第93話 フレイと愉快な仲間たち


「これでボクはスカンピン!」


 教会を辞し、歩きながらデイジーが両手を挙げた。

 いっそすがすがしいほどである。


「手持ちを全部あげちゃうとか、あいかわらずデイジーって謎よね。王都で金貨一枚の賄賂にぶーぶー言ってたくせに」


 ミアさん呆れてますよ。


 もちろんデイジーは全財産を寄贈したわけじゃない。ザブールに戻れば資産はまだまだたっぷりある。一生遊んで暮らせるくらいの。

 しかし、この旅においては完全にジリ貧だ。


 あとは財布に入っているコイン程度しかないため、もう大きな買い物はできない。

 帝都アーイ・スバインにいる間は買い物帳があるけどね。


「あのときも言ったでしょ。困ってる人に施すのは当たり前のことなんだよ。ボクたちはお金持ちなんだから」

「限度ってもんがあるでしょーが」


 手持ち全部を差し出してどーするのか。

 いまさら返せとか言えないんだよ?


「うんにゃ? デイジーは一文無しじゃねーぜ?」


 フレイが口を挟む。


「へ?」

「ほれ」


 宝玉に触れ、収納物の内訳を地面に映し出す。

 このあたりは冒険者たちがみんなもってるクリスタルと同じ操作だ。


 ともあれ、表示されたデータを見れば、デイジーから預かっている資産は、半分くらいしか減っていないのが判る。

 そして同時に、フレイの宝石が半分ほど減っていることも。


「……ほんっとフレイ。ほんっとフレイ。きみってどうしようもなくフレイだよね!」


 なんともいえない表情で、デイジーが錫杖でぽこぽこと親友を叩いた。

 星のエフェクトがきらきら舞い散る。


「いていていて」


 たいして痛くもないくせに、大げさに痛がったりして。


 デイジーが金を出してくれといった瞬間に、否、それより前からなにをするつもりなのかフレイには判っていた。

 困っている人を見捨てるようなやつが、彼の親友のわけがないのである。


 だから、収納腕輪から取り出したのは自分とデイジーの金。半分ずつだ。


「惚れ直したか?」

「もうストップ高だって!」


 抱きつこうとするデイジーの襟首をガルが掴み、受け止めようとするフレイの腕にはミアが収まる。


『やらせねえよ?』


 とは、ふたりの内心の声だ。

 が、口にしたのは別の言葉である。


「水くさいであるな。某らは仲間であろう?」

「そそそ。わたしとガルも出すわよ。当たり前のようにね」


 にやっと笑いながら。


「ガルもミアも大好き!」


 デイジーが半裸コート戦士のおなかを押す。


「ふふ。惚れ直した?」


 そしてミアは、フレイと同じセリフを彼自身に投げた。


「俺もストップ高だって」


 苦笑しながら、デイジーの真似をするリーダーだった。

 抱きしめる、って部分までね。

 結局、四人の手持ち財産は四分の一ずつ目減りした。






 客人たちが望むものは可能な限り融通する。

 侍従のセバスチャンの言葉に嘘はなく、たとえば高級娼婦を呼んでくれ、なんて要求にも容易に応えてくれるのだ。

 もちろん魔王のおごりで。


「えへへへー 頼んじゃったー」

「いや。良いんだけどよ。昼間の聖人君子っぷりはどこに捨てたんだよ。デイジー」

「それはそれ! これはこれ!」


 どどーんと胸を張るデイジーであった。


 夜もとっぷりと更けたサロン。

 規則正しい生活を心がける武芸者はすでに就寝し、規則正しい生活になんかまったく興味のない邪竜はいまだにガールハントから戻らず、客はフレイ、ミア、デイジーの三人きりである。


「だいたい、フレイとミアがイチャイチャしてるのに、ボクだけ一人でなにしろってのさ。二人がエッチしてるのを覗けって話?」

「ししししないよ!? おおお俺たちは清い関係だよ!?」


 親友の危険な発言にあたふたするフレイ。

 彼ほど頼りになるリーダーってそう滅多にいないのに、こと恋愛に関してはダメダメのポンコツ野郎である。

 超絶美女を二人も恋人にしているのに、いまだに手を出していないのだ。


「れたへ」


 ぼそっとミアが呟き、エルフ語を解するデイジーがうむうむと頷く。


 やがてセバスチャンが娼婦が到着したことを告げに現れ、生臭司祭があてがわれた個室へと消えてゆく。


「見た目は女の子っぽいのに、普通の若い男なのよね。性欲的には」

「むしろあいつ、自分が女っぽいなんてこれっぽっちも思ってないだろうな」


 肩をすくめ合うフレイとミアだった。


「……そうよね」

「ああ」


 なんとなく会話が続かない。

 普段であれば、ぽんぽんと弾むように皮肉の応酬とかできるのに。

 デイジーが娼館に出かけるのなんてそう珍しい話でもない。

 なにを意識しているんだか。


「えー あー あー」

「なに? なんか歌うの? フレイ」


「歌わないよ!?」

「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいって。やらせてくれとか抱かせてくれとかにゃんにゃんしたいとか」


「おおおお女の子がそんなこと言っちゃダメーっ!」


 あと、にゃんにゃんってなに?


「は。うぶなネンネじゃあるまいし」


 きゃいきゃいと騒ぎ出す。

 ムードもへったくれもない。


 が、フレイもミアも少しほっとしていた。

 なんだか退っ引きならない雰囲気になりつつあったので。

 やっぱりこういうスタンスが心地良い。

 身体の関係を結んでしまうと、なにかが変わってしまうような気がするのだ。


 だからもう少し。

 あと少しだけ、こういうバカをやれる関係でいたい。

 たぶんそれは二人の共通した思いだ。


「大丈夫。焦らなくて良いわフレイ。百年経ってもわたしは今の姿のまま。若い女房よ」

「いやあ、さすがに百年後は俺死んじゃってないか?」


 くすりと笑い合う。

 百年後ってのは大袈裟だけど、じっくり時間をかけて問題ない。

 ミアもカルパチョも長命種だから。

 気が長いのである。


「でもまあ、チューくらいしてもいいのよ?」

「言い方! もうちょっと言い方!」


 風情もへったくれもありゃしない。


 ミアはそれ以上なにも言わす、少しだけ上を向いて双眸をとじた。

 怯懦を蹴飛ばして覚悟を決めたフレイが、ゆっくりと顔を近づけてゆく。


 途中、サロンに誰もいないかキョロキョロと確認して。


 やたらと心臓の音がうるさい。

 あれだ。山の中で隠形して獲物が通りかかるのを待っているときみたいだ。


「こら。余計なこと考えてるな」

「なんで判るんだよ」

「自分の男がなにを考えてるか判らなかったら、女房なんてつとまらないのよ」

「おそろしすぎる」


 ちょっとだけ馬鹿な会話をはさみ、今度という今度は唇が触れあいそうになる。

 しかしそのとき。


「うにょわーっ!?」


 という、奇天烈な悲鳴がホテルに響き渡った。


 一瞬で身体を離し、フレイとミアが駆け出す。

 逡巡も遅滞もなく。


 このあたり、A級冒険者の称号は伊達ではない。

 変事に即応できるような身体になっているのだ。


 悲鳴の主はデイジー。

 娼婦とともに部屋にいるはずの彼が悲鳴をあげるというのは、尋常な事態ではない。


 廊下を一気に駆け抜け、大太刀を手に飛び出してきたガルと合流しつつ、デイジーの個室へと躍り込む。

 ノックするとか声をかけるとか、無駄なプロセスに一切の時間をかけない。


 フレイはジャマダハルを、ミアはククリを、ガルは大太刀をすでに抜き放っている。


 仄明るいナイトランプが照らす室内。

 天蓋付きの豪華なベッド。

 その隅に追いつめられたデイジー。


 追いつめているのは魔族の女だ。裸の。

 大変に肉食系だが、問題はそこではない。


 フレイはこの女性を知っている。彼だけでなくミアもガルも、もちろんデイジーも。

 だって、昼前に会ったばっかりだもん。


「魔王……アクアパツァー陛下……」

「デイジーが本当に男の子か、確かめに来ちゃった。うふ」


 舌なめずりするように言う。

 怖いなんてもんじゃない。


「さあデイジー。ぬぎぬぎしましょうねー」

「いぃやぁぁぁ! やーめーてーっ!」


 絹を裂くような悲鳴を上げるデイジーであった。

 なんだか一般的なそういうシーンとは逆の構図であった。

 いろいろ危うし!

 

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