第79話 キレる男たち


 難所が近づいてくる。

 ナキャマー峠。

 これを越えれば、マルコダーテはもう目と鼻の先だ。


 だが同時に、この行程で最も厳しいポイントになる。

 峠に宿場はなく、誰でも自由に使える山小屋が建っているだけ。もちろん無人で備蓄されている食料もない。


「雨露がしのげるだけでもありがたいってもんだけどな」


 徐々に傾斜を強めてゆく街道を進みながらフレイが言う。

 やはりザブールで仕入れた情報には誤りがあった。仕方がない。都会へと向かうならともかく、辺境に方面の情報が質量ともに潤沢であるはずがないのだ。


「収納腕輪が火を吹くよねー」


 錫杖を振り回しながらデイジーが笑った。

 元気なことである。


 全員が軽装で愛用の武器だけを携帯し、背負い袋すら担いでいない。フレイの腕に装着されている収納腕輪のおかけだ。


 荷車一台分くらいの荷物を収納することができ、しかも腕輪以上の重さにはならないというスグレモノである。

 これのおかげで、全員が荷物を運ぶ苦行からは解放されている。


「とはいえ、寒さだけはいかんともしがたいがのう」


 カルパチョの苦笑だ。

 季節はもうすっかり冬だ。

 王都なんかでは雪とか降っちゃってるかもしれない。


 マルコダーテはだいぶ西にあるため、そんなに厳しい気温にはならないが、それでも山だから寒いことは寒い。


「山小屋に入って、とっとと暖炉に火を入れたい気分だけど」


 フレイはそこで言葉を切る。


「お客さんだ」





 まあ、峠や山道なんて、まさに野盗どもの仕事場である。

 大きな荷物を背負ってえっちらおっちら坂を登ってる行商人なんて、絶好の獲物だ。


「けけ。エルフに魔族に人間。いい女が三人もいやがるぜ」 


 周囲を取り囲んだ野盗ども。

 頭目っぽい男が舌なめずりするように言った。


 フレイは、ぼけーっと包囲するに任せていたわけだが、もちろん理由がある。総数を把握したかったのである。

 どうせやっつけるなら、いっぺんに倒してしまいたいし。


「デイジー。また女の子だと思われるわよ」

「くっそくっそ!」


 円陣の内側でミアとデイジーがじゃれ合っている。

 余裕たっぷりだ。


 内側は、このふたりとパンナコッタの三人で構成し、外側はカルパチョ、ヴェルシュ、ガル、フレイの四人で固めている。

 全方向に対応できる強固な防御陣形だ。


 しかし野盗どもは気にしていないようだった。数の差で勝てると思っているのか、それとも陣形なんて知らないのか。

 いずれにしても、たいした相手ではない。


 気配も消せていないし動きに統一感もない。ぶっちゃけ町のチンピラ程度の腕だろう。

 だからこそフレイは包囲されるに任せて気配読みに集中していた。


 敵の陣形が完成する前に各個撃破する、なんて必要を感じなかったのである。


「降参しな。そしたら命だけは助けてやるぜ」

「それを信じる人間がいるとでも思ってるのか?」


 頭目の言葉に、やれやれとフレイが両手を広げた。

 降参して武器を捨てた瞬間、男は殺されて女は捕縛されるだろう。

 確率的には、十割くらいかな。


 ちょっと賭博が成立しない数字だ。

 で、女は飽きるまで犯されたあと、殺されるか売られるかのどっちかだ。


 どっちの運命をたどるかってギャンブルなら成立するが、そんな賭けをしたって意味がない。


「ふざけてんのか!」


 粗末な短剣を突き出し、頭目が怒鳴る。

 応えたのはフレイではなかった。


「ふざけてないわよ? あんたたちをどう殺すのが一番楽しいか、考えてただけ」


 笑いを含んだ声が響いた瞬間、風の力をまとった邪悪な投げナイフクピンガが回転しながら飛来し、頭目の首を飛ばす。

 もう、すぽーんって勢いで。


 なにが起こったのか、一方は理解してすらいなかった。

 ぼて、と、情けない音を立てて頭目の頭が地面に落ち、首から吹き上がった血が驟雨となって大地を染める。


「戦闘開始!」


 理解している側のフレイチームが、リーダーの号令一下、思い思いに攻撃を始める。


これでもくらえテイクザットユーフィーンド!」


 パンナコッタの杖から禁呪がほとばしり、盗賊を跡形もなく消滅させ、


火炎球ファイアボール!」


 カルパチョの魔族語魔法ルーンマジックが、数人をまとめて消し炭に変えた。


 なにが起こっているのか判らず、棒立ちの野盗ども。

 そこに、長剣を抜き放ったヴェルシュと大太刀を振りかざしたガルが切り込む。


「魔法使いたちは派手だねぇ」

「まったくであるな」


 などと勝手なことをほざきながら。

 賊どもにとっては、こいつらの方がよほど怖かっただろう。


 普通に暮らしていれば魔法なんて目にすることもない。わけのわからん力で殺された、という解釈になる。

 得体の知れない恐怖ってやつで、これはこれでものすごい恐怖ではあるだろうけど。


 ヴェルシュやガルに対するのは、もっとずっと直接的な恐ろしさだ。

 黒髪の剣士の舞うような剣技と白虎のコートをまとった巨漢の暴風のような攻撃。

 近寄るどころではない。


 ヴェルシュと一合でも打ちあえた野盗は存在しなかったし、ガルが大太刀をぶんと振れば、発生した剣圧が二人三人の首をまとめて跳ね飛ばす。


「下賤の輩どもよ。神剣『ホーリーデイジー』の刃にかかって死ねることを幸福に思いながらマリューシャーの御許へと召されるが良い」


 ふんとガルが鼻を鳴らす。

 愛剣に対する頭おかしい命名は、もちろんガル自身によるものだ。


 城塞跡で手に入れた大太刀を、デイジーが祝福してくれた上に、霊宝処理してくれたのである。

 そして、もともと持っていた切れ味強化の魔力に加えて、少し離れた場所に剣圧を飛ばす、という便利な機能が追加された。


 これをガルはいたく喜び、最大限の感謝を込めて『ホーリーデイジー』と名付けたのである。

 たぶん、最初から決めてた名前だろうけどね。


 神剣なんて仰々しい枕詞までつけてるし。

 神様まったく関係ないはずなんだけど、デイジーは神みたいなもんだから、べつに問題ないんだってさ。


「何回聞いても照れるね! 自分の名前がついちゃった剣なんて!」


 てれてれデイジーである。

 嫌がってる素振りがないのは、剣に製作者の名前がつくのは当たり前のことなのだ、と、ガルに説明だまされたからだ。


 東方のカタナなんかにはそういうこともあるが、じつはそれって打った人の名前であって、魔法処理とか霊宝処理をした人の名前ではまったくない。


 けどデイジーは刀剣のことなんか詳しくないし、武芸者のガルにそういうものだと言われれば普通に頷いちゃうのである。

 ガルの作戦勝ちというところだろうか。


 そのデイジーは、錫杖マジカルステッキを構えたまま、どの方向にも援護できるように待機している。


 とくにミアね。

 魔法職のくせに、ククリを右手に山賊と切り結んでるし。

 直接殺したくて仕方ないのだろう。


 いちおう、フレイがフォローできるポジションを取っているので問題はないだろうが。

 我らがリーダーってば華々しく戦うことはないけど、気の利く男だから。

 仲間たちの援護に余念がない。


 背後に回り込もうとしている野盗を倒したり、多対一にならないようさりげなくカバーしたり。

 派手さはないが、大変に重要な役割を果たしている。


「さすがフレイだよね」


 くすりと笑う。


 そして、それが上手くなかった。

 ついつい彼の動きを目で追ってしまっていたのである。

 質はともかくとして、圧倒的多数を相手どって戦っている状態で。


 集中が切れた一瞬。

 隙を突いたというより、たまたま突出した山賊が、デイジーの腰に組み付いた。

 思わぬ方向からの攻撃に驚き、地面に押し倒されてしまう。


「ううううごくなてめえらぁぁぁ!!」


 完全にヨーデルになった声を、馬乗りになった盗賊が発した。

 一発逆転の好機である。


「ちょっとでも動いたら、この女を殺すからなぁぁ!」


 喚き散らす。


「おら! 立ちやがれ」

「ぁぅ!?」


 あげく、デイジーの髪を鷲づかみにして引き起こしやがった。

 秀麗な顔が苦痛に歪む。

 目尻にたまる涙。


「…………」


 ぶちん、と、ガルのあたりから音が聞こえた。


「…………」


 ぷつん、と、パンナコッタのあたりからも音が聞こえた。


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