第19話

最近仕事の量が急激に増えた。その理由として挙げられるのが蒲田清子さんだろう。彼女がラジオ番組にて俺の事を紹介しさらに大絶賛したせいか、それを聞いていたテレビ番組のプロデューサーや雑誌の記者等々色々な方が我先にと事務所に俺の出演を依頼してきたらしい。


別に仕事が増えることは悪いことではない、ただ夏休みが丸々潰れてしまう可能性がこのままでは無きにしも非ずなわけで、せっかくの長期休暇が仕事で埋まるなんてことはもう学生の俺からすれば地獄である。


ちなみに宇治正さんに夏休みはゆっくりと休めるのかと聞いてみたところ



「あー…それはないね」



と返された、今年の夏休みは忙しくなりそうだ………。泣きたい。






19





俺の存在はデビュー曲発売前にもかかわらずいきなり現れた異例の新人として見られているらしく、時たまテレビ番組で注目の若手として紹介されることも少なくはない。つい最近まで街中を歩いても見向きもされなかった俺が今となってはサインを求められるほどである。


清子さんの影響力の強さを身に染みて感じた。


宇治正さんはこの流れに乗るしかないと息巻いており、あらゆる所に売り込みに行っては増えすぎた仕事にさらに仕事を増やしてくる。もう夏休みは無いものとして見てもいいだろう。


俺としても世間的に一発屋で終わらせないために日々作曲活動を重ねつつも技術の向上を測っている。そんな中、仕事の量が増える度に比例するように多種多様な人間とコミュニケーションをとる機会も増えて言った、その中には今後深い関係になりうる人間もいるようで…。

・・・

・・




囚人服というのは元来世間的に白と黒のボーダーが主流で、囚人のキャラクターとかが漫画に出てきた時には必ずそういった服は着ているものの、現実世界では案外オレンジ色のツナギや青がかった作業服のようなものが多い。だから俺が今着ている服は現実的に欠け、ましてや今から凶悪犯を演じなければならないのにこんなブカブカのボーダー服を着ていては滑稽に見えてしまうだろう。


そんなことを番組のプロデューサーにいえるはずもなく、用意されたこの衣装を身につけるしか道はなかった。




午後6時から放送されているコメディドラマ『ピンクパンチ大回転』に出演することになった俺は、今こうしてドラマの主軸となる囚人のキャラクターを演じるべくダボダボの囚人服を着ている。


この番組、東京に出てきた頃に少しだけ見た事があるが…。ピンク惑星からやってきたピンクパンチの女の子二人組が地球上で巻き起こるあらゆる事件に立ち向かっていく という内容が無茶苦茶で、高校生の俺にとってはすこし対象年齢が低すぎたと言っても差し支えないほど内容のドラマであった。


しかもその設定の荒さはある意味すごく、そもそも毎話ごとに完結する、一話完結型のドラマではあるものの主人公達がその話ごとに違う職業に着いていて(転職していて)設定も変わっていること、さらに敵組織が完全に暴力団であることなど、子供向け番組として割り切ってみていたが敵対組織にあまりにもリアリティがありすぎて果たして子供向けなのかも甚だ疑問なものとなっており、設定や内容を度外視して出演するタレント目的で見るということが本来この番組の目的なのではないかと思えるほど、まぁ言っちゃなんだがかなりツッコミどころ満載な番組だ。


だから台本を渡された時はびっくりした。


大まかな台詞はあるもののほとんどがアドリブ、しかも台詞の内容も会話が成立しているのかすら怪しいものであった。


こうなったらぶっつけ本番だとヤケになった俺は大まかなストーリーの流れと台詞を覚えるとそのまま台本を机の上に伏せた。




「失礼します、厳島くん本番です」


「はい」



スタッフの方に案内されスタジオ入りする。

スタジオ内には面会室のセットが組まれており、既に主役の本田ほんだ伊緒いおさんが、探偵っぽいコートを身にまといスタンバイをしていた。


今回の話の流れは主人公のピンクパンチの二人組が探偵となって登場、都内に仕掛けられた毒ガス爆弾の爆発を阻止するべく犯人を捜索するというもので、その爆弾の毒ガスの性質を聞き出すためにピンクパンチが刑務所に訪れたところが俺の出番だ。俺の設定は世紀のマッドサイエンティストという妙に嘘くさい役だ。



本番が近づきセットに入る。

マッドサイエンティスト…難しい役だ、こういったキャラは完全に狂ったような演技が求められるだろう、人間の皮を被った化け物…どうすれば狂気的な演技ができるか…。


よく熟考する。


やがて本番となった。




「本番入りまーす5、4、3、…、…」



「都内に仕掛けられた毒ガス爆弾、あなたならそのガスがどんなものか分かるんじゃないかしら 博士」


「…っふ、ふふ、ふっ…いやいやこんな淑女に来てもらって私は感激しているよ……なぁに心配するな、しっかりとその毒ガスの性質は教えてやろう……」


「なら犯人が言っていた赤くて雲のようなガスっていうのはなんなのよ」


「はーっはっはっはっっっぁぁあああ!!いや素晴らしい…赤く雲のような…完璧だ、完璧だよ、なぁ!!!完璧だよ!!!私が求めていたものをそのどこぞの知らぬやつが作り上げるとはっ、反吐が出るなぁ!!おい!!!」


「ぇ…!?」



アクリル板に勢いよく擦り寄る。



「ぁーーー君もそう思うだろぅ?なぁ…そのガスはな超強力な笑気ガスだ…その性質は赤く雲のように…ガスのみならず毒性の雨までも降らせる…実に厄介だ……んふっふっ…血が滾る……ーーーーっ 雨だ…雨が降る!!雨は嫌だ!!雨は!!やめてくれ!」



俺はそのまま看守役の人に掴まれるとそのまま叫びながらフェードアウトして言った。

ふと、スタッフや監督の方を見てみるとなにか唖然としていた。

主役の本田さんは若干震え気味に台詞を唱えるとようやくカットの指示がかかった。





「厳島くん、いい感じにマッドサイエンティスト感は出てたけどやりすぎだよ、マッドサイエンティストすぎるよ」


「はい…」


「演技は最高だったよ…だけど、なんか本当にそういう感じの人を相手にしてる感じで…ちょっと怖いよ…いや演技はいいんだよ、うん凄かったけどねぇ…」


「すいません…」


「まぁ、スケジュール的にもすぐ次のシーン撮影しなきゃ行けないからカットはなしだけどさぁ…あれ子供泣くよぉ?」


「はい……以後気をつけます」



その後本田さんにも謝罪をしたら快く受け入れてくれた。本田さんからは本当に気が狂ってたんじゃないかと心配に思われていたらしく、自分の演技が過剰すぎたと改めて反省した。


収録が終わり楽屋にもどる。



「お疲れ様」


「あ、お疲れ様です」



楽屋では宇治正さんが何やらソワソワした雰囲気で待っていた。



「君の演技、尋常じゃなかったけど…誰を参考にしてるの?」


「あ、自分の中で思い描くマッドサイエンティストがあれだっただけで」


「本当の狂人に見えたからね…今後お芝居の仕事増えるだろうなぁ…あれ放送されたら」


「そんなにですか」


「うん、あの演技はもう…いや演技と言うより本物が乗り移ったような感じというか…まぁ仕事が増える分にはこっちとしても嬉しいけど…そうだ、こちら水谷きみえさん」


「よ、よろしくお願いします」



ガタリという音を立てつつも、立ち上がった小柄な女性は深々と頭を下げた。ふわりとした髪型や可憐な容姿からして同じタレントであることは間違いない、恐らく俺よりも先輩だろう。隣にはスーツを着たマネージャーらしき男性もいた。



「あ、こちらこそよろしくお願いします」


「さぁ、座って座って」



宇治正さんに促されパイプ椅子に座る。

今この場にいる俺だけが衣装の囚人服であるため、傍から見ればカオスな空間が形成されていると思う。



「こちらの水谷きみえさんは最近デビューしたアイドルでね、まぁいわゆる厳島くん 君とは同期になるわけだけど」


「でも…先輩ですよね多分」


「うん、彼女は4月デビューだからね君よりも3ヶ月先輩って訳、でここからが大事な話なんだけどね」



何やら重苦しい雰囲気が立ち上る。俺は思わず息を飲んだ。



「……厳島くん、きみに彼女の新曲を作詞作曲してもらいたくてね」


「え、あぁ…そういう感じですか」


「ん?なにそういう感じって」


「いや、なんかすごい重苦しい雰囲気だったから…ひょっとして宇治正さん死ぬんじゃないかと…」


「あ……いや、うん ごめんちょっと雰囲気作りすぎたかな、もっとアットな感じで…厳島くんには彼女の新曲を作詞作曲してもらおうとおもいまーーーす」


「それもそれで軽すぎません?」


「うん…自分 空気作るの下手なのかな……まぁいいや、で彼女の新曲を作ってもらいたいわけだけど……」



今回なぜ水谷きみえさんの新曲を作詞作曲することになったのかということを噛み砕いて説明することにしよう。


まず水谷さんが所属する事務所の社長がたまたま俺がスター降臨の決勝に進出した時にその様子をテレビで見ていたらしく、優勝した俺に目をつけていた。当然俺の存在は事務所内に瞬く間に広まった。

そして数日前、俺が夜はヒットスタジオに出演をしている姿を事務所の社員が見つけ、社長に報告、その時俺の作詞作曲能力も伝えていたらしく今回、このような楽曲提供の仕事として流れ着いたようだ。



「なるほど…テレビに出てみるもんですね」


「うん、テレビは最大のメディアだからね…で、レコーディング日の予定だけど…希望としては2週間後ということでいいですか?」


「えぇ、なるべく3大音楽賞の選考までには間に合わせたいんですが…できますか」


「どう?厳島くん」


「え…?」



2週間で曲を完成させろ、俺のデビュー曲の時とはだいぶ期間が伸びたもののこれでも異様な短期間と言えよう。俺は二つ返事で答えた。



「はい…大丈夫ですよ」


「ほ、本当ですか!たった2週間でレコーディングまで」


「安心してください、うちの厳島は作詞作曲能力はずば抜けて高いですからな、たった2週間でもこちらからすれば、2週間も…という感じなんですよ、後は楽曲提供する際に生じる印税のパーセンテージや依頼料の話し合いな訳ですが…」




この楽曲提供が一つ大きな騒動の引き金になることをつゆ知らず、俺は目の前に座る水谷きみえさんへの提供曲をどのようなものにするかということを早速思案していた。





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無駄話


当時のアイドル番組や映画はストーリーや内容を度外視していかにファンを満足させられるかということを重要視していたということはその乱雑さから手に取るようにわかる訳ですが、中にも例外があるようで、いわゆる角川三人娘が活躍している映画などは日本映画界でも屈指の名作として語り継がれていますよね。


ちなみに今回の『ピンクパンチ大回転』は『ピンキーパンチ大逆転』という番組をモデルにしています。よくその番組分からないよ と言う人は検索してみてください、かなりツッコミどころ満載で面白いですよ。






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