第7話

今まで何人もの逸材を目にしてきた。

その中には全国において圧倒的な知名度を誇る歌手に成長する者も、また くすぶっている者もいた。


この大会を優勝すれば確実に有名になれるとは限らない、正しく芸能界の厳しさを体現していると言っても過言ではない。

私としては、有望な若き少年少女を厳しい世界になるべく入れたくはない、故にいつからか厳しい審査を下すようになり、私が認めた歌手がデビューすることは少なくなって言った。


そろそろ降板しようか、そう思っていた矢先 ふとした噂を聞いたのは偶然にも今大会の準決勝が行われたすぐ後だった。



『とんでもない天才が現れた』らしい。



なにもその少年はギター片手に高い歌唱力と高度な演奏技術で準決勝会場にいた観客を余すことなく魅了したという。どこの情報筋からその噂が流れ込んだのか定かではないが、私はその本当かどうかもわからぬ話を聞いた時、何故か胸の高鳴りを抑えられなかった。


そして本日、後楽園ホールの舞台に彼は現れた。

初めて見た時はただの高校生かと思ったが、そのうちから溢れ出る雰囲気と、顔立ちは正しく噂のそれに相応しいものであった。


ただこの時ばかり、まさか彼が世界に名だたる有名ミュージシャンになり、何千万米ものレコードを売上るスターになろうとは思っていなかった。



(安久津あくつ りゅう 自著伝 『華々しい残酷な世界』より 抜粋)





7






ついにこの時が来てしまった。と言いたいところだが、もう既に覚悟は決めているので四の五の言う訳にもいかない。


全く、1982年という年は間違いなく俺が今後歩む人生の中で濃密かつ怒涛の年になることだろう、東京への帰郷 高校入学 そしてスター降臨出場、たとえこの場で落ちたとしてもそれなりの武勇伝にはなるはずだ。


ただ武勇伝で終わらせてはならない、きっちりと優勝して俺は世界一周を成し遂げてみせる。



いつにも増した気迫はその場にいたスタッフたちにもチリジリと伝わっていた。

ギターを肩からさげ、右手にはフィンガーピックを装着する。



「ふぅ」



息を整える。



「どうぞ」


「はい」



スタッフに促され、右足を一方踏みしめる。

今まで何人のスターがこのステージに足を踏み入れたのか、山口百子もホワイトバルーンもきっと同じような緊張と興奮が混じりあった気持ちになったに違いない。



やがて舞台の中央へとたどり着くとマイクの前に立った。




『こんばんは』


「こんばんは」


『先程ぶりやけども、どう?緊張してる?』


「えぇ、少しだけ」


『少しだけ、大層な根性してはりますわ…さて今回厳島くんが披露してくれる曲はなんと彼が作ったオリジナル曲ということで』



その瞬間、観客のみならず審査員までもザワついた。何せ今までの大会史上初の出場者の作った曲を披露という自体だ、こうなるのも致し方がないこと。



『曲名聞いても?』


「はい…西の魔女のSummer です」


『西の魔女のさまー…全く想像着きませんけども、まぁここでくっちゃべっても仕方が無いので早速歌っていただきましょう…では厳島くん、前フリを』


「…えぇ、聞いてください西の魔女のSummer」

・・・

・・






ここ数年見なかった男性決勝進出者ということで、我々審査員らの中でも少し話題になったのは厳島 裕二という高校1年生の青年だった。

初めて書類を見た時に思ったのは、特殊な趣味をお持ちであると言うことくらいだろうか。


作曲が趣味だというが、恐らく高校生が作った素人に毛が生えた程度だろう。そう思っていた。






出場者が3名演奏を披露した後にようやく舞台にでてきた彼は非常に緊張した様子で、舞台から少し離れた観客席側にある審査員用の席からでも十分にわかるほど額から汗を流していた。


大丈夫だろうか、心配になりつつも今は彼を見守ることしか出来ない。ただ、その直後に爆弾発言が飛び出したことに我々審査員一同は驚いた。


なんと、彼自らが作ったオリジナル曲をここで披露するのだという。血迷ったか、それとも余程自身の曲に自信があるのか、若干の不安と期待を胸に彼が歌うのを待つ。



『西の魔女のSummer』



独特に印象に残るタイトルの曲であるが、問題は中身だ、曲は見た目よりも中身が大切なわけである。

油断はできない。



彼は下げていたギターの弦を右手のピックで弾き出した。確かに、噂にたがわぬ演奏っぷりだ。あとは曲の出来次第、正直言って私はこの時 彼は恐らく優勝を逃すだろうと推察していた。


オリジナル曲という演奏隊を使えず、しかも観客や我々も完全に聞くのは初見なために、どうきても好き嫌いは別れる点から他の出場者よりも圧倒的に不利であることは明確で、今までのスター降臨の歴史においてオリジナル曲を披露したものは居ないがためにどうしてもハードルは上がってしまう。

それに我々審査員は世間からすればプロの類だ、作曲家はもちろんのこと声楽家やそして私のような作詞家がどう判断するのか、自分でも分からない。


ただ蓋を開けてみれば、全くもって心配が要らないほどの出来栄えであることが、歌い出しだけで分かってしまった。いや、納得せざるを得なかった。


どうりで、天才と言われるわけだ。


ギターの技術も然る事乍ら、男性でありつつも 高音ボイス、さらに思わずいい曲と思えるほど聴いているこちらをズルズルと引き込む。

表すとすれば一度聞いただけで中毒的な感覚を得る麻薬的な曲と言えよう。



私も作詞家という仕事を生業にして生きている身として曲のメロディだけでなく歌詞にも注目しているわけであるが、その内容もまたなにか長編小説を読んでいるようなかなり濃い物語になっていて。


あえて嫌われ者を演じる歌の中の人物が、自身を知らない人物と出会い心の内が変わっていく。


このまま本にしてもいいくらいの内容である。




私は本能的に思った。

この新人、恐ろしいほど天才だ と。



この時、彼の曲を高評価したのは安久津 龍だけでなく、会場にいるほとんどの審査員は彼に最高得点を与えようという同意が語らずともあったという。









気がつけば歌い終わり、簡単な質問を受けて控え室へと戻っていた。わずか数分という出番ではあったものの、その時間は非常に長く感じられ、この短時間でドッと疲れた気がする。


ギターとピックをしまい、余った時間の暇を潰すことにした。ただ本を読むにも、他の出場者を舞台袖から見に行くにも疲れ果ててもう出来ない状態なので、空虚を眺めボーッとすることにした。


果たして自身の曲がどう評価されたのか、一抹の不安を抱えながら、俺はため息をついた。



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