第4話
翌日の学校は、何事もなかったかのように皆 スター降臨の話題を出すものはいなかった。何事かと草薙に問うてみたところ、出場しようと息巻いていた生徒のほとんどが予選で完膚無きにまで叩きのめされ、無慈悲に落とされたらしく、そういった生徒たちへのせめてもの気遣いか、みなその事についての話題は避けているらしい。とくに誰がこうしよう言った訳ではないものの、そういう自粛ムードの雰囲気が漂っているのは確かに感じ取ることはできた。
そんな中、皆に気づかれずに準決勝へと進んでしまった俺は形容しがたい神妙な気持ちになった。
幸い、俺が準決勝へと進出したことはこの学校で広まっていないどころか、なぜか誰も知らないため好奇の目を向けられることは無かった。
しばらく草薙にも準決勝へ行くことを黙っておくことにしようと思う。テレビ放映されない準決勝で落ちることを祈りたい。ただ、手を抜いてしまうことは避けたい。このふたつの葛藤に俺は苛まれていた。
4
青空から一点 照りつける太陽光は肌に突き刺さりその熱さを感じさせた。辺りに響くセミと風鈴の音色、遠くのアスファルトが蜃気楼で歪んで見え、下校中の小学生が黄色い帽子をパラシュートのように首からはためかせ追いかけっこをしている。
窓を開け、照らされた木々の緑が写った地面を眺めつつも、俺は車内に流れるラジオに耳を傾けた。
準決勝当日、夏の暑さに構いもせず大会は行われようとしている。
俺は後部座席にギターを乗せ、母の運転で会場へ向かった。
「今日はなんの歌を歌うの」
「山下達郎のride on time」
「えぇ…歌えるの?結構難しそうだけど」
「わからん…でもかっこいいから」
「いつからシティポップス好きになったの」
他愛もない会話を繰り広げつつも車でゆられ、ついに会場である調布市グリーンホールへとたどり着いた。階段を上がった先にある入口では多くの人で集まっていた。
「あぁ…人いっぱいるわ…」
「大丈夫、裏口から入るから」
「裏口…なんかスターみたいね」
「言っておくけど…スターになる気はサラサラないからね」
「分かってるって…頑張って、目指せ!世界一周!」
「はいはい、ありがと…」
後部座席の扉に手を回しギターケースを抱えた後、母に手を振り見送った。生憎これから母は夕飯の買い出しやら家事が残っているため俺の演奏を聴くことはなかった。
車が右折し見えなくなったのを確認すると持ってきておいた小銭入れから硬貨をだし、近くにある自販機で清涼飲料水を購入した。プルタブを剥がし一気に飲み干すとゴミ箱に缶をぶち込み裏口へと回る。
裏口は先程とは打って変わって活気はなく、あまり目立ってもいなかった。準決勝進出を意味する証明書となる出場者カードを首からさげ裏口から入る。入ってすぐ、長机 パイプ椅子に座った係員にチェックをしてもらった。
壁に貼られた『出場者の方はこちら』という文字と共に矢印が書かれた紙に従い歩いていくとそこには大きな待機室があった。
中央には机が置かれ、ケータリングのお菓子やら飲み物やらが置かれていた。先程、自販機で飲み物を買ったことを後悔しつつも待機室の端に置かれたパイプ椅子を広げ目立たぬように座った。
待機室にはすでに何人かの若者がおり、多種多様な方言で楽しそうにあちこちで会話していた。
俺を含めて28名、皆全国の予選から勝ち抜き、厳しい書類審査をくぐり抜けた猛者である。
容姿端麗で、いかにもスクールカースト上位にくい込んでそうな陽気な人ばかりであった。
彼らは俺に目も向けず戯れていた。
俺もそんな彼らを気にすることなく、暇つぶしのために持ってきていたスティーブン・キングの『シャイニング』を読むことにした。
しばらくして、出場者全員が係員によばれ向かった先はまだ観客の入っていない大ホールだった。舞台にスポットライトがあたり、セットも組まれている。ここで単純な大会の流れや音源チェックをした後、午前11時30分、開式となった。
観客が満員になった大ホールは先程までの無音とは異なり、静かな熱気に包まれていた。舞台袖から見えるステージはスポットライトの光を反射させ、余計に明るく感じた。
出場者が列を作る、やがて入場曲が流れるとゆっくりと歩き出した。
舞台袖を出てステージの上に立つ、予選とはまた違った景色がそこには広がっていた。多くの観客、それらの関心はいまたった数十人の若者に視線が向けられている、もちろん俺に対しても、ただ不思議と緊張はしなかった。
いや、おそらく緊張はしている、こんな大勢の前に立ってしない方がおかしい、だが緊張を通り越しよく分からない感情になっていることは自ら察しが着いた、ただ今は、不思議とその感情に助けられていた。
さもなくばこの場で足を震わせながら失神してしまいそうだ。何とかして自我を保つために脳内では、今日の夕飯であったり、気になるドラマの続きであったりとどうでも良いことを無意識のうちに考えていた。
出場者全員がステージの上に立ち終えると司会が一人一人出場者の名前を読み上げていった。
さらに大会のルール、また決勝へ行くことが出来る人数等といった説明が続き、開会式は終了した。
ここで一息入れたいところだが、準決勝は矢継ぎ早に出場者が歌を披露するため、そんな暇はない。
俺も急いで準備を始めた。
準決勝のルールは、抽選によって決まった順番で歌を披露し、各出場者に観客が審査をしていくという極めてシンプルなシステムだった。
観客一人一人には3点分を入れる権利が各出場者ごとにあり、最終的にその点数が多かったもの原則上位6名が決勝に進むことが出来るというシステムだ。
故に他を圧倒するパフォーマンスをしなければならない。ちなみに俺の順番は9番目である。中間より少し早めぐらいの無難な順であるが、早くも遅くもないということはそれだけ観客の意識には残りにくくなる可能性が高くなる。
「よし…本気だそう」
俺は頬を両手で叩きながら自らを鼓舞した。
一方、観客席の中にいる一人は。
日差しの強い夏の一日だった。スター降臨の準決勝が調布市グリーンホールで行われるということで、俺は早速車をすっ飛ばしてその会場へ赴くことにした。
大体同業者は決勝大会で行われる出場者のスカウトの時のみこの大会には顔を出すが、準決勝という少し前の段階から個々の才能に目につけておくことも重要だと俺は踏んでいる。
ただ、そう易々と才能溢れる逸材がポンポンと出てくるはずもなく、最近はなかなかに厳しい状態だった。
そんな中、今日 今まで見てきた中でもダントツに才能を光らせる男をこの街中にある市民福祉会館で発見できるとは思ってもいなかった。
整理券を係員に見せ、指定された座席に座る。準決勝は観客の採点による審査で決まる、予め配られた投票用紙をみつめた。ずらりと出場者の名前が書かれていた、本名か はたまた芸名で売るべきか、名前を見た時にこういったことを考えてしまうのは職業病だろうか。
やがて開会式が始まり出場者が入場を始めた。
全員を見る限りとくに問題はなし、ただ姿勢が悪かったり、顔をがひきつっていたりとまだまだアマチュアな部分が垣間見えた。
とくに198番の厳島 裕二というやつは、緊張してるのかぼーっとしてるのかよく分からない顔をしている。ただ見た目だけでは判断材料に欠けるので、いまガチガチに緊張していようが、上の空であろうがパフォーマンスを見聞きしなければなんとも言えない。
開式も終わり、次は出場者のパフォーマンスの時間になる。一人一人の歌声を目を閉じながら聞く、声量が足りない、歌い方に癖がある、音域が足らない、等々問題はあったもののそれほど酷いわけでもなかった。
どうやら今回の大会はなかなかに豊作そうだ。
そして問題の厳島 裕二の番がやってきた。
俺としては特に期待していなかった…歌声と演奏を聞くまでは。
曲は山下達郎のride on time 出場者の中ではかなり珍しいアイドルの曲を歌わないという戦法できた。伴奏が入るなり先程とは打って変わって少し期待をしてしまう。
息を吸う、マイクに口を近づけた。
〜なんだこれッ、うまっ。
安定した高音ボイス、ビブラート、ファルセット、そしてアルペジオによるギターの演奏、元の歌よりも深く絡み合ったものへとカバーされていた。まるで素人とは思えない、長年 大舞台にたち続けてきたベテランシンガーのような、おそらく今大会の中でダントツで優勝に近いと思われるその実力、まさに俺の求めていた人材に等しかった。
俺は演奏が終わるなり、席を立ち会場を後にした。
他の奴らはいい、厳島 裕二 彼を何としてでもうちの事務所に引き込む。
俺は自らの車に再び乗り込むと、事務所へ向けてかっ飛ばした。
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