第60話 アブない男!
突き出される剣や短槍を、最小限の動きでフレイが打ち払ってゆく。
ミアやパンナコッタ、デイジーを狙ったものを。
呪文詠唱の時間を得た
これには冒険者どももたまらない。
基本的に、魔法というのは必中であり、防ぎようがないのである。
魔法防御力のある防具以外では。
「魔法使いがいるぞ! 乱戦に持ち込め!!」
オニイトマキが叫んでいるが、そんな指示は遅きに失している。
乱戦になることはとっくの昔にフレイが読んでいて、そのための布陣を敷いているのだ。
ほとんど抵抗らしい抵抗もできずに、ばたばたと冒険者どもが倒されてゆく。
「なんでC級ごときが……こんな……」
悪のギルド長が呟いているが、フレイチームはべつに弱いからC級なわけではないのである。
たんに冒険者になってから期間が短いから、という理由なのだ。
豊富な魔法戦力、前衛の戦闘力、回復役の存在、そして彼らを指揮するフレイのカリスマ。
チームとして見た場合、ザブールのエースたるガイツチームより、はるかに強いのだ。
モンペンがA級B級で揃えたとしても、数以外のすべてにおいてフレイチームに及ばない。
まして
まともに戦おうと思ったら、軍隊とかを連れてくる必要がある。
数百人規模の本格的なやつね。
「いやあ、どうかなぁ。魔王軍の四天王とか伝説の邪竜を相手に百人二百人で勝てるかなぁ」
半笑いのデイジーだ。
災害級とか、大怪獣大激突みたいな連中だもの。
むしろ、そのへんを焼け野原にしてしまわないように手加減して戦っているようなありさまなのである。
「身も蓋もないね。デイジーさんや」
フレイの台詞だが、その顔はけっこう真剣であんまり余裕は感じられない。
というのも、フレイひとりでミア、パンナコッタ、デイジーを守っているからだ。
デイジーはともかくとして、ミアもパンナコッタは自分で戦っても充分に強いが、戦いながら魔法を使うというわけにはいかないため、やはり集中できる局面をつくってあげなくてはいけない。
「ていうか、ボクだってそんなに弱くないよ! えい!」
突進してきた男を、
マリューシャー女神を象ったやたらとラブリーな錫杖だが、ちゃんとした
攻撃力だってあなどれない。
しかも殴ると星とかのエフェクトが飛び散るという特殊効果つきだ。
作成したユリオプス司祭の執念を感じる逸品である。
「ありがとうございます!」
謎の礼を述べながら、モンペンの冒険者が倒れ込んだ。
目をハートマークにして。
「デイジーが弱いなんて、俺だって思ってないさ」
すいと背中合わせになったフレイが、背後からデイジーを狙っていた敵を一撃で切り伏せる。
「フレイ!」
「けど、親友の背を守るのは当たり前だろ。強いとか弱いとか関係ないさ」
肩越しににやりと笑って、ふたたび混戦の中に突っ込んでゆく。
そういう男なのだ。
守ると言った以上、絶対に守り抜いてくれる。
優しくて鈍感で、そして最高に頼りになるリーダーだ。
「……ちょっと格好良すぎるよね。あいつ。ボクが女だったらやばかったかも」
やや上気した顔で呟くデイジーだった。
戦況が混乱すればするほど、フレイの先読みも加速してゆく。
オニイトマキが半狂乱で出す指示の、常に一歩先二歩先の手を打ち、それが面白いように決まるのだ。
「ふと思ったのじゃが」
「なんだ? どうせろくなことじゃないだろ?」
縦横無尽に冒険者どもを千切っては投げ千切っては投げしてしているカルパチョとヴェルシュが、緊張感のかけらもない会話を交わす。
まあ、魔将軍や邪竜が人間ごときを相手に慎重に戦ったら、それはそれで怖いが。
「いやの。儂はフレイに惚れてザブールにきたじゃろ?」
「じゃろっていわれても、そのころ俺いねーからしらねーよ」
「いろいろあったのじゃよ。あれが儂に初黒星をつけたりとかの」
「……まじか?」
思わず、びくっと動きを止めちゃうヴェルシュだった。
ただの人間のフレイが魔将軍に勝つとか。
たぶん模擬戦とか、そういうやつなんだろうけど、それにしたって大金星なんてレベルじゃない。
百回やったって、一回あるかどうかって話だろう。
「うむ。じゃが、ザブールにくるのではなく、フレイを魔軍に連れて帰るって手もあったなあ、と」
「やめてくださいしんでしまいます」
平坦な声でいっちゃう邪竜。
彼の見るところ、フレイってのは人格的求心力に優れたリーダータイプだ。
あと千年も修行したら、ものすごい名将になるだろう。
もちろん、ただの人間だからそんなに生きられない。
しかし、魔王の力ならば、フレイに永遠の命とか与えられちゃうかもしれないのだ。
やばいでしょ。
魔将軍フレイの誕生っすよ。
天魔戦争の再現ですか。
地下に沈められて一万五千年の時間が経ったら、やっぱり大戦争の真っ最中でしたとか、ちょっと洒落にならない。
「俺としては、フレイやお前とだらだら暮らしたいからな。戦争とか物騒な話は却下だぜ」
「ふむ。たしかに、今の暮らしも悪くはないがの」
黒の長剣と赤のフランベルジュが閃くたびに、冒険者どもの首が飛んだり、上下二つに両断されたりしている。
これでこいつらは平和に生きているつもりなのである。
「
とは、ガルの声に出さない呟きである。
彼の戦斧も、血で真っ赤っかだ。
モンペンの冒険者たちは、けっして弱いわけではない。
連携力が低く、指示を出しているオニイトマキが無能なだけで、個人的な強さならフレイチームに勝る、というものは幾人かいた。
A級冒険者とか。
そんなひとりが混戦の隙を突いてミアに最接近する。
矢継ぎ早に撃ち出される魔法を、あるいは回避し、あるいは切り払いながら。
並の体術や武器にできることではない。
危機を悟ったミアが、詠唱を放棄してローブの中からククリを引き抜く。
なかなかの早業だったが、冒険者の方が速かった。
振るわれる剣。
きん、と、かん高い音を立ててククリが弾き飛ばされる。
咄嗟に腕を引いていなかったら、右手首ごと斬り飛ばされていただろう。
さがるミア。
追う冒険者。
互いに無言での、たった数歩の攻防。
余裕がないから。
冒険者としてはこの距離で魔法を使われたら避けようがない。だから絶対に詠唱させるわけにはいかない。
反対にミアとしては、魔法しか活路がない。
もう武器は
使い慣れたククリを、あれだけ見事に飛ばされてしまっては。
一歩、二歩。
三歩目でミアは覚悟を決めた。
左腕はくれてやる、と。
腕を斬らせ、その隙に至近距離で魔法を撃ち込む、と。
足を止めたミアに男が斬りかかり、そのままどさりと崩れ落ちた。
首からジャマダハルを生やして。
驚くべき正確さとタイミングで、フレイが投擲したのである。
走っての救援は間に合わないと悟り、唯一の武器であるジャマダハルを死角から投げつけた。
じつにフレイらしい判断だ。
乱戦の最中に武器を失うという不利を背負っても、仲間を助ける。
普段通り、
「フレイ!」
「……俺のミアに臭え顔を近づけんじゃねえ」
ではなかった。
いつもの冷静な判断でやったことではない。
素手格闘が得意だから武器を投げつけても問題ないよーん、なんて、考えてる余裕はなかった。
ミアが危ない。
そう思ったら身体が勝手に動いていた。
「……てっのれお……」
ゆるみそうになる頬を必死で制御しながら、冒険者の首に刺さったジャマダハルを、ミアが抜く。
鮮血が吹き上がり、
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