第3話 友よ。きみは変わってしまった


 重い荷物を降ろしてすっきりぽん。


 みたいな顔で、ガイツが去ってゆく。

 なし崩されちゃった。


 残されたのはフレイと、エルフの子供、そして組合の係員だ。

 どーすんだこの状況って顔で、少年が係員を見る。


「フレイくんだったか。まだなにか?」


 すっごい冷たい声で返されちゃった。


「いや、あの、俺がこの子と組むんですかね……?」


 もういっかい確認してみる。


「そういう話だったのではないかな。私の記憶違いだろうか」


 判ってることを何度も確認してんじゃねえよ。このくそ新人ルーキーが。と、副音声で語りながら、片眼鏡モノクル男が首をかしげた。


 最悪である。

 どうにもならない。


 もしフレイがこのエルフとコンビを組むのが嫌なら、どこか他のチームを紹介するとか、そういう必要が出てくる。


 不可能ってもんですよ。

 ソロぼっちだもの。

 昨日ザブールにきたばっかりで、知り合いなんていないもの。


 金銭で解決するのは、もっと無理。

 金があるなら冒険者なんてやらないっすよ。


 ひとつため息をつき、フレイが係員に話しかける。


「係員さんは、エルフ語が判るんですよね」

「当然だな」


 誇るでもなく答えてくれた。

 まあ、その程度の教養がなければ、冒険者組合みたいな巨大組織の幹部にはなれないんだろう。

 きっと。


「じゃあせめて、通訳してくれませんか? 俺の言うことを」

通詞つうじを雇いたまえ、と、言いたいところだが、今日のところはサービスしておこう」

「ありがとうございます。じゃあ、クリスタルの情報を開示しあおう、と」


 自分の魔晶石を差しながら言うフレイ。

 ごくわずかに、係員が目を細めた。

 面白そうに。


 それからゆっくりと、エルフに向かって何事かささやく。

 頷いたエルフが自らの手首に触れた。

 カウンターに映し出される文字。


 ミア、E級、女、百六十歳、戦歴なし、賞罰なし、特記事項「大陸公用語未習得」と。


「……つっこみたいことはいろいろあるんだけど、それは後回しにして俺のを出すよ」


 言いながら、フレイもクリスタルを操作する。

 映し出される文字は、ミアのものとたいして変わらない。


 性別と年齢以外は!


 女だったとか!


 百六十歳とか!


 もうね、どっからつっこんでいいか判らないよ。


「エルフは長命だ。百六十歳というのは、きみと同世代だよ。フレイくん」


 途方に暮れた顔をする少年に、係員が助け船を出してくれた。


「それに、わざわざ自分が女性であると主張する冒険者は少ないものだ。女であることが知れて得をすることなど、ほとんどないからね」


 親切である。

 つい先ほどまでとは、ずいぶん態度が違うような気がする。


 フレイが軽く頷いた。

 訊きたいことを先回りして教えてくれたのはありがたい。


 じっと文字を見ているミア。

 とんとんと指先で肩を叩き、フレイが自分を指さした。


「フレイ」


 名乗る。

 通じるだろうか。


「フ、レ、イ」


 一音一音たしかめるように言って、ミアが頷いた。

 それからおもむろにフードを外し、


「ミア」


 と名乗った。


 露わになる金髪。深い森の中で眠りにつく翡翠のような瞳。最上級の白磁はくじのような肌。

 たしかに年の頃なら同じくらいなのだろう。

 美しさのなかに、まだあどけなさを残している。


 思わず息を呑むフレイ。


「ミア」


 繰り返す。

 はっとして、少年が復唱した。


「ミ、ア」


 と。

 通じたよ、判ったよ、という意味を込めて。


 






 連れだって街を歩くふたり。

 ミアの方は、またフードを目深にかぶっていた。


 さきほどは挨拶のために顔をさらしたが、基本的に人のいるところで素顔を見せるつもりはないのだろうとフレイは察した。

 係員の言葉ではないが、女で、しかもこんな美少女だとバレたら、どんなトラブルに巻き込まれるか知れたものではない。


「のたしにとこむくとしたわでんな?」


 なにか質問するミア。

 もちろんフレイにはさっぱりわからない。


 けっこう由々ゆゆしき事態ではある。

 結局、人間って生き物はコミュニケーションのために言語が必要で、それ以外の要素は補助的なものにすぎないのだ。


 言葉が通じないことには、ぶっちゃけなんにもできない。


「どこに向かっているのかって質問かな? 魔法屋だよ」


 ミアの問いを勝手に解釈して答える。

 が、これも彼女には通じないのだ。


「のるていすもでかなお? よいなべたてんなすこた?」

「係員さんが、翻訳のためのマジックアイテムが売ってるかもしれないって言ってたからね」


「いたんへ? のいたべたフレイかさま? いなれらべたてんなマジックアイテム」

「俺たちに買える値段だといいけどな」


 まったく噛み合っていない会話を繰り広げる少年少女。

 早急になんとかしないと、依頼も満足に受けられないだろう。


 故郷を捨てるに際してフレイは幾ばくかの金を持ってきたが、本当に微々たるものだし、収入がなければ一年も食いつなげない。

 まして彼は一人ではなく、ミアの生活のことだって考えなくてはいけないのだ。


 否、もしかしたら住居があってお金持ちなのかもしれないが、それを確かめるためにも意思疎通は不可欠なのである。


 そもそも、こんな状態では街の外にも出られない。

 小鬼ゴブリン犬頭小鬼コボルドが相手だって、この連携力では勝てるかあやしいところだ。


「のなしんせてっフレイ?」

「金はあんまりないんだけど、ミアはどのくらいもってる?」


「よるえかつうほまいれいせしたわ?」

「つーか都会って、ものが安いよな。なんで田舎の方が高いんだべ?」


 相手の質問にまったく答えていないため、盛大な独り言である。

 まあ、なにを訊かれているのか判らなければ、答えようもないのだが。


 やがてふたりは、立派な店構えの魔法屋へと到着する。

 組合の係員に教えてもらった場所だ。

 ちょっと立派すぎて、イナカモノのフレイとしては尻込みしちゃいそうな感じである。


「のるべたでここ? じくょし?」

「いこう」


 びびってても始まらない。

 首をかしげているミアの手を引き、扉を開く。

 ちりんとドアベルが鳴り、すぐに売り子が近づいてきた。


「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」


 人好きするような笑顔の美少女だ。

 今日は、ずいぶんと美少女づいている日である。


 くだらないことを考えている少年。


「んんー? んんー? もしかして、フレイ?」


 なんか、やったらと可愛いポーズで首を捻っていた美少女が、やがて思い出したのか、満面の笑みでフレイを指さした。

 なぜか両手で。

 あざといくらいに可愛い。


「え? あ、たしかに俺はフレイだけど……」


 いきなり名前を呼ばれ、面食らいながらも少年が美少女を観察した。


 ややくすんだ金髪は肩口で切りそろえられ、活動的な印象だ。

 肌は白いが不健康な感じではなく、ホットパンツから突き出した太腿が眩しい。

 顔立ちも、お淑やかさより元気さが滲み出していて、ぱっちりと大きな瞳はヘイゼル。

 胸の膨らみは服装のせいかあまり感じられないが、これはこれで健康的ともいえる。


 だが、こんな美少女は脳内の人名録をいくらひっくり返しても該当がない。

 いっかい見たら忘れられなさそうなくらい可愛いのに。


 そもそも、フレイの交友関係など村の中に限られており、そんなにたくさんの知己ちきはいない。


「忘れちゃったの? ボクたちは一生の友達だって誓ったじゃん!」


 腰に手を当てて美少女が憤慨する。


 いやいや。

 ちょっと待って欲しい。

 フレイの記憶に、たしかにそういう約束は存在する。


 三年ほど前に引っ越してしまった親友だ。

 別れ際、互いの手を取って約束した。

 たとえ離れていたって、俺たちは一生の友人だと。


 しかしあれは……。


「まさかおまえ……デイジーなのか……?」

「ほかに誰だと思ったのさ! フレイの大親友、デビットだよ!!」


 デビット。

 愛称はデイジー。


 フレイと同年の少年・・だ。

 正真正銘の男だ。


「なんでそんなかっこうしてんだよ……」

「うちの教団の制服なんだよ。ちょっと派手だよねっ!」


 てへっとはにかみ笑い。

 可愛い。


 思わず見とれちゃうフレイだったが、慌ててぶんぶんと首を振る。

 信徒にこんなラブリーな格好をさせるとか。


「そんな宗教団体はないっ!!」

「えー?」


 少年たちのやりとりを半眼はんがんで眺めていたミア。


「れえかはもほ」


 ぼそりと呟いた。


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