第4章 デイジーイズデッドとか、そういうやつ?

第25話 ミイラ男のサクリャク


「係員さん。大事なお話があるんですが」

「またきみかね。フレイくん。今度はなにをやらかしたのかな」


 ものすごく嫌そうな顔を向ける冒険者アドベンチャラー同業組合ギルド係員だったが、正面に立つ少年の姿に、思わずぷっと噴き出してしまう。


「いや、用件をきく前に、どうしてミイラ男マミー仮装コスプレをしているのか、確認した方が良いだろうな」

「……仮装じゃありません。純然たる怪我です」


 むっさい声が返ってくる。

 ミアに殴られたり引っかかれたりしたのだ。

 もう、コテンパンに。


「きみのチームには、マリューシャーの信徒がいたと記憶しているが?」


 怪我なら治してもらえば良い。

 そのための回復魔法だろう。


 まったくその通りで、疑問を差し挟む余地はないのだが、ことこの傷に関するかぎり、デイジーは回復の奇跡を使ってはくれなかった。


 つーん、と、つむじを曲げちゃって。

 たったひとりで死地しちに赴くような人に、回復なんて必要ないでしょっ! みたいなノリだった。


「……いろいろあったんですよ」

「そうか。浮気もほどほどにな」


「してないよっ! 無実だよっ!」

「で、大事な話というのは?」


 必死なフレイをさらっと流しておいて、本題に入る係員。

 ひどい話である。


「また別室でお願いしたいんですが。ガイツのアニキも一緒に」

「ふむ」


 A級冒険者の名前が出た。

 尋常じんじょうならざる事態だろう。


 あるいは、フレイの怪我とも関係あるかもしれない。

 軽く頷いた係員が、カウンターに暫時ざんじ離席のプレートを置く。

 いつもどおり。





 彼の予想は、少しだけ当たっていた。

 フレイの怪我について、たしかに持ち込んだ問題と関係はあったのである。


 ただし、まったく、こっれぽっちも重要な関わり方ではなかった。


 こんなことより問題は、ガイツに伴われて入ってきた目深にフードをかぶって顔を隠した二人連れである。

 自己紹介を受け、係員は腰を抜かしそうになった。


 ダークエルフのパンナコッタは、まあ良い。

 彼だって見たことくらいはある。回数こそ多くないが。


 やばいのはもう一人の方。

 フードの下から現れたのは見事な赤毛と赤い瞳。

 そして側頭部に生えた角。


「お初にお目にかかるのう。儂はカルパチョ。魔王アクアパツァーの四天王がひとりじゃ」


 と。


 魔王軍の大幹部ですよ。

 大物なんてレベルの話じゃないんですよ。


「……フレイくん。ちょっといいかな」


 ぐいっと係員が顔を近づけた。

 ちゃんと説明しろよ、この野郎、と、血走った目が語っている。


 もちろんフレイは説明するつもりだ。

 むしろ係員もこの事態に巻き込むつもり満々だ。


「魔王軍は、アンキモ伯爵領への侵攻をたくらんでいました」


 咳払いして説明を始めるフレイ。


「俺たちとフレイチームで、なんとかそれを阻止したんだ」


 ガイツが合いの手を入れる。


 ザブールに帰還するまでの間に練られたシナリオだ。

 もちろん事実から遠く離れては質問されたときにボロが出るため、あまり脚色はしていない。


 伯爵領への侵攻を企図する魔王軍。

 それに気付いたガイツチームとフレイチームは、協力してそれをくじくことに成功した。

 具体的には、一騎打ちの末に紅の猛将カルパチョに勝利して、侵攻しないという約束を取り付けたのだ。


「そんな無茶苦茶な……」


 係員がうめく。


「儂としては、そんな約束は反故ほごにしても、べつに痛痒つうようは感じぬのじゃがな。しょせんは人間と交わした口約束じゃし」


 にやりと笑う魔族の女。

 もっのすごく邪悪な笑みだ。

 係員など、物理的な痛みを感じたほどである。


「なれど、儂も武人じゃ。同じ武人に対する礼節くらいはわきまえておるでな。フレイの仲間になってやることにした」

「は?」


 論理展開に付いていけなかった。

 思わす間抜けな声を出してしまう係員。


「判りにくかったかの? 儂も冒険者とやらになって、この街に住んでやろうというておるのじゃ。つまり儂がここにいるかぎり、魔王軍の侵攻はないということじゃ」


 破格の条件である。

 もしいま戦争ということになれば、アンキモ伯爵軍だけでは対抗しえない。

 王国に救援要請を出しても、すぐすぐ戦力など整わない。

 勝利は得がたいということだ。


 紅の猛将は、わざわざ優位性を捨てるといってるのだ。

 人間たちに準備の時間を与える、と。


「……期限は、いつまででしょうか」


 絞り出すような係員の声。

 飲まないという選択はない。戦争など起きてしまったら、何千という人が死んでしまうから。


 しかし、彼一人で判断するには話が大きすぎる。

 領主たるアンキモ伯爵の指示を仰ぐ必要があるだろう。

 その前に、ある程度の条件を詰めておきたい。


「フレイが死ぬまで、というあたりかの」


 人の悪い笑みを浮かべるカルパチョ。

 それの意味が理解できないほど、係員は無能ではなかった。


 人間族の寿命は六十年程度。魔法とかを駆使して頑張って延ばしても、百年生きられるものは稀だろう。

 六十年と仮定した場合、フレイにはあと四十三年の時が残されている。

 その間、魔王軍からの攻撃はない。


 ものすごいことである。

 平和の確約なんて、普通は得られないのだから。


 ただし、フレイは冒険者だ。

 いつ死ぬかわかんないような仕事なのである。

 ではさっさと引退させて、健康に留意した生活をさせれば解決するか、というと、そういう問題ではない。


 カルパチョは、「フレイの仲間になる」と言ったのだ。

 安楽な生活を求めてザブールを訪れたわけではないのである。

 変に気を回したようなことをしたら、かえって機嫌を損ねちゃうかもしれない。


 つまり、これまで通りにフレイを扱うしかないのである。

 たんなるC級冒険者として。

 その上で、魔将軍カルパチョとダークエルフのパンナコッタがフレイチームに加入する。


 もうね。

 わけがわからないよ。


「わかりました。カルパチョきょうとそちらの方の冒険者登録については、便宜べんぎをはからいましょう」


 判らないので、係員は考えるのをやめた。


 どうにでもなれ。

 あとは領主が考えろ。

 くらいの勢いである。


「痛み入る。して、儂らの身分はE級かの?」


 制度についての説明は受けてるよーん、みたいな態度のカルパチョだ。


「そういうわけにはいかないでしょう。よその組合から移籍してきたC級ということで取り扱います」

「世話をかけるの」

「ただし、組合ができるのはここまでです。滞在そのものについては、領主どのの裁可が必要になりますよ」


 謁見についてセッティングするから、あとは自分らで説得しろ、と言外に語る。

 戦争になるか、回避できるか。

 そんな駆け引きなんて、冒険者同業組合の手に余る。

 アンキモ伯爵に丸投げするつもり満々の係員であった。


「きみも一緒にいくんだぞ。フレイくん」


 念を押したりして。


「俺も……ですか?」

「当然だろう」


 やや面食らうフレイに頷いてみせる。

 どこからどう見ても、キーマンはこの少年だ。


 決闘うんぬんって話は眉唾まゆつばとして、ようするにカルパチョはフレイに惚れちゃったから付いてきた、ということなのだろう。

 で、やきもちを焼いたミアに、フレイはオシオキされた。

 魔王軍だの紅の猛将だの、大仰な単語を外して考えたら、見えてくるのはよくある痴話ちわげんかである。


「モテる男はつらいね。フレイくん。まあ頑張りたまえ」

「とびきり美人な魔族の女とエルフ娘に惚れられるとか、羨ましいぜフレイ」


 係員とガイツがぽむぽむと肩を叩いてくれる。

 まるっきり他人事だ。

 ガイツたちはフレイチームではないし、組合は領主にぽいっと事態を投げちゃう。


「……羨ましいなら代わりますよ? 係員さん。アニキ」


 ジト目を向ける。


『HAHAHA! の幸福を奪うなんて、とんでもない!』


 筋肉男と片眼鏡男が、声を揃えて笑う。

 ここまで白々しい笑顔を見たのは、十七年の人生で初めての経験だった。


 海よりも深いため息を吐くフレイである。

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