第48話
舞台の上に立った我々は、各々この最優秀新人賞受賞への意気込みをマイクを通して、会場のみならずお茶の間に伝えることとなった。必然的に早く紹介された順番から意気込みを聞かれるため、俺が最初であった。
「厳島さんは今回、この中で最もデビューが遅いことで知られていますが、これは日本レコード大賞史上。デビューしてから最も早くノミネートされた最速記録なんですねぇ。もう一度言いますよ?デビューしてからノミネートされた最速記録なんです。その辺はどう思っていますか」
「そう...なんですか。最速記録...えぇと、自分としてはこの場に立てているのもスタッフはもちろんファンの皆様のおかげだと思っているので、単に運が良かったと言いざるを得ません」
「謙虚な方なんですね。そんな謙虚な厳島さんとて今回の最優秀新人賞は誰よりも獲得したいという所存ですか?」
「はい。出来ればあの大きなトロフィーを自宅に持って帰りたいと思ってます。」
「そうですか、我々も期待しています...さて次は...」
中々に無難な解答が出来たと自画自賛する。年の暮れの年末に初っ端からヘマをやらかさずに安堵する。ただ、俺の次に意気込みを聞かれたツッパリ隊のリーダーであるマサは更に上手をいくような解答を繰り出した。
「そうですね、僕達がデビューしてから僅かでこの栄えある日本レコード大賞の舞台に立てたのは一重に努力だけでなく、裏方で支えてくださったスタッフの皆さん、常に応援してくれているファンの方々はもちろんのこと、家族、そして同じくこの賞を目指し切磋琢磨してきたユウくんのような同業者、我々ツッパリ隊はこの年の瀬にこれら全ての人、そしてこれから僕達を応援してくれる未来のファンに向け総決算の思い出感謝の念を込めながら歌唱をする所存です」
「ありがとうございます。その熱心な気持ちがひしひしと伝わってきました。」
俺のお株を完全にかっさらった悪友は、俺を見るなりニンマリと笑みを浮かべ、してやったりといった顔で親指を立てた。ここでお返しに中指でも立ててやろうかと思ったが、流石に生放送でそれをやると最優秀新人賞どころか、出禁になる可能性が高いので自重した。
48
『それでは歌っていただきましょう、厳島裕二さんでSNOW XMAS』
ギターを握る手は不思議と軽く、心の持ちようとしてはまるでこれからリハーサルでも行うかのようなリラックス具合、緊張感がないとも取れるが最高のコンディションであるとも言える。
伴奏とともにかき鳴らしたギターはレスポールで、ギターの深緑は舞台に降り注ぐ明かりを吸収し鮮やかに光った。
全体的にテンポの遅いこの曲は会場の盛り上がりには欠けるが、冬の儚さを表現しているという点では右に出るものは無いと断言出来る。
繊細な伴奏のピアノが微かに尾を弾きながら鳴り、俺は肺から息を押し出した。
その後、方や黒部雅隆は思った。
「こりゃ...勝てねぇよ。」
芸能界に入って初めてできた唯一無二の親友の歌唱を前にして、俺は素直に頷いた。なんでこんな男と同じ時代に生まれてしまったんだ。悔やんでも時代が悪かったと言わざるを得ないだろう。
ユウくんは俺たち82年組の中でも一つ抜きん出ていた、アイドルと言うにはあまりにも規格外で、肩を並べると思うこと自体がおこがましいほどだった。
初めて彼を見た時の衝撃たるや、忘れられない。夜はヒットスタジオに出演し、新人ながらも見事な歌唱を成し遂げた彼の勇士は一種のカリスマ性があった。いつの時代も、人を引きつけるような人間が存在するが、彼も例外ではないだろう。
メディアは口々に言った。新進気鋭の天才、独創性溢れるトレンディアイドル、音楽界の彗星、どれもが彼を絶賛したものだった。
なんて運がないんだろうか、後一年デビューが遅れていれば、もしかしたら俺たちは彼の影に隠れることなく栄光を掴むことが出来たかもしれない。ただそういった嘆きを反復するほどに自分が惨めに思えて、いっその事なら2番手を目指そうとまで考えた。
親友として、同期としても音楽界に風穴をあけ、新たな新風を吹かせる彼には鼻が高いが、同業者としての目線から見れば、彼ほど恐ろしい存在は他になかった。果たして彼は、来年にでもこの日本レコード大賞で大賞を獲得してしまうのではないかと思えてしまうほど、その実力を遺憾無く俺に感じさせた。
時間は経ち、午後7時30分を過ぎたゴールデンタイム、日本レコード大賞の会場は初戦ながらも今までにない熱気に包まれた。今年は新人豊作の年、その中から選ばれたたった5組の超新星、彼らの熾烈な歌唱はその場にいるベテラン歌手までも息を飲むほどのものだった。ただ会場は一種の総意に包まれていた。最優秀新人賞を獲得するのはきっと彼に違いないと。
『では発表致します。第24回 日本レコード大賞 最優秀新人賞は...』
分かりきっている。そう思うものが大半だった、その眼差しを向けられている本人はさも平然を装い、まるで他の誰にでも受賞する可能性がありうることを危惧しているようだったが、案の定その会場の総意に左右されたようにライトが当たったのは正しく彼だった。
『...最優秀新人賞は...厳島裕二さんです!!!』
名前を呼ばれたとともに彼は深く礼をした。今まで、賞に選ばれた人間といえばその場で飛び跳ねるか、号泣する他なかったが、彼は誰かに向かって深く頭を下げ感謝の念を態度として表しているようだった。
『おめでとうございます。厳島さん、今の心情をお聞かせ願いますか』
『はい...あの、自分としては、まさかこのような名誉な賞を頂けるとは思っておらず、そもそも新人賞にさえノミネートされるとも思っていなかった身だったので大変に驚いてます』
『さきほど、頭を下げられていましたが、その意図と気持ちを誰に伝えたいですか』
『えぇ、頭を下げたのは今まで応援してくださった方やここまでの苦節を支えてくださった方々に対する感謝を込めてのことで、その中でも特に感謝の念を伝えたいのは、マネージャーの宇治正さん、そして両親です』
『そうですか、さて最優秀新人賞を受賞されました厳島さんには、楯とトロフィーが送られます。本当におめでとうございます厳島さん』
『はい、ありがとうございます』
最優秀新人を獲得した厳島裕二に送られた楯とトロフィーは自然と彼に馴染んでいるようで、随分と様になった。
そして何よりその場にいたものを驚かせたのは、受賞後の歌唱を行った彼は、先程の舞台で披露したパフォーマンスよりもより晴れ晴れしく、力強い歌唱力をその場に居る物に叩きつけるように見せつけた。
そして会場の全員が思った。
『こいつすげぇ』と。それと同時にこうも思ったという。
『この後...すごくやりにくい』
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