第15話 半裸戦士、散る


 モンスターと遭遇することなく遺跡ダンジョンの脱出に成功したフレイたちだが、意外なトラブルに見舞われていた。


 ザブールへと向かう街道。


 その最初の宿場町で、木戸番きどばんに止められてしまったのである。

 臭いから町に入るな、と。


 なかなかにひどい話だ。

 ガルが予想した通り、ドラゴンの血を頭からかぶった彼らは、もっのすごく臭かったらしい。


 モンスターが逃げ出しちゃうくらいに!


「と、とにかく身体と服を洗ってこようぜ。宿場に入らないことにはメシにも宿にもありつけない」


 左手で鼻をつまみながら木戸番が教えてくれた話では、近くにきれいな渓流けいりゅうがあるらしい。

 宿場に入りたいならそこで体を洗ってこい、と。

 石鹸もやるから、と。


 貸してやるではないところが、より哀しみを誘う。

 竜殺しの勇者ドラゴンスレイヤーなのに。


 とぼとぼと川へと向かう四人。


 ちなみに、もっともショックを受けていたのはミアだ。

 うら若き女性だから。

 こんなんでも。


 臭いとかいわれたら、さすがにへこんじゃう。


 まあ、自分の匂いは気付かないものなのである。

 しかもドラゴンの死体がある部屋で、探索したり食事をしたりしたのだ。

 鼻なんかとっくにバカになってますよ。


「火をおこしておくから、まずはミアが身を清めてこいよ」

「……さんきゅ」


 河原に到着し、フレイが手際よく焚き火と物干しの準備を始める。

 荷物があるので、誰かが見張りをしなくてはならない。

 みんなで一斉に行水というわけにはいかないのだ。


 石鹸を手にローブ姿のまま、ざぶざぶと川に入ってゆくミア。

 まるで入水にゅうすい自殺みたいだが、さすがに男性陣もいる前で全裸になるのもまずい。

 川の中で、服ごと体を洗うことになる。

 さすがにローブくらいは脱いだ方が良いだろうけど。


 火をおこしながら周囲を警戒するフレイ。

 見通しの良い河原のため、突然襲われるということはないだろうが、だからといって無警戒ってわけにはいかない。


 枯れ枝をいっぱい持ったガルとデイジーが戻ってくる。

 集めに行っていたのだ。


「獣すら寄りつかないよー 笑っちゃうねー」

「ある意味、ものすごく安全だった」


 苦笑しながら。

 狼も猿も猪も、ドラゴンの血の匂いは嫌いらしい。

 火にくべられた枯れ木が、ぱちぱちとはぜ割れる。


 やがて、水浴びを終えたミアも戻ってきた。

 肌着姿で。


 ものすごい美少女の半裸。

 見るなという方が無理な相談だ。


「ミア。おまえなぁ」


 それでも視線を向けないようにしながらフレイが注意する。


「あんまりこっちみないで。でもフレイたちもすぐ判ると思うわ」


 ため息とともに言って、用意された物干しにばっさばっさと服だのローブだのをかけてゆく。


 すごい匂いだったのだ。

 体を洗ったら、気付いてしまった。

 服に染み付いたそれに。


「吐くかと思った」

「大げさな……」

「事実よ。そしていま現在、あんたたちはその匂いをぷんぷんさせてるわ」


 とっとと体を洗ってこい、と、男どもを追い立てる。

 見張りは自分一人でやるからと。


 顔をさらした肌着姿のエルフ。

 膝の上にはククリ。

 すぐ投げられる位置にクピンガ。

 危なすぎて、きっと誰も近寄れないだろう。






「脱いで洗うしかないねっ!」


 川に飛び込んだデイジーが勢いよく脱ぎ始める。


「こ、こらデイジー!」


 両手で顔を覆うものの、しっかりと指の間から目が覗いているガルが注意する。


「ん? どしたのガル?」


 デイジーの手は、もちろん止まらない。

 当たり前である。

 彼にしてみれば、なんで注意されているのか判らないだろう。


 とくにためらいもなく、すっぽんぽんになってしまう。

 男同士だもの!


「うわわっ! なんてはしたないっ!」


 ちら見どころか、しっかりがん見しながら注意するんだから、ガルもツワモノである。


 が、


「あれ?」


 かたまった。


 デイジーの股間に、じつに見慣れたモノを発見して。


「え? う? あ? め?」


 言語機能を完全に消失し、ぎぎぎ、と音がしそうなほどにぎこちない動きで、フレイを見る武芸者。

 リーダーはリーダーで、すでに全裸だった。


「うわっ くっさっ 服も念入りに洗わないとダメだな」


 などと言いながら中腰でごしごし洗濯している。

 股間には、やはり見慣れたモノが揺れていた。


「む? どうしたん? ガル」

「フレイ……デイジーが男になってしまった……」


「あ」


 説明しようしようと思って、すっかり忘れていた。


 ガルってば、デイジーのことを可愛い女の子だと思いこんでるんだべなーとは判っていたのだ。

 おりを見てちゃんと教えてあげないとって、思ってはいたんだよ?

 面白そうだからほっといたわけじゃないよ?

 いろいろ忙しかったから忘れてたんだって。


 自分の中で言い訳したフレイが、苦笑とともに武芸者に向き直る。


「もともと男だぞ。俺の幼なじみでな。本名はデビット」


 デイジーというのは愛称だと、簡潔に説明する。


「なんだよっ ボクが女だと思ってたのかいっ ガルはっ」


 腰に手を当て、ぷんすかと憤慨するデイジー。

 全裸で。


 可愛い。

 下半身にさえ視線をやらなければ、普通に女の子だ。胸はないけど。


「どーりでボクが抱きついたときとか、みょーに喜んでると思ったよ! ざんねんでしたー! お○んち○びろーん!」


 局部を振り回している。

 子供か。


「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」


 突如としてガルが叫びだした。

 頭をかきむしりながら。


 きっといろんな思い出が走馬燈そうまとうのように駆け巡っちゃったのだろう。

 そしてそれが目の前の現実と噛み合わアジャストせず、混乱の淵に叩き落とされたのだ。


 ご愁傷様である。


「ああああんまぁりだぁぁぁぁっ!!」


 走り出す。


「あ、ガル。そっち深み」


 フレイが止めるいとまもなかった。

 どぶん。

 沈んじゃった。


「うぉぃ!」

「ガルぅっ!」


 全裸少年たちが駆け寄る。

 なにやってんだって話だ。







「いや。ふつーになにやってんのよ? あんたらは」


 失意の武芸者を二人がかりで洗ってやり、焚き火の側へともどった男どもを、呆れたような表情で迎えるミアだった。

 もちろん彼女からも、バカたちの寸劇は見えていた。


「良いのだミア。それがしはもう生きる希望を失った」


 一番可愛く、一番気が利いて、一番明るくて、一番優しい子が、なんと男だった。

 いつかプロポーズしようと思ってたのに。

 う、う、う、と泣き崩れる。


「いやあんた。べつに嫁さがしの旅をしてるわけじゃないよね?」


 武者修行の旅のはず。

 ミアの記憶がたしかなら。


「はっ! そうであった!」

「はじゃねーよ。どんだけ惚れっぽいんだよ。そんなんで武術を修められんのかよ」


 ミアさんびっくりですよ。

 旅の目的を忘れてるとか。


「ボクが女に見えるなんて、ガルたまってんじゃないの? 良い稼ぎになったし、ザブール戻ったら娼館いく? 一緒に」


 くすくすと笑うデイジー。

 布きれで身体を拭いながら。

 何にも知らないで、たとえば後ろから見たら、そーとー色っぽい。


 いや、ふつうに女に見えるぞ、という趣旨のツッコミを、かろうじてフレイは飲み込んだ。

 事実は万人を傷つけるだけだ。

 きっと。


「むしろデイジーって娼館とかいくのな?」


 あんまりイメージが湧かない。

 そもそもマリューシャー教徒って、そういうとこに出入りして良いんだろうか。

 ふと心づいて訊ねるフレイ。


「マリューシャー教は自然の営みを否定してないよー それに、あんまり禁欲を強いると、かえって犯罪に走ったりとかして良くないんだって、司祭さまが言ってた」


 豊饒と商売繁盛をつかさどるのが女神マリューシャー。

 男女間のことだって忌避しない。

 大切なことだから。


「……まあ、あの人は煩悩のままに生きてそうだしな……」


 ぼそりと呟くフレイだった。

 なんだか業の深い宗教団体である。


「しかし、判ったいまでもおなごにしか見えないな。東方の武将たちの間で衆道しゅどうが流行っているときくが、気持ちがわかる気がする」

「やめてよガル。ボクにそういう趣味はないよ」


 笑いながら言う武芸者に、おえーとデイジーが舌を出してみせた。


「試してみよう、とか思わないでね」

「ああ。努力しよう」

「努力じゃないよっ ぜったいだよっ」


 両手で尻を隠す少年である。


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