第31話
横浜音楽賞、銀座音楽賞の開催から数日が経った。当初最優秀新人賞獲得候補として最有力とされていた厳島裕二と中川朱美は二大会とも受賞には至らず、予想を発表していた各種メディアはてんやわんやの大騒ぎであった。
まさかの番狂わせに世間の誰もが、大会の運営が何か関与しているのではないかと疑問に思うほどこの2人が三大会全ての賞を総ナメすると予想していた。
今大会、彼らが最優秀新人賞獲得に至らなかった最もな要因は、そのマンネリ化とも言える。2人に共通する事はデビュー当初から世間の注目が大きかったことで、曲のほとんどが今や日本国民の大半が口ずさめる非常にメジャーなものであるが故に、新人賞という言わば事務所の新たな顔となるタレントを世間に'紹介'する場に置いて肝心な新鮮味というものがなかった。
他の出場者とデビュー当初の人気に差異をつけていたことがこうして仇となるとは、誰も思っていなかったに違いない。
もちろん他の出場者が昨今、知名度を上げてきたというのも理由の一つとして挙げられるし、親衛隊の間で『打倒 厳島 中川』と82年組エースの打倒を目的とした風潮が渦巻いていることから、今大会は思ったよりもこの人気アイドル2人に対してかなり厳しい窮地を形成しているのかもしれない。
(週刊アイドル雑誌
31
東京宝塚劇場で行われた銀座音楽祭は今泉涼子さん、そして水谷きみえさん両名が金賞、その他複数の新人が銀賞という形で幕を閉じた。もちろん、この2人が選ばれたということに対して不服はないし、見合った実力、名声を有する人気アイドルであるからして納得は出来たものの、非常に悔しい気持ちで胸がいっぱいである。
他の出場者の方々もきっとそう思っているに違いない。
新人賞レースとはそれほどまでに、重要かつ意味のある言わばアイドルとして成熟していく上での登竜門なわけである。
俺もその登竜門に未だ潜り切れていないうちの1人で、このまま功績を残せなかったらどうしようという焦りを非常に強く感じていた。
横浜音楽賞、銀座音楽賞と大会は終了し残すところわずか1つとなってしまったが、最後に待ち構える新宿音楽賞という、新人賞の中で最も規模の大きい賞は、既に他大会で受賞した者も未だという者も本腰を入れて取りに行くいわば本命とも言える最重要な賞である。
かの日本放送が主催するこの賞は会場を夢の舞台、日本武道館としテレビ中継もされる新人として世間に売り込むにしてはこの上ない環境と言えよう。新人が競い合うだけあって、未だにテレビ出演を果たしていないアイドルも出場するが故に、ぜひ自身の顔と名前を知ってもらおうと気合いを入れ直す者もしばしば見受けられる。
新宿音楽賞 最優秀新人賞獲得戦は恐らくどの雑誌やメディアの予想よりも苛烈な戦いになるに違いない。
北の丸公園
夏の暑さもすっかりと消え失せ、セミの鳴き声も聞こえなくなったこの場所に、我々新宿音楽賞出場者は、集結するように集まっていた。
なにぶん、テレビ放送されるこの大会はカットや編集等様々な都合で尺が足りなくなってしまうがために、否が応でも何かしらの方法で嵩増ししなければならない。
そのためかこうして毎年恒例となっている、出場者のアピールビデオ、言わば自己紹介のための映像を一人1分半から2分程度撮ることになっている。
特段、そのビデオには何かドキュメンタリー的な要素や出場者の過去を紹介するような伝記的なテイストが入っているわけでもなく、単にカメラの前で決められたフレーズを話すだけという実に簡素なものではあるものの、一部のコアなファンの間ではこのビデオだけを楽しみにテレビを見る人間も居るらしい。
撮影はそれぞれのスケジュールの都合もあり、かなり簡略化されることとなった。出場者計3組がグループを作り、公園の至る所に散って撮影を行う。こうすればいちいち一人づつ行わなくても済むし、出場者によって背景や演出も変わるので見ている人間を飽きさせることもない。
グループの編成はスケージュールの詰まり具合によって決められ、すぐにでも次の現場に向かわなくてはならない出場者は比較的出口に近い位置、その他グループはそれぞれ状況に応じて別の場所へと配置された。
俺はちなみに、この撮影の後にすぐさま"レコーディング"があるので比較的出口に近い田安門を撮影場所とした。現場へと赴くとそこに居たのは見知った顔と、未だに親交のない正反対の二組だった。
「おはよう、ゆうくん」
「おう、元気してるか マサ」
こうして互いの名前をあだ名で呼び合うのは数少ない男子による絆ゆえだろうか。ツッパリ隊の特に黒部 雅隆 通称マサとはここ数日の新人賞レースの中ですっかりと親しい中になっていた。
互いに音楽に対して並々ならぬ興味を抱いていたからか、話せば話すほど親睦を深めていった。マサは基本的に海外のロックバンドの楽曲を好んで聴くにも関わらず、ヴァイオリンやフルートを嗜むというクラシックもロックも両端の知識を兼ね備えた音楽界の文武両道をこなす秀才である。
そんな彼とは対照的に一人、明らかに気配を消そうと木陰からこちらを除く人影があった。
「あ、朱美ちゃん...そんなところに居ないで、こっち来なよ」
マサがそう話しかけると彼女はすっと顔をうずめてしまった。彼女、中川朱美さんは恐らく俺を嫌っているに違いない。その証拠に、今まで何度か会話を試みようとしてみたものの軽くあしらわれているような気がしてならないし、他の同期とは親しげに話しているにもかかわらず一向に俺とのコミュニケーションを図ろうとしない。
俺としても出来れば仲良くしたい所ではあるものの、会う機会が少ないがために距離を縮められずにいた。
彼女は顔を下に向けながらそそくさとこちらへと歩いてくる。そんな彼女をみてマサは笑いながら話しかけた。
「どうしたのさ...そんな深刻な顔して...」
「...」
「大丈夫...ですか?なにか...その思い悩むようなことがあれば.....」
「あ、いえ...特に」
「朱美ちゃん、もっと笑顔笑顔、これから撮影なんだから」
心配する俺とは裏腹に、マサはいつものテンションで彼女と接した。すると彼女もコクリと頷き、人が変わったように明るい顔になった。
やはりイケメンからの言葉には、どんな女子でも明るくし振り向かせることが出来るという魔法のような力が備わっているに違いないと、その始終を目撃して実感せざるを得なかった。
俺はマサと中川さんが目の前で雑談を繰り広げる姿を静観する他なかった。―――――――――
夜、
鈴虫が甲高い音を響かせる北の丸公園は多くの人々で賑わっていた。中には警察が出動し、今大会を見に来た不良少年の素行に厳しく目を光らせている。武道館前では、多種多様な服装を身にまとったいわゆる親衛隊と呼ばれる方々が、本番に向けて発声練習をしていた。
『全ては我が姫を最優秀新人賞に...』
と言わんばかりの気迫で辺りに声を響かせていた。
また会場に入れぬ者も続出する中、せめて会場から漏れた音を耳に刻もうという魂胆でここ日本武道館に来るものも少なくはない。
とても会場では賄いきれない、いわゆるキャパオーバーと、ひと目でわかる程の多勢が押し寄せていた。宇治正さんが言うに、これほどまでに人が集まったのは、1966年に行われたザ・ビートルズ日本公演以来だという。
かの公演ではビートルズの面々が出てくるまで、前座前座の先延ばし続きだったが故に、会場からブーイングが絶えなかったと言うが、今大会はそれ以上に波乱な幕開けとなりそうである。
各アイドルのファンはその他出場者をライバル視しており、最悪観客席から空き瓶やら生卵が投げつけられる可能性があるとの事。実際 蒲田清子さんデビュー年の1980年大会では客席から出場しているアイドルの1人に向かってノートが投げつけられ、中身は全ページにわたってそのアイドルに対する思いが綴られていたという。
もちろん犯人は、逮捕されたらしいが、今大会でも十分にそういう事態が起こりうるということでかなりの厳戒態勢が敷かれていた。
そんな緊迫した空気が漂う中、俺の楽屋には現在宇治正さんそして、父と母が呑気にも茶を飲みながら談笑していた。
「なぜに楽屋に来たのさ...」
「いいじゃない、せっかくの関係者な訳だから、こうしてニッホン武道館の裏側も見ておきたいことだし」
「ニッポンね...」
「裕二...父さんは応援してるぞー、がんばれよーー」
「語尾の伸ばしのせいで、妙に応援してるように感じられないんだよなぁ...」
「お母さん、厳島くんは必ず最優秀新人賞を取るに足る実力を有しています、安心してください...今年この大会を制するのは厳島 裕二くんですッ!!!!!!!!!!!!!!!」
「声デカッ!!ていうかなんで宇治正さん楽屋にいるんですか...」
「大会本番は楽屋に居てもいいことになってるんだよ...何故か分からないけど」
「なんで分からないんですか...」
緊迫した会場の雰囲気と相対するように、俺の楽屋はなんとも言えない気の抜けた雰囲気が漂っていた。やがて、スタッフの方から時間であることを伝えられると、両親の声援を背に受けながら舞台へと向かった。
いつもはどこか頼りない両親の声が、この三大新人賞最後の舞台に立つことに内心緊張している俺にとって、非常に温かいものに感じられた。
秋という季節は初冬に向かう肌寒い時期であるにもかかわらず、今の俺は春のような温かさを背に感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます