第5話 チームを組んだよっ!


 翻訳用サークレットの価格は、金貨四枚でした!


 九割九分引きだ。

 ちょっとありえない値下げ率である。

 倒産売り尽くしセールだって、ここまで馬鹿な値引きはしない。


 まあ、おかげで貴重なマジックアイテムが手に入ったのだから、不平を鳴らす筋合いは、どこにもないのだが。


「デイジー天使さまさまだな」


 苦笑するフレイ。


「天使っていうか、わたしには悪魔に見えたけどね。あれぜったい狙ってやってるでしょ」


 ミアが肩をすくめてみせた。


 言っていることが判ってもらえる。

 話している内容が理解できる。

 言葉が通じるって良いなぁ。


 しみじみと噛みしめるフレイであった。


「狙ってないよ! 感謝は大きく示すものだって司祭さま言ってたもん!」


 腰に手を当て、ぷんぷんと憤慨してみせるデイジー。


 いやもうそのポーズがすでに狙ってるよね。

 いったいなにを教えているのよ。マリューシャー教団は。

 という趣旨のつっこみをミアは飲み込み、もういちど肩をすくめる。


 なし崩し的に、彼もついてきてしまった。

 それは良い。


 回復魔法……教団では回復の奇跡というのだったか、そういうのが使える人間がいるのはありがたい。

 ただまあ、一緒に冒険をするには、デイジーには冒険者アドベンチャラー同業組合ギルドに加入してもらう必要があるが。


「あらためてよろしくね。フレイ。デイジー」

「ああ」

「うん!」


 右手を重ね合う三人。

 へんなチームだが、じつは新米ぺーぺーとしては、ありえないくらいくらいの戦力である。


 精霊使いシャーマンのミア。マリューシャー信徒のデイジー。

 魔法職スペルユーザーと呼ばれるものが二人もいるのだから。


「ところでフレイって戦士なの? 武器は?」


 ふと心づいたようにミアが訊ねる。

 見たところ徒手空拳まるごし

 かといって魔法職にはみえない。


「俺か。俺はなんなんだろうな?」


 ううむとうなるフレイ。

 たとえば組合で出会ったガイツのように剣が使えるわけではない。

 もちろん魔法も使えない。


「フレイは力持ちで、ケンカも強かったんだよ。ミア」


 がおー、とデイジーが両腕をあげる。

 迫力はゼロだ。もちろん。


格闘家ミスティックってことかしら?」

「んな格好いいもんじゃねえよ。俺のはただのケンカ闘法さ」


 彼らの職業は冒険者。

 それ以上の肩書きはもっていない。


 戦士、などと便宜上べんぎじょういわれるが、あくまでも近接戦闘が得意なものの総称だ。

 剣を巧みに操れば剣士フェンサーと呼ばれるだろうし、槍をもっぱらとするなら槍士ランサーと呼ばれるだろう。


 その程度のもんである。


 農家の出身で足腰が強く、罠猟や野営などの知識が豊富なフレイなどは、どうしてもカテゴライズするなら、野外活動の専門家レンジャーとでも称すべきだろうか。

 まあ、無理にレッテルを貼る必要もないのだが。


「ともあれフレイが前衛をするってことでいいのね?」

「ああ。それしか芸がねえしな」

「ボクとミアで後衛だね!」


 デイジーが盛り上がっているが、じつはちょっとバランスが悪い。

 魔法職というのは稀少だから、できればしっかりと守りを固めたいところなのだ。


 この場合でいうと、フレイひとりで前線を支えられるのか、という問題である。

 彼を抜かれたら、ミアやデイジーが危険にさらされてしまう。


 もちろん冒険に絶対の安全などありえない。

 不測ふそくの事態はいつだって起こるものだ。

 だが、それでもできる限り安全に、危険の少ないやり方で、というのは鉄則である。


「前衛が、せめてもうひとり欲しいわよね」

「だなあ」


 フード越しに顎を撫でているミアに、フレイが頷く。

 とはいえ、ないものねだりしても始まらない。


 フレイもミアもE級。デイジーだってこれから加入するのだから、当然のようにE級だ。

 そんな最底辺チームに入ってくれる物好きなど滅多にいない。


 仮にいたとしても、あんまりにも等級差があると、顎で使われることになってしまう。


「考えても仕方ないよ! そんなことより今日は、再会と出会いのお祝いしよう!」


 デイジーが提案する。

 顔を見合わせたフレイとミアが、ぷっと吹き出した。

 まだなんの冒険もしていない、なんの成果も上げていないチームなのに、まずはお祝いとか。

 えらく気楽なもんである。







 組合加入の手続きを終え、三人が向かったのはデイジーの自宅である。


 もう夕刻が近い。

 丸一日、なにやってたんだって話ではあるが、それなりに有意義ではあっただろう。


 ソロでの冒険を覚悟していたフレイに仲間ができた。

 しかも魔法職が二人。

 望外の幸運といっていい。


「父さんも母さんも喜ぶよ! けっこうフレイの話はしていたからね!」

「そうなのか」


 デイジーの親というのは商人である。

 もともとはフレイが生まれ育った寒村に暮らしていた。


 小さな村の小さな商家。

 わりと重要な役どころだったのだが、あるとき不渡りが出てしまう。

 都会からの商品が届かなかったのだ。

 すでに金は払っていたため、ようするに騙しとられたような格好である。


 大損をしちゃったデイジーの両親は、再起を図って都会へと引っ越した。

 村に居づらくなった、という事情もある。


 ちいさな村社会の悪いところで、商売に失敗した両親は村人に白眼視されたし、デイジーは村の子供たちからいじめられた。


 それに対して敢然と立ち向かったのが、フレイだった。


 いじめっ子たちを、ぼっこぼこにしてデイジーを守り、山に入って様々な罠をしかけて獲物を仕留めては、ほとんど無料みたいな価格でデイジーの両親が営む店に卸した。

 それを売りさばいた金によって、再起のための資金ができたといっても過言ではない。


「父さんたちもすごく感謝してたんだよ!」

「デイジーは俺の親友だぜ。困ってるときに助けるのは当たり前じゃねえのか?」


 道すがらの説明。

 首をかしげるフレイだったが、ミアは秘かに頷いていた。


 だからこそだ。

 こういう人間だからこそ、彼女がガイツたちに責められていたとき、助けようと動いたのである。


 困っている人を見過ごせないのだ。

 それはきっと、ものすごく損をする生き様だろう。


「うそいゃちしにじやは。ねつしきうゆいえ」


 エルフ語で呟き、苦笑する。

 面白い。


 郷を出てから様々な人間を見てきたが、このフレイという少年は群を抜いておもしろい。

 長い長いエルフの生のなかのほんのひととき、じっくり観察するのも悪くないだろう。


 もちろん観察対象が死んでしまうと困るので、守ってあげなくちゃいけないけど。


 いちおう助けてもらったっぽい借りもあるしね。

 理由をつけてみる。


 ミアはミアで、なんだかめんどくさいエルフであった。

 まあ、エルフの郷から人間社会にきている時点で、変わり者なのは確定だろう。


「ん? なんて?」


 彼女の内心を知らず、フレイが首をかしげる。

 翻訳機能を使わずに喋ったから、通じていないのだ。


「んーん。なんでもないわよ」


 にぱっと笑ってみせる。


「あ、そうだ! ふたりとも拠点はうちにすればいいじゃん」


 すっげー良いこと思いついたってていで、ぽんと手を拍つデイジー。


 唐突すぎる。

 あと両親に許可を取ってから、そういうことは言うべきである。

 なんでそんな先走っているんだか。


「それは迷惑かけすぎだろ……」

「へんに遠慮なんかされた方が迷惑だよ! 部屋だっていっぱい余ってるし!」


 そもそも宿代だってバカにならないんだから、節約できるところはするべきろうと、デイジーの主張だ。

 正論ではある。


 格安で部屋を貸してもらえるなら、それに越したことはないだろう。


「まあ、ご両親が良いっていうならな」


 肩をすくめるフレイ。

 孤高ここうを気取って格好つけていられるほど、懐は暖かくないのは事実であったから。





 結局、デイジーの両親は一瞬で許可を出しちゃったため、フレイもミアもその日の内に宿を引き払い、デイジー宅に下宿することになった。


 

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