第59話 冒険者組合に殴り込み!
救出した冒険者たちは、カラスミ商会の船でモンペンに戻ることとなった。
捕虜にしたアゴとともに。
というより、最初からその予定で大型の船が用意されている。
もしフレイチームが負けたら、という予測は立てられていない。
負けるわけがないからね。
邪竜や魔将軍が、海賊ごときに。
なので、フレイたちが船に同乗しなかったのは、予定外の行動である。
普通に船で戻る手筈になっていたのだ。
しかし、一件に冒険者同業組合が絡んでいることが判明したため、予定を変える必要があった。
計画が露見したことをギルドが知る前に急襲する。
すなわち、
「まさかドラゴンの背中に乗る経験をするとはなぁ」
フレイが感慨深げに呟いた通り、ヴェルシュの背に六人が乗って、一路モンペンを目指しているのである。
「わたしもはじめてよ」
ミアも目を輝かせている。
眼下に大洋を望みながら蒼穹を舞う漆黒のドラゴン。
みるみるうちに陸地が近づき、モンペンの街並みが見えてくる。
街ゆく人々が空を見上げ、驚愕の叫びをあげる。
それはそうだろう。
『看板がみえた。もうすぐ到着するぞ。フレイ』
「はっや!?」
海賊島を飛び立って一刻も経っていない。
羽ばたいているのではなく、魔力で飛んでいるらしい。
ものすごい速度なのに、風も吹き付けてこないのだから、邪竜は不思議と不条理に満ち満ちている。
『
「ああ。派手にいこう」
『了解だぜ』
吠え声が響く。
古代竜のドラゴンボイスだ。
気の弱い者なら気絶してしまうような、魂を震え上がらせるような。
ばっさばっさと翼を動かし、漆黒のカオスドラゴンが冒険者同業組合の内院に降り立つ。
攻撃してくる人間はいなかった。
まあ、攻撃したら反撃されちゃうからね。
世の中には、自分は絶対に反撃されないと思いこんでる人間がいるみたいだけど、そんなわけはない。
殴ったら殴り返されるし、言ったら言い返される。
当たり前の話だ。
ヴェルシュに攻撃を仕掛けるってことは、普通に尻尾や爪で反撃されちゃうのである。それどころかブレスを吐かれちゃうかもしれない。
もちろんそんなことになったら、人間なんか間違いなく死ぬ。
「静かなもんだねー」
「そりゃあ、他人が死ぬのはどうでも良いだろうけどな」
デイジーの言葉にフレイが笑う。
自分ひとりでドラゴンに突っ込んで死ぬならともかく、そんなことをしたら周囲にいる人まで死んじゃうのだ。
巻き込まれる方はたまったものではないから、当然のように止める。
結果として誰も攻撃してこない。
遠巻きに見ているだけだ。
『変身するぞ。足をくじくなよ』
声と同時に巨大なヴェルシュの姿が消える。
空中に放り出されるフレイチーム。
フレイがミアを、ガルがデイジーを姫抱きして着地する。
「ありがと。フレイ」
「どういたしまして。ミアは軽いからいつでも大歓迎さ」
「もー! 子供扱いしないでよー! ガル!」
「デイジーが怪我でもしたら一大事であるからな」
なにやらきゃいきゃい騒いでいる。
浮遊魔法が使えるカルパチョとパンナコッタは、普通に自分で着地している。
寂しい話ではあるが、カルパチョに姫抱きされたパンナコッタの図など、誰も見たくないのだ。
「なんなんだお前らは!」
怒鳴り声が響き、なにやらえらそうな男が前に出る。
屈強な男たちを従えて。
邪竜が消えたとたんにこの強気である。
さりげなくチームに合流したヴェルシュが、やれやれと肩をすくめた。
「俺はザブールのC級冒険者、フレイだ」
代表する形でフレイが受け答えする。
まあ、フレイチームのリーダーは彼だから。
「C級だと?」
男の目に、バカにするような光が宿った。
ドラゴンも消えちゃったし、幻術かなにかだと考えたのだろう。
C級ごときが小細工をしたのだと。
「こんな騒ぎを起こして、ただで済むと思ってるのか? ザブールのギルドに抗議してやるぞ」
鼻息も荒く息巻いている。
立派な身なり、良く肥えた身体、口ひげ。
いかにもお偉いさんって感じだ。
「アンタは?」
すっと目を細め、フレイが首をかしげる。
かなり不機嫌そうだ。
付き合いの長いデイジーにはよく判る。
もちろんそれは、名乗ったのに名乗り返さなかったから怒っている、というわけではない。
組合に加入している冒険者をはめたこと。
邪な目的のために、十二人も無駄に死なせたこと。
そういう部分にフレイは怒っているのだ。
「モンペン
「そうか。じゃあオニイトマキ。あんたはもうおしまいだ。抗議でも報告でもすればいい」
思いっきり冷たく言い捨てる。
「なんだと?」
「海賊島の海賊どもは壊滅した。アゴは捕らえた。奴がぜんぶ吐いたよ」
これ以上の説明が必要か?
と、続ける。
実際、まったく必要なかった。
オニイトマキとやらの顔色が、みるみるうちに悪くなっていったからである。
これはもう自白と同じ。
「しょ、証拠はあるのか!」
そしていまさらの証拠の要求も、自供と同義だ。
「知らねえよ。申し開きはアンキモ伯爵かスフレ王子にでもするんだな。海賊と組んで奴隷売買をやってたって言いがかりをつけられていますってな」
使えるコネクションの名前を告げるフレイ。
彼が知るアンキモ伯爵もスフレ王子も、まずひとかどの人物だ。
海賊行為を許すはずがないし、それと冒険者ギルドが結託した、なんて大スキャンダルを絶対に見過ごすはずがない。
「神妙に
宣言する。
「ふ、ふざけるな!」
しかし返ってきたのは怒声だった。
おとなしく降参するつもりはないらしい。
「ま、仕方ないね。海賊の仲間ってことになったら、縛り首確定だもんね」
くすくすとデイジーが笑う。
天使みたいな顔で。
「わたしらを殺して口封じした上で
ミアも笑ったが、こっちはにまぁって感じで、どっちかっていうと悪魔みたいだった。
対照的なふたりである。
「てめえら! やっちまえ!!」
ギルド長の号令で、内院に集っていた冒険者たちが一斉に剣を抜く。
ざっと三十人ほどだ。
多い。
かなり深いところまで、海賊どもの触手は伸びていたということなのだろう。
「関係ない連中は、そもそも出てこないじゃろうしの。こんなバカ騒ぎに」
「自分でバカっていうなよ。カルパチョ」
苦笑しつつ、フレイが腰の後ろの隠しからジャマダハルを抜く。
「すまねえが手加減できる戦力差じゃない。悔い改めてえやつは、武器を捨てろ」
一応は降伏勧告を出すが、従った者はいない。
なにしろ七対三十だ。
これで自分たちが不利だとは、なかなか思わないだろう。
ましてフレイは自分でC級と名乗ってるし。
喚声をあげて襲いかかってくるモンペンの冒険者ども。
ガルとカルパチョ、ヴェルシュがすっと前に出る。
戦斧とフランベルジュ、黒い長剣が血を求めて唸りをあげる。
「火蜥蜴の槍!」
「
ミアとパンナコッタの魔法が飛ぶ。
いつものコンビネーションだ。
位置は後衛。
前線と後列を有機的に結ぶポジションにはデイジーが入り、必要に応じて防御と回復の奇跡でバックアップする。
普段であれば遊撃を担当するフレイであるが、今回はスペルユーザーたちの護衛に回っている。
というのも、これだけ数の差があると、すぐに乱戦になってしまうからだ。
丁寧にひとりずつ潰してゆく、という戦術はとりにくい。
「ヴェルシュ。カルパチョ。ギルド長だけは生け捕りにしたい」
「まためんどくせえ指示を」
「火焔球やブレスで薙ぎ払うというわけにはいかなくなったのう」
ぼやく邪竜と魔将軍であるが、あきらかに目が笑っている。
なにしろ魔の陣営に属する人々である。
身も蓋もない大量殺戮魔法より、じわりじわりと挽き潰していく方が好みに合っているのだ。
「ひとり頭十人だし。余裕だろ」
唇の端をつり上げる邪竜だった。
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