第5話

どういう訳か、今俺は東京都 文京区は後楽園ホールの目の前に来ていた。でかでかと後楽園ホールと書かれた看板は蛍光灯によって照らされている。また後楽園中華飯店という中華料理屋の看板と食品サンプルはまだ夕飯を食べていない俺の胃を悪魔のごとく刺激した。


今日なぜこの場所に来たのか、それは巨人軍の本拠地である後楽園球場で試合を見に来たわけでもなく、中華料理を食べに来た訳でもない。

本日、後楽園ホールでスター降臨決勝大会が行われる予定だ。決して早とちりはして欲しくない、観客として来た訳では無い、そうここまで言えばお分かりのとおり、俺は奇跡的にも決勝大会へ進出することが出来た。


しかも準決勝では他の出場者と差をつけて堂々の暫定一位を獲得することが出来た。本当に、どっかの誰かが俺の知らぬ間にお偉いさんに賄賂を渡したとしか思えないほど実感がわかない。俺以外の出場者も皆相当な実力者、到底太刀打ちできないと思っていた矢先に準決勝一位を俺が取ってしまったので驚きを通り越してもう唖然であった。


ただここまで来れば、遠かった世界一周旅行のチケットも見えてきた。後は万全な状態で決勝に挑むだけだと気合を入れたわけであるが。ここで俺は気が付かなかった、俺が決勝大会に進出することを草薙ら学校の皆に伝えていなかったことを。






5







気がつけば俺は番組のプロデューサーと思わしきいかにも偉い雰囲気をプンプンと垂れ流している男性に対して無理かとも思える直談判を強行していた。


そこまで流れ着く経緯をまずは説明せねば何かしらの重大なハプニングがあったとしか思えないのでまずは落ち着いてなぜそうなったのかを詳細にかといって噛み砕いて話したいと思う。





全国区で放送されているスター降臨の出場者の控え室は思ったよりも簡素的であった。広い部屋に机と椅子だけが並べられ、控え室だけ見れば準決勝の時の方がお菓子やら飲み物やらが配備されていて豪華だと感じるのも無理からぬ話だ。


ただ前回と違った点は部屋が狭くなった代わりに他の出場者との相部屋ではなくなったということだろうか、おそらく番組側的にも出場者同士をライバル視して欲しいがために、収録前の馴れ合いはあまりして欲しくないのだろう、という一方的な解釈をしていた。


俺はギターを手に取ると声出しも含めウォーミングアップを始めた。予選の時でさえ部屋の端で縮こまっていた小童がなぜ練習を始めたのか、理由としてあげるなら、今日は両親が観客席に来ることになっていることだろうか。出場者の親は特権で特別席で大会の様子を見ることが出来るらしく、ならば行かねばなるまいと父母揃って張り切っていらっしゃる。


ただ俺としては両親の前で歌を披露するなんぞ苦痛極まりないが、ここで来ないでくれというのもさすがに苦なので、せめて恥のない演奏を披露しようと必死に練習してきた。


まさかここで優勝景品以外に活力源になる要因が浮上したのは想定外であったが、この活力源を胸に目指すは優勝である。


ただここに来て浮上したのは『両親に見られるから』という原動力だけではなかった。後悔であった。


予選出場前に草薙に言われた、自分の曲を披露しないのかという言葉、ここにきてなぜか長年水中に沈んでいた大型トレーラーがいきなり浮上したかのごとく、俺の野心を遮るように邪魔していた。


それも何度も。これでいい…既存の曲を歌うのが最善であると自らに言い聞かせ理解しているはずなのに、意思に反するようにその言葉がプカプカと浮き上がってくる。


俺自身も『確かに、自分が作詞作曲を始めたのは単に趣味と言うだけでなく、それを誰かに聞いて欲しくて、世に出したくて始めたのではないか』と、勝手な理由をこじつけて正当化しようと思いつつもそれで納得してしまう始末だ。つくづく自分に甘い。


自分の中で悪魔と天使という訳では無いが2つの意思が葛藤を始めていた。既存の曲で行くべきか、急遽自ら作った曲を披露するべきか、後楽園ホールの控え室に来る前、強いていえば準決勝終了後から思い悩んでいた。


ただ、決勝で歌う課題曲を既に番組側に申告しているが故にもう後戻りが出来ないのことも事実であった。


そんなさなか、部屋にノックオンが響いた。

誰かと思い扉を開けてみると、そこには予選大会で審査員を務めていたあの男性の姿があった。



「どうも、久しぶり」


「…お久しぶりです」



番組のリハーサルなどで忙しい時にいったいなんの用か…。



「ついに来たみたいだね、決勝」


「えぇ、お陰様で」


「…まぁ、君の実力なら当然の結果とも言えるだろうけど…なに、今日わざわざこうして君の楽屋に来たのはこういう話をするためじゃないんだ」


「…」


「君、書類審査の用紙に趣味は作詞作曲と書かれていたが…後悔はないのかい?自分の作った曲で参加しなくて…」


「…っ」



見透かされているような気がした。今まさに自身の苦悩を言い当てられ、少したじろぐ。



「君の実力なら…今回挑む課題曲でも十分に成果は出せると思うけど、本当は自身の曲を披露したいという気持ちはないのかな…まぁ、あくまで私がここに来たのはその助言のためさ」


「…」


「夢は決して妥協してはいけない、それだけは言っておくよ…」



何故だろうか、最初は論外のはずだった自身の曲という存在が、今となってはどうしてもあの大勢の観衆の前で歌いたいという真逆の気持ちに差し変わっていた。



「どうすれば…課題曲を変えられますか…」


「プロデューサーに話してみれば何とかなるかもしれない…」


「お願いします…どうか、自分の作った曲に変えられませんか」


「…ついてきなさい」



ゆっくりとした足取りで後を着いていく。

やがてたどり着いたのは番組のセットが置かれた大ホールだった。まだ観客はおらず番組スタッフの忙しない声が飛び交っていた。


その中で肩からセーターをぶら下げだいかにもプロデューサーらしき人物の方へとディレクターは向かった。



「プロデューサー、こちら出場者の厳島 裕二さんです」


「あぁ…君か、噂に聞く天才少年 今日はよろしく頼むよ」


「よ、よろしくお願いします」



差し出された手を握る。



「ほら、言うなら自分から」


「あ、はい…あの」


「なんだね」


「課題曲を…変えることは…できませんか」


「いいよ」


「…え?」


「それで、どんな曲に?」


「あの…自分が作った曲なんですけど」


「おぉ、大いに結構 ただ君だけ他の出場者と違って音源はないけど…それでも?」


「えぇ、一応ギターは弾けますので」


「そうかそうか、よし頑張ってくれたまえ…さぁ、ここはまだ準備中だから、はやく控え室にもどりなさい」


「はい」



思ったよりもあっさりとOKが貰えた。俺はさっそく控え室へと戻ると、どの曲を演奏するか決めることにした。

・・・・

・・・

・・



「…本当にこれで良かったんですか」


「…あぁ」



プロデューサーは着ているスーツの内ポケットから分厚い封筒を取り出すと、中に入った札束を取り出しまるで嗜好品のようにその匂いをかいだ。



「しかしまさか、出場者の内の一人がこの番組のスポンサーである野山工業の社長の令嬢だとはな…まぁこれで君もクビを免れて、俺も金を得られた…ウィンウィンじゃないか」


「しかし彼は…厳島 裕二くんはどうするんですか」


「一時の歌手が産む利益なんぞたかが知れている、今回彼が落選、そして令嬢様がデビュー出来れば野山工業から出されるスポンサー料もより跳ね上がる…」


「…」


「ちょろいもんだ…そういえばこのこと、誰かに言うなよ…お前も俺もクビが飛ぶぞ」


「分かってます…」


「フッ、何を自信ありげに自分の曲を披露していいかだ?高校生の作る曲なんぞたかが知れてる…これで落選も確定だな」


プロデューサーはゲスい笑を浮かべながら会場をあとにした。ディレクターは己のしでかしてしまった事の重大さを理解すると共に自らを恨んだ。



「(すまない…裕二くん、俺は自分の地位を脅かされたくないばかりに…)」





スター降臨プロデューサーが賄賂を受け取ったことは後に大きなニュースとなることはまだ誰も知らない。社長の娘をデビューさせることそして娘のデビューに脅威となりうる厳島 裕二の落選という条件のもとスポンサー料が倍増するという金欲しさ目当てにプロデューサーは賄賂を受け取り条件を達成させようと奮起したわけであるが。

結局この計画は失敗に終わる。なぜ失敗したのか、それは彼が厳島 裕二のことを、甘く見ていたからに過ぎない。


高校生が作る曲なんぞたかが知れている。

そう断言した彼が本番での収録の際、彼の作った曲が披露されると顔を青ざめながらその才能の末恐ろしさに舌を巻くのもほんの数十分後のことであった。


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