第24話 絶体絶命のピンチとか、そういうやつ?


 からからと乾いた音を立てて床を滑ってゆくフランベルジュ。


 見たこと聞いたこともない攻撃で、思わず手を離してしまった。

 慌てたようにカルパチョが手を伸ばす。


 が、その手が掴まれた。

 ぐいと引かれ、半ば起こされる女魔族。


「みぎゃーっ!? 痛い痛いっ!」


 関節を極められた。

 みしみしと嫌な音を立てる右腕。


「ど、どうだっ!」


 必死の形相で、フレイが極めた腕を締めあげる。

 剣術なんかで戦って勝てるわけがない。


 だから彼が選択したのは近接格闘戦ドッグファイトだ。最も得意な分野に持ち込んで、ちょびっとは勝算があるかなってレベルである。


 獲物を解体するときの知識が役に立った。

 関節がどっちにどのくらい曲がるのか、フレイはよく知っているのだ。


「舐めるなっ! 万物に宿りし魔素マナよ……ぎゃーっ! いたいいたい!」


 締めあげられながら、なおも抵抗するカルパチョ。


「魔法なんか使わせないぞ!」


 詠唱しようとした瞬間、さらに締めあげる。

 猛将の右腕は、そろそろヤバい状態になりつつある。


「降参しろ! カルパチョ!」

「ぬぅぅぅっ!」


「折っちゃうぞ!」

「……わかった。儂の負けじゃ」


「OKだ」


 降伏宣言をあっさりと受け入れ、フレイが拘束を解く。

 これにはカルパチョの方が驚いた。


「フレイ。なんで手を離したのじゃ?」


 口ではいくらでも、参ったなんて言える。

 助けてくれとも、何でもするとも、簡単に言えるだろう。


 勝ちつつあるフレイが、そんな言葉を信用する理由なんぞ、地平の彼方まで探したって存在しない。

 むしろ、手を離してしまったら、彼は著しく不利な立場になるのだ。

 もう二度と、こんなチャンスなんて巡ってこない。


 カルパチョは距離を取って戦うだろう。

 フレイの変な技の間合いになんて、もう絶対に入らない。

 剣術と魔法で打ちのめすのみだ。


「……正直に言っていいか? カルパチョ」

「言ってみよ」

「痛がってる顔が、あんまりにも可哀想でさ……」


 瞳に涙をためて悲鳴をあげてるんだもの。

 特殊な趣味の持ち主でもないかぎり、気分は上々って感じにはならないだろう。


「なっ!?」


 カルパチョの白い顔にさっと朱がさす。

 もう、瞳とおんなじ真っ赤っかだ。


「ば、ばかばかばかばか! なんてことをいうのじゃ!」


 拳を握りしめ、ぽかぽかとフレイの胸を叩く。


 関節なんか極められたのは初めての経験だ。

 未知の痛みだったのだ。

 そりゃ悲鳴くらいあげるだろう。


 胸の中、真っ赤になって叩き続けるカルパチョに、フレイが優しい目を向ける。


「それにさ。アンタは魔法を使わずに戦っただろ。こっちはハンデをもらってんだからさ。降伏宣言は受け入れないよって話には、ならないよな」


 ぽりぽりと頭を掻く。


「っっっっ!?」


 ますます赤くなるカルパチョだった。


 なんだこのワカゾー。

 かっこつけすぎだろう。

 人間のクセに。


 きっと顔をあげ、フレイを睨みつける魔族の女将軍。

 整えない黒髪。グレーがかった黒い瞳。

 不細工というわけではないが、さして美形でもない普通の顔立ち。


「フレイや。そちは、決まった女性にょしょうはおるかの?」

「ぬ?」


 突然の質問に戸惑いつつも、ちょっと考えるフレイだった。


 彼にとって関わりのある異性は多くない。

 というよりミアしかいない。

 よく行くメシ屋のお姉さんとかは、知己ちきのうちに入らないだろうし。


 じゃあミアと、恋人とかそういう関係かと問われれば、普通に否だ。

 チームメイトだもの。

 恋愛感情とか持ち込んじゃったら、もう崩壊ルートしかない。


 苦楽をともにするなんてレベルじゃなくて、命を賭けた仕事をしている仲間同士で、惚れた腫れたってのはやっていられないのである。


 もちろんミアは可愛いし、好きか嫌いかでいえば前者だ。

 嫌いだったらそもそもチームなんて組めない。

 性格はかなりアレだけど、けっこう気が合う良いコンビなんじゃないかなーとは思ってる。

 でも恋人じゃない。


 むうむうと考え込むフレイ。


 彼は気付いていないが、そもそもこの手の質問に特定の個人を思い浮かべている時点で、意識している証拠だ。

 まったく全然なんとも思っていないなら、顔も名前も思い浮かばない。

 くすりとカルパチョが笑う。


「気になっている女子おなごはおるが、そういう関係ではないというところかの。まだ」

「むむむ。どうなんだろう。そうなのかな? 良く判らない」


 首をひねるフレイの顔に、カルパチョが自分のそれを近づけてゆく。

 赤い瞳に興味をたたえ。

 彼女に初めての黒星を付けた男は、なかなかに唐変木とうへんぼくのようだ。


「儂が割り込む余地は、充分にありそうじゃな」


 次の瞬間。


 フレイがどんとカルパチョを突き飛ばした。

 それだけでなく、自らも大きくのけぞる。


 たった今までふたりの頭があった場所を、猛烈な勢いで回転しながら邪悪な投げナイフクピンガが通過していった。

 逃げ遅れた黒髪と赤毛を何本か巻き込んで。


「……心配して戻ってくれば、我らがリーダーは敵を膝に乗っけていちゃこらしてました。どうしよう。わたし、こんな人をぐうする方法を知らないんだけど……」


 冷たく響く声。


 ぎぎぎ、と、音がしそうなほどかたい動きでそちらを見たフレイ。

 瞳に映るのは、なぜかにこにこと笑っている笑っているエルフ娘と、身を寄せ合って怯えるガルとデイジーとパンナコッタの姿だった。


「ま、まてミア。おちつけ」


 両手のひらを向け、なんとかフレイが説得をこころみる。


「待つ? なにを? 辞世の句ハイクでも詠むの?」


 そもそもなんで怒ってるの?


 とは問えない。

 怖いもん。

 そんなこと訊いた瞬間、魔法で燃やし尽くされるか手に持ったククリで切り刻まれるか、どっちかだろう。


「は、話せば判るっ!」

「うよむうどんも!」


 だんっと踏み切り、襲いかかってくるミア。


「るやてせまがお! をたがすのんぶじいなのびくにめのそ! てしとおきたたびくっそ!」


 エルフ語で叫びながら。

 もちろんフレイに意味は判らない。

 判らないが、判っていることもあった。


 絶体絶命のピンチとか、そういうやつらしい、と。




 話はほんの少し前。

 フレイによって閉め出されたデイジーは、ガルに担ぎ上げられてシスコーム遺跡の通路を運搬うんぱんされていた。


「嫌だよ! 降ろしてがル! フレイ! フレイぃぃぃ!!」


 叫びながら大暴れ。

 大親友が、恩人が死んじゃう。

 そんなのは我慢できない。

 なんのために神官プリーストになろうと志したのか。それは、いつか、いつの日か、大親友の手助けになろうと考えたからだ。


「離してよガル! だいっ嫌い!!」


 泣き喚くデイジーに、おもわずガルが手を弛めてしまう。

 あまりのショックで。


 もうちょっとで心臓が止まるところだった。

 その隙に飛び降りたデイジーが、いまきた道を逆走しはじめる。


「デイジー!? 私も!」


 すかさず後を追うパンナコッタ。

 ライバルが大失点しちゃった今が、点数の稼ぎどころだといわんばかりに。


「ああもぅ! なにやってんのよ! バカガル!」

「す、すまんミア」


 デイジーが大暴れすることなんか最初から判っていた。

 ミアよりガルより、もちろんパンナコッタより、ずっとずっとフレイのことを大切に思っているから。

 見捨てるなんてできるわけがないのだ。


 だから、憎まれても恨まれても手を離しちゃいけなかったのに。

 全員・・が生きて帰るために。


「仕方ない。覚悟決めるわよ」


 秀麗な顔に決意を漂わせるミア。


 効率を考えれば誰かが殿軍しんがりを務めるしかない。それは事実だ。

 そしてそれができるのは、フレイしかいないのである。

 たぶん本人は、いつもどおりの自己評価の低さで自分が弱いからとか思ってるだろうが、そうではないのだ。


 彼なら強敵から逃げることができる。

 身が軽く機転が利くから。

 戦士たちでは不可能なのだ。もちろん魔法職も。


「ガイツたちはザブールに戻って報告お願い。わたしたちはフレイを助ける」


 決然と宣言した。

 ひとつ頷き、A級冒険者たちが去ってゆく。


「行くわよ。ガル」

「もとよりフレイに救われた命。ここで使わずしていつ使う」


 悲壮感たっぷりに頷きあう。

 大切な仲間を救うため、道を戻り始めた。


 で、死ぬ覚悟まで決めて扉を開けたら、肝心のフレイはカルパチョを膝に抱っこして、いちゃいちゃしていやがった。

 顔とか近づけたりして。


 ぷちん、と、いう音を、デイジーもガルもパンナコッタもたしかに聞いた。

 堪忍袋の緒が切れるとか、そういう音です。きっと。


「ふふふふ……」


 なんか笑いながらクピンガを構えるエルフを、大災害に怯える小動物みたいに、身を寄せ合って震えながら見守るしかなかった。


 

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