第78話 侯爵の意見と出発準備


 勅命に逆らうことはできない。

 逆らったらこの国にいられない。


「期限が設けられてないことが救いか。さすがモンブラン陛下だ。やることがこすっからい」


 ふ、と冷笑を浮かべるアンキモ侯爵。

 自国の王をこき下ろしながら。


 おもいっきり不敬罪だが、本人のいないところで悪口を言う権利は、奴隷

だってあるだろう。

 たぶん。


「侯爵は知ってるんですか?」

「ああ。昔から手口が変わってない。邪魔な存在は、名誉の戦死を遂げさせようとするんだ」


 かつて、モンブラン王が即位したばかりの頃、前王の腹心だった将軍とか騎士とかがまとめて戦死してしまう戦いがあった。

 アヒージョ会戦と呼ばれるそれは、アンキモの初陣でもある。


 いつもの小競り合い、だ、と高をくくっていた人間たちは参戦していた魔将軍カルパチョに次々と討ち取られていった。

 どうやら若き国王は、紅の猛将が参陣するという情報を事前にキャッチしていたらしい、ということをアンキモが知ったのは、ずっとずっと後になってからだ。


 ようするに、盤石な支配体制を作る上で邪魔になる実力者たちを、まとめて処分したのである。

 小競り合いで武勲を立て、国王に対する影響力を高めようと目論んでいた者たちの、その野心につけ込む形で。


「なんというか、心をドブ川で洗濯してるような話ですね」

「ま、政争なんてそんなもんさ。フレイに下した命令も、だいたい同じ水準だな」


 フレイには政治的な影響力はない。

 だが、アンキモとスフレ、両方の知遇を得ており両者を繋ぐ橋でもある。

 同時に、民草たちへ自分たちの存在や政策をアピールする広告塔でもあるのだ。

 しかも影響力がないってことは政治的なしがらみもないから、フリーハンドで動ける。


「まさに鬼札ジョーカーだな。持ってるやつが、むちゃくちゃ有利になる」

「俺ならそんな札、破り捨て……あ」

「そういうことだな。まさに狙いはそれだよ。フレイ」


 侯爵が皮肉げに笑う。

 フレイが言い当てた通り、魔王討伐を命じた勅命は死ねって意味だ。


 勝てるなんて最初から思ってない。

 魔王軍の支配域に侵入して、生きて帰ってこれるとも最初から考えていない。


 ただ、期限を設けなかったのは、正直どうでも良いと思っているからだろう。

 使命の困難さにびびって逃げ出しても、他国に亡命しても。


 この国でガサゴソと動かないなら知ったこっちゃないってことだ。

 フレイがというより、A級とはいえ市井の冒険者なんてそんな扱いで、死のうが生きようがたいして問題ではないのである。


「温情ですかね?」

「興味ないだけだろ。あいつはフレイと愉快な仲間たちの実力を知らなすぎる」

「愉快な……」


 やばい。

 否定する要素がひとつもない。


「教祖デイジーが辻説法しながら王都に向かうだけで、十万の大軍になると俺は見たね」


 怖いことを言って笑う侯爵だった。

 王都に十万の大軍で押し寄せるとか、普通に反乱である。


「それに、あいつの知らない鬼札を、フレイはもう一枚もってるだろ」

「はい」


 頷いてみせる。

 魔王アクアパツァーの四天王の一角、紅の猛将カルパチョのことだ。

 この人の存在があるから、フレイは無茶な勅命を受けたのである。


「討伐は無理でしょうけど、話し合いくらいならできるかなーと」

「むしろ討伐とかしなくて良い。あっちの国が内乱状態になったら、覇権争いの火の粉がこっちにまで飛んでくるからな」


 そうなったら、一番に被害を被るのがアンキモ侯爵領である。

 隣国というのは、ほどほどに安定してくれるのが一番良いのだ。


 まして魔王アクアパツァーは、そんなに領土的な野心もないようで、即位してから一度も大規模な戦争は仕掛けてきていない。

 こういう王様が良いんだよ。


「だから、適当に喋って仲良くなってこい。いっそ友好条約とか結んじゃっても良いぞ」

「勝手にそこまでやったらまずくないです?」


 首をかしげる。

 それじゃなくても警戒されてるアンキモ侯爵である。

 あんまり勝手なことをするのは、警戒のレベルを上げちゃうような気がする。


「もうすでに最大値さ。これ以上は悪くなりようがない。ということは、なにをやっても良いって寸法だ」

「いや、その理屈はおかしい」


 呵々大笑する侯爵に、思わずつっこんじゃうフレイだった。






 ザブールでの滞在は十日ほどで、フレイチームは魔王の支配域へと旅立つことになった。

 慌ただしいことではあるが、勅命を受けちゃった以上は仕方がない。


 期限は設けられていないとはいえ、いつまでも出発せずにだらだらしてるってわけにはいかないのである。


 もちろん、他の仕事を受けるなんてこともできない。

 なにしろ国内には国王の目がいくらでもあるだろうからね。


「名目としては、実家に帰省する儂をフレイたちが護衛する、という感じじゃな」


 旅装を整えたカルパチョが笑う。

 ある意味、まったくの事実だ、と。


 なにしろ彼女の上屋敷は、魔王の居城がある帝都アーイ・スバインにあるからね。

 領地はまた違う場所らしいけど。

 だから、帝都を目指すというのは里帰りではある。


 そして久しぶり故郷に帰ったら、旧友と会ったり食事したりすることもあるだろう。

 なーんにおかしいことはない。

 ただ、その旧友とやらが魔王アクアパツァーだってだけの話だ。


「嘘は言っていないけど、事実のすべてを語ってもいないってやつね」


 にまにまとミアが笑う。

 そういう策略めいたことが、大好きなのだ。


 あとはまあ、今回の旅は女性が二人という気安さもある。

 デイジーに女性特有の話とかできるわけもないし。

 フレイの恋人一号二号の関係はすこぶる良好なので、お互いなにかと愚痴もこぼし合えるのである。


 チームの数は七名。

 一気に大所帯になった。

 内訳は、男四人に女二人、それとデイジーである。


「その分け方はおかしいっ! ちゃんとボクも男に数えてよ!」


 むっきっきー、と、わがまま神官が怒っている。


「わがまままなの!? それはわがままなの!?」


 朝から元気なことだ。


 行程としては、温泉の町ジョボンを経由して西進し、十五日ほどかけて最果ての街マルコダーテにいたる。

 そこから国境越えて魔王の支配域へと侵入するのだ。


 ちなみに魔王の支配地域のことを、人間たちは国と認めていないので、魔王国というものは存在しない。

 だから、本当は国境なんてものもないのだが、境界線は厳として存在している。

 そんなもんだ。


 人間たちが認めようが認めまいが、魔王の支配する領域は国そのもので、ちゃんと秩序も保たれている。


「国名だってあるしのう」

「あるんだ……」

「うむ『魔族による人類帝国』というのじゃ」


 大変に香ばしい名前だ。


「そこまで似せたら、やばいんじゃねーかなー」

「なにがじゃ?」

「タワゴトだから気にしないでくれ」


 街道を歩きながらカルパチョとフレイが談笑している。


 今回は徒歩の旅だ。

 所有している馬車は使わない。


 一頭立ての馬車の場合、移動速度は歩きと変わらないし、べつになにかを輸送しているわけではないので積載量とかを気にする必要もないから。

 しかも馬車が一緒だと、宿場に泊まるたびに預けないといけないしね。


 全員が健脚を誇っていることもあり、悠然と徒歩の旅だ。

 これが一番身軽なのである。


「ぜんぶ宿場に泊まれるの? フレイ」


 左隣を歩くミアが訊ねた。


「マルコダーテまではそうだな。そこから先の情報は集まらなかったから、道々収集することになると思う」


 ザブールにいた十日の間に、フレイはできる限りの準備を整えた。

 むしろ準備に必要だったのが十日間だった、と言い換えても良いくらいである。


 とくに行路にある宿場についての情報だ。

 これがないと、スケジュールすら組めないのである。


 そして、ザブールから遠い場所ほど、質量ともに情報は少ない。

 正直なところ、マルコダーテ到着の二日前くらいから、けっこう勘に頼った行動計画である。

 かなり柔軟な対応が求められることになるだろう。


「みんなには苦労をかけると思うけど」

「は? 一番苦労してる人がなに言ってんのよ? むしろ情報収集とか、手伝うからね?」


 なぜか不機嫌そうに協力を約束するミアである。


 ツンデレというやつじゃな、と、カルパチョは思ったがべつに口に出したりはしなかった。

 なにしろフレイとミアの寸劇は、見ていて飽きないので。


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