第20話

ついにデビュー曲が発売された。一度ジャケットや円盤を見せてもらったがかなりいい出来で、アイドルのレコードジャケット特有の顔ドアップのデザインではなく、全体像を取り入れた少し気取った仕上がりになっている。

心霊スポットで撮ったため魑魅魍魎の類が写らなかったことが幸いだ。


さらに最近メディアへの露出も増えてきたことから、売上もかなり右肩上がりで初日レコード売上のチャートでは堂々の第3位をとることが出来た。この流れを収束させず長続きさせつつもいかに次の曲をヒットさせるよう繋げるかが難しいところでマネージャーの手腕が試されるところだろう。


また新たに楽曲提供の依頼が入ったことから、人気を維持するためのメディア露出と並行で作詞作曲活動をしなければならず、完全に夏休みは潰えたといっても過言ではない。下手したらもう人生において夏休みほどの長期休暇は得られないのではないかとも思えてきた。


ミュージシャンに定年退職はない、死ぬまで曲を作り続けなければならない可能性は無きにしも非ずだが、逆に考えると好きな音楽で死ぬまで食っていけると思うとこれ程幸せなことは無いのかもしれない。




20




御茶ノ水、文京区は湯島から千代田区神田 一帯をいい 周辺には多くの大学が鎮座し、学生街として知られるこの場所はそういったキャンパスだけでなく楽器屋が多いことでも知られている。


管楽器から弦楽器、ピアノやドラムにギター等々なんでもござれ、この街だけで一つのバンド否、楽器隊の編成が完了してしまうといっても過言ではない。


宇治正さんの車で揺られその場所にたどり着いた理由はその御茶ノ水にある一件の楽器屋にあった。東京藝術大学の中留教授と宇治正さんの共通の友人が激戦区とも言えるその場所で楽器屋を営んでいるらしく、本日はそこでとある商売道具を買うために足を運んだ次第である。


御茶ノ水駅を通り過ぎて少し進み、オフィスビルが立ち並ぶ少し細い道に車は入った。本当にこの先に楽器屋があるのかどうか不安になりつつも、宇治正さんの運転を頼りに車に揺られる。


やがてたどり着いたのは普通自動車一台 停めるのがやっとなほどの駐車場で、その横には少し大きめのやけに古そうな建物が佇んでいた。


帽子を深々とかぶり、車をおりる。

最近、テレビに出るようになり多くの一般の方に気づかれるようになったのでこうでもしていないと、気が済まない。


我々2人はその建物の中に足を踏み入れた。

中はアンティーク調のもので整えられ、頭上に光る電球がいい味を出していた。


それになんと言っても壁のみならず天井からぶら下がるほどに並べられた楽器の量たるや、管楽器やギター等々、思い浮かぶ楽器が全て目に入る。

その多くの楽器の奥から青いエプロンを着た男性が一人あらわれた。


七三分けに眼鏡をかけた個性的なその男性は、目の前までくるなり宇治正さんに軽く抱擁をした。



「久しぶりだなぁ」


「あぁ、5年振りか」


「全く、ホワイトバルーンが売れ始めてから忙しくて会えやしない」


「仕方がないだろう…まぁ、これからまた忙しくなりそうだからな、今日はほら今マネージメントしているこの厳島くんの楽器を見繕ってもらいたい」


「ほぉ、これは驚いた…最近テレビに出てる話題の子じゃないか」



眼鏡をズラしながら俺の顔をマジマジと見つめる男性、若干気まずくなりながらも目をそらすようにして周りのギターを見回した。

男性はふと宇治正さんに向き直ると本日 我々がここに何を買いに来たのかと聞いた。



「で、何かご所望は」


「エレキギターを買いたい」


「エレキギターね、君 ギターはどれくらい弾ける?」


「えっ……まぁ、そこそこは」


「そこそこか…なら癖のないものがいい…そうだな75年製から80年製あたりがいいかな…少し待っててくれるかい?」



男性は店の奥へと歩みを進めると、両手に2本のエレキギター、そして壁にかけられたもう2本のギターを取り出した。



「左から78年製 80年製のテレキャスター もう2つは76年製 レスポールスタンダード 81年製 ギブソンSG」



目の前に立てかけられたギターはどれも立派なもので、正直ギターの種類に関する知識に疎い俺からすればそれぞれの見た目以外何が違うのかさっぱりであった。



「あの…何を選べばいいのか…」


「おっと…もしかして、弾けるけどあまり知識はない感じの方かな」


「はい…お恥ずかしいですが」


「それは、済まなかった…そうだな 説明するよりもまずは実際に一本一本弾いてみた方がいいかな…宇治正…この子のスケジュールは大丈夫?」


「あぁ、今日はギターを買うために早めに仕事を切り上げたからな、この後の予定は特にない」


「それはありがたい……厳島くん」


「はい」


「楽器というのはこれから君と共に音楽人生を歩む、言わば相棒みたいなものだからね…じっくりと熟考することが大切だよ」


「はい」


「じゃあ、弾いてみようか」



ギターをアンプに接続する。

まず初めは78年製のテレキャスター、木目と漆のような艶のある黒がコントラストになっており、セオリーなデザインとも言えるそれは絶対的な信頼感を醸し出していた。


弦を抑え適当にコードを弾いていく、音はなかなかに快調、エレキギターといえばこれ といった、王道とも言えるような標準的な音色が耳を掠める。

今度は少し複雑な演奏に切り替えた、段々とテンポも速くなり高速で切り替わるそれぞれの音が店内に響き渡る。


指の感触、放たれる音色、全てが今まで演奏していたアコースティックギターとは違う、ただそれに対して一切の違和感はなく、今まで聴いてきたレコードから流れるギターソロと同じ音色を自らが奏でているということに対して感動と喜びを覚えていた。


やがてようやく1本のギターを弾き終えると、初めて演奏したエレキギターの余韻に浸った。



「君…今まで来た客の中でダントツで上手いよ」


「あ……ホントですか」


「ホントも何も…演奏を聞く限りそこそこってレベルじゃないよ…そうだな、ギターにもかなり慣れてるようだし…ちょっと」



店の奥に戻っていった彼は再び戻ってきた時には新たなギターを1本右手に持っていた。

フラットを見る限りかなり年季の入ったもので、椿の葉のような深緑で塗装されたボディは中央に向かうにつれて段々と薄くグラデーションになっている。先程まで見せていただいた4本のギターとは全く違った高級感溢れる雰囲気を帯びていた。



「これは実は非売品でね…なんて言うか、うちの親父の代からこの店にあった言わばヴィンテージ物、レスポールの58年製 いわゆるサンバーストモデルって言われているものって…言ってもよくわからないか」



聞きつつもよく分からない単語の連発に内心首を傾げていた俺に気がついたのか、若干苦笑いをしつつも話を止めギターのボディを鏡のように見つめ始めた。



「サンバーストモデルっていうのは作られた本数が少なくてね、これからどんどん市場価値も高くなる所なんだけれども…ギターっていうのは本来楽器として音を奏でるために作られた物だろう?」


「はい」


「こいつは店に入荷してからずっと客の目に届かない奥の方にあってね…いくら価値があるからと言って演奏しなければギターもひねくれてしまう、そうなればいい音も出せなくなる…ギターは消耗品と言われることがたまにあるんだけど…大切に使う事は前提として時間が経過するうちにその変化を楽しむのもまた一つのこのギターという楽器の魅力なんだ」


「…」



58年製のそのギター、俺よりもずっと年上のそのボディをマジマジと見つめる、緑に電球の光が反射して素材のメイプル色がすっと琺瑯のように浮かび上がった。



「…値段はそうだな、20000円でどうかな」


「2万…お話を聞く限り貴重なものだとお見受けしますが…」


「大丈夫か…そんな安くて」



宇治正さんも思わず止めに入る。ギターに関する知識はあまりないが、その雰囲気や重厚感のある見た目はとても2万円どころの代物ではないということが十分に伝わってきた。



「いいんだ、この店に来た客の中で何より厳島くん 君が一番テクニックもあるし、演奏の仕方に品がある…きっとこいつも長い間活躍できるだろうさ」


「ありがとう…ございます」


「俺が持ってても宝の持ち腐れだ、こういうものは然るべき人間が持つべき…厳島くん、ギター歴はどれぐらい?」


「8、9年くらいですかね」


「9年でそこまで…相当努力はしたんだろう?」


「えぇ…自分で言うのもなんですが」



昔は異常と言えるほどギターのみならず音楽というものに対して没頭していた、それこそ、指先から血が出て滲んでもやめず、より上手くなりたいという一心でギターを握っていた。


今となってはその没頭からくる努力のおかげでこうして芸能界にいられるのだから血が滲もうとも、演奏を続けてきてよかったと思っている。



「なら一層君がこのギターを持つにふさわしい、ヴィンテージだから少しひねくれていて癖の強い部分もあるかもしれないが、是非使ってくれるとありがたい」


「はい」



その後、残り3つの演奏をした後にそのヴィンテージギターを弾いた、音色は今までのものと圧倒的な違いがあり、聴く者に対して何か気を引き締めつつも優しく宥めるような音に思わず心を打たれた。



「これに…します」


「わかった、ぜひ大切に使ってやってくれ」


「はい」



革張りの専用ギターケースに入れられた58年製 レスポールを抱えながら俺は車の後部座席にケースを置いた。


宇治正さんが財布から2万円を取り出し、支払った。これが、これから揃う5本の弦楽器のうちの2つ目が俺の手元に舞い降りた瞬間であった。





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独り言


今回はギターを買う話です。

話の最後にも書いた通り、厳島が今後買う予定の楽器は今持っているものは置いといて計4本となっております。1本は既に持っているアコースティックギターで、2本目がこのレスポールです。


その後、テレキャスター、クラシックギター、ベースと揃っていく訳ですが…この5本セットが海外進出後とんでもない価値に爆上がりするのはまだだいぶ先の話です。


作者ギター知識皆無なためそういったことに精通している方がいらっしゃったら、ここおかしいぞと言って貰えるとありがたいです。



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