であろう」
「そーなんだねー」
同意しつつも、ぜったいに理解してない顔で料理をぱくつくデイジー。
興味の方向は戦争ではなく食べ物である。
魔族風の料理はけっこう美味しい。
ナナメシの名物になったカラーゲのような揚げ物が充実しているのも得点が高いだろう。
とくに、このトカーツという料理だ。
豚肉をさくさくの衣にくるんで揚げており、中に閉じ込められた肉汁が、官能的なまでに美味しい。
「世の中は肉だ!」
「きみはなにを言ってるんだ。デイジー」
世にも珍しいパンナコッタのツッコミである。
まあ、いい加減みんなお酒が入ってるからね。
ザブールでよく飲まれているエールではなく、魔族たちはラガーを好んで飲むらしい。
ちょっと風味は違うけど、これはこれで美味しいのだ。
「あんまり飲み過ぎるなよ。みんな。明日は朝イチに出発なんだから」
注意するフレイだったが、彼の頬もほんのりと染まっている。
やたら飲みやすくて、つい飲み過ぎてしまうから。
「皆が気に入ったのなら、帝国とザブールの間に販路を作っても良いかもしれんのう」
そして微妙に商魂たくましいことを言うカルパチョだった。
まあ、酔っ払いのタワゴトである。
片道十五日、峠越えまであるハードなルートだ。そう簡単に交易路は拓けない。
あるいは帝国からモンペンまで航路を作って海運という手もあるが、こちらは陸路よりもずっと大がかりだろう。
そのぶん利益も大きいが。
どちらにしてもアンキモ侯爵の裁可が必要だし、公然と魔族たちと貿易するなんていったら、国だってあんまり良い顔はしない。
となれば、政府関係者には充分に鼻ぐすりを嗅がせてやる必要がある。
「けど、魔王と上手いこと話がついたら、そういうのも悪くないかもな……」
木製のジョッキを傾け、なんだか歌うように呟くフレイ。
酔眼を半ば閉じながら。
顔を見合わせたミアとカルパチョがくすりと笑う。
簡単に言っているが、魔王と通商条約なんか結んだら、それは人間としては初の快挙である。
もしかしたら彼女たちの恋人は、歴史に名を残しちゃうかもしれないのだ。
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