第77話 無敵看板魔族娘
なつかしの光景が見えてきた。
高い街壁があり、遠くの丘陵地にはアンキモ侯爵の居城がそびえ立っている。
西方貿易の要、交易都市ザブールだ。
「帰ってきたねーっ!」
デイジーが、ぐーっと伸びをする。
「だな。一安心だ」
同意したフレイも息を吐く。
この街にやってきて、まだ一年も経っていないのに、すっかりホームタウンって感覚である。
「そういえばさ。父さんと母さんが心配していたよ。お金持ちになったからフレイたちが出て行っちゃうんじゃないかって」
「いや。おじさんとおばさんさえ良ければだけど、このまま住まわせて欲しいかな」
フレイチームはデイジーの実家に下宿している。
そこそこの商家であり、部屋も余っているといということで、結成当初は宿代節約の意味もあって世話になったのだ。
いまでは、宿代どころか立派な屋敷を購入することだってできる。だからデイジーの両親は心配したのだろう。
「根無し草の俺たちが、ザブールの人たちと繋がってる場所だからな。大切にしたいのさ」
「ふふーん。本音は?」
「ティーファおばさんの料理が食べられなくなるのは困る」
「だと思った!」
けらけらとデイジーが笑った。
大親友を自称しているだけあって、フレイの内心なんかお見通しなのだ。
そのデイジーの実家であるロンハー商会は、今日も大盛況である。
もともとは食料品の卸などをメインにした手堅い商売をしていたのだが、いつの間にか取扱品目が増えてしまった。
フレイチームの名声が上がるにつれ、冒険者たちが店に立ち寄るようになり、遺跡などで得た
懇意にしている店を持ちたいと願うのは、冒険者なら当たり前だ。
冒険者同業組合は
魔晶石以外の物品は、冒険者それぞれの才覚で売り払うことになる。
武具だったら武器屋。マジックアイテムなら魔法屋って具合に。
けど、やっぱり一見さんの持ち込んだアイテムは買いたたかれてしまうのが世の常だ。
その点、親しくしてる店なら融通を利かせてくれる。
買い取ってもらうときだけでなく、なにかアイテムを買うときだって勉強してくれたりもするのだ。
店側にとっても、供給源である冒険者は大切にしたいからね。
「軸が歪んでしまっておるな。これは武器屋に持ち込んでも二束三文で買いたたかれるだけじゃろう。具体的には小銀六枚というところじゃろうな」
冒険者が持ち込んだロングソードじっくりと観察し、カルパチョが無情に言い放った。
がっくりと冒険者が肩を落とす。
E級の彼は、ゴブリンとの戦いに勝利して初めての
モンスターどもが使っていたさびだらけのショートソートの中に混じって、立派な長剣を発見したのである。
自分で使おうとも考えたが、まずは価値を知ろうとロンハー商会に持ち込んだ。なにしろここには、武具の知識なら天下一品ともいえるような女魔族がいるから。
で、喜びいさんで持ってきたものの、結果はこのていたらくだった。
まあ、どだいゴブリンが持っている程度の宝物である。
基本的に、モンスターの持っているアイテムというのは、人間から奪ったとか、拾ったとか、そういう入手方法だ。
このロングソードだって、殺した人間が持っていたものだと考えるのが普通であり、ゴブリンに殺される程度の冒険者なり傭兵なりが使っていた剣の質はどの程度か、推して知るべしというところだろう。
「ロンハー商会での買い取り価格は小銀貨四枚じゃな。ここでは溶かして打ち直すこともできぬし、くず鉄として買い取りになる」
「そうですか……」
しょんぼりしてしまうE級冒険者。
武器屋に持っていって小銀貨六枚を手にするか、ここで売り払って四枚を手にするか。
ぶっちゃけたいした違いはない。せいぜい数日間の食事がちょっと豪勢になるかどうかってレベルだ。
「じゃが、金貨三枚を出すなら儂が鍛え直してやっても良いぞ」
にやりと魔将軍が笑う。
ついでにちょっとした魔力も付与してやろう、と。
「三枚……」
「前金で一枚。モノを渡すときに残りをもらおうかの」
じっと財布の中をのぞき込んでいた冒険者が、がばっと顔を上げた。
「お、お願いします!」
財布をひっくり返し、金貨一枚分のコインを並べる。
銀貨や小銀貨、大銅貨まで混ぜて。
こればかりは仕方がない。E級なんて貧乏なもんだ。財布に金貨が入ってるなんて、そうそう滅多にないだろう。
「うむ。では十日ほどしたら取りに来るが良い」
さらさらと契約書をしたため、カルパチョが手渡す。
大切そうに懐にしまい、まだ少年といっていい年齢の冒険者が去って行った。
「お見事ですね。カルパチョさん」
笑いながら
くず鉄を二束三文で買いたたくどころか、むしろ相手にお金を払わせちゃった。
見事というか、けっこうアコギな商売である。
「しかも、ゴミ同然の剣を使えるようにしてあげるなんて。お優しいですなぁ」
お見通しな言葉に、肩をすくめるカルパチョ。
「まあ、あの年齢で死なせるというのも可哀想じゃでな。子狼でも戦えるだけの牙をくれてやろうと思ってのう」
そのための
もちろんベースがゴミみたいななまくら剣なので、そこまで強くはならないだろうが。
「運が良ければ生き残れるじゃろ」
「なんか、デイジーとは違った意味で人気が出そうよね。カルパチョって。若い男の子たちから」
おっぱいも大きいしね、と、呆れたような声はミアのものだ。
もちろん、フレイもデイジーもガルもいる。
いつの間にか帰ってきていたらしい。
とっくの昔に気配で気づいていたであろう魔将軍が、唇をほころばせた。
「よう戻ったな。皆の衆」
と。
公衆浴場で旅の垢を落とし、夕食を済ませ、夜も更けた時分。
フレイたちはいつもの酒場へとくりだし、再会の盃を酌み交わしていた。
「魔王討伐ねえ」
片手にジョッキをもったまま、ヴェルシュが器用に肩をすくめて見せる。
勅命について聞かされて。
彼の反応などまだまともな方で、カルパチョとパンナコッタなどは、冷笑を浮かべてただけであった。
「こういうのって、何万年経っても、種族が違っても、なーんにもかわんねーんだよなー」
「そうなのか? ヴェルシュ」
「俺の時代だって同じよ。ちょっと武勲を立てりゃあ、上司や同僚に妬まれてな。危険な任務を押しつけられんだぜ」
で、最前線のナザリームに飛ばされて、天使たちの攻撃で地中深く埋められた。
一万五千年以上も昔の話である。
まあ彼はそれを奇貨としてずっと惰眠をむさぼっていたわけだが。
じっさい、権力争いうぜーって思いも確かにあったのだ。
「ようするにフレイは手柄を立てすぎたということじゃな。そちを抱えるアンキモやスフレが危険視されるほどに」
くいとワインを飲み干し、カルパチョが言った。
完全に実力主義の魔王軍だって出世争いは存在するし、足の引っ張り合いだってある。
他人より高い地位につきたい、他人より良い給料が欲しい、という思いは人間でも魔族でも変わらない。
そういうのを放棄してしまったら、たとえばエルフたちのように自然に寄り添って生きるしかなくなる。
欲望を持たず、ただあるがままに。
カルパチョの視線に、ミアが薄笑いを浮かべる。
それは無為と同義だと感じたから、ミアは郷を捨てて旅に出た。
世界は、冒険と刺激と悲鳴に満ち満ちていて良い、と思ったから。
「最後のひとつが不穏当すぎる」
「なにをいまさら」
「ですよねー」
いちおう、義務として、ツッコミを入れるフレイだったがさらっと軽く返された。
「ミアは旅の間ずっとフレイといちゃついていたのだから、次は儂の番じゃぞ」
じゃれ合っているリーダーをぐいっと引っ張る魔将軍だった。
「そろそろ真面目に話さないか?」
パンナコッタが呆れたように肩をすくめる。
しかし彼自身がデイジーの隣に陣取り、一月近くに渡って枯渇していたデイジー分をたっぷりと補給中であった。
『おまいう』
仲間全員の総ツッコミである。
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