第2話

「…でさ、世界一周旅行が景品としてあるらしいんだけど」


「いいんじゃない、形はどうであれアンタの曲が世に出るわけだから」


「…てっきり反対するもんだと…」


「何言ってんの、あたしはアンタの曲が世に出ない事に対して憤りを感じてたんだから…いい機会よ」


「…はぁ」



学校から帰宅し、母にスター降臨の予選に参加したい旨を伝えると二つ返事でOKを貰った。俺としてけは決勝の世界一周旅行にしか興味がなく、今回参加する目的もそれのためなのだが、母としては俺の作った曲を他所様に聴いて欲しいとか何とか…。

どうであれ許可は貰ったわけだし、早速応募をすることにした。

父の書斎からハガキを1枚拝借し、名前 年齢 等々の応募要項を書き記していく。あとはこれに切手を貼って、ポストに投函すれば配達で、出場者としての資格を証明する番号が書かれたカードが送られてくるというわけだ。


俺はどういうわけだか内心緊張していた。






2




ハガキをポストに投函して3日が経った、ハガキを投函した時ほど緊張したものはなかった。

あぁ、もうこれで後戻りは出来ないとその時 改めて実感した。


そして3日が経ち、家に例のカードが届いた。

No.198と刻印されていて、ラジオ体操のカードのように首からぶら下げられるようになっている。


ナンバーが198ということは少なくとも198人参加していることになる。これがだいぶ早めの数字なのか遅めの数字なのかは皆目見当もつかないが、いずれにせよ多くの猛者たちを潜り抜けなければ決勝に行くことさえ難しいだろう。

全ては世界一周旅行のため、俺は部屋にあるギターを手に取るとこの緊張を紛らわすために軽くコードを弾いた。







「マジで?応募したの?」


「あぁ」


「ウッソだろお前…」


「そういうお前も応募したんだろ」


「いや、その気になったが直前でやめた」


「はぁ!?ハメやがったな」


「自分から応募したんだろ…まぁ、優勝すれば世界一周旅行なわけだし、別にいいだろ」


「…それもそうだけど」



学校で応募したことを話したら、まさかの草薙の応募ドタキャンが発覚した。

自分から応募したにもかかわらずなにかハメられたような気がしてならなかった。



「で、自分の曲発表すんの?」


「…いや、既存の曲でいくよ」


「まぁ…歌は上手いからいいけどよォ、本当にいいのか?」


「なにが」


「仮にお前がデビューするとして」


「…」


「いざやっぱり、自分で作った曲を歌ってレコードにしたいですって言っても事務所は『いいですよ』とは言ってくれないんだぞ」


「いや、いいよ…プロが作ってくれた曲を歌った方がいいだろ」


「かぁー、わからないか…いいかお前の作る曲はプロ並みの出来栄えで、レコードとして出しても粗相ないのにその才能をドブに捨てることになるんだぞ…しかも、よくわからねぇ作曲家に自分の楽曲任せることになるしよォ…」


「…もういいよ、それに俺はデビューする気なんかさらさらないからな」


「…まぁそれもそうか、お前の好きなようにやれよ」


「あぁ…応援してくれよ、俺は世界一周旅行をゲットするぜ」


「頑張れよ、せいぜいな」


「なぜ上から目線なんだ…」






時と言うのは早いもので、年齢を重ねるにつれて1日 24時間 1440分 86400秒 という時間は短く感じるという。


若者であれば1日をそれ相応の長時間として感じるものの、歳をとるとその体感時間は、鉛筆削りのように磨り減り、やがて1日という時間を刹那として感じてしまう言わば、相対性理論やらなんちゃらを出さなければ説明できないような現象に陥る。だがしかし、現在16歳という若者であるにもかかわらずその1日を4回繰り返した4日間が一瞬に感じてしまう俺はいったいどうなってしまったのだろう。



さて今までの文章で『1』という数字は何回でてきたか…というのは置いといて、スター降臨に応募したことを草薙にやんわりと上から目線で応援されてから4日が経った。



本日はスター降臨の予選が行われる日だ、日曜日 世の皆々様方みなみなさまがたは休日を利用し我が校の体育館へと足を運んでいた。またそれは観客のみならず出場者も同じことで、学校の教室が何部屋か解放され、その場所に待機することとなった。1982年7月2日 空には、ながらく動かないでいる大きな雲が真っ青なライトブルーに白を添えており、赤白く光り輝く太陽は天高くその猛暑を我々の肌に叩きつけていた。


校内に響く練習の歌声、どれもテレビで見るプロの方々と比べると若干劣りはするものの、一般人の中ではそれなりの上手さを誇っていた。一方俺は、ギターケース片手に教室の端で静かに縮こまっていた。


現在、この教室には数多の若者でひしめき合っており、記念になるからと言って応募した今大会に楽観的な者や、多種多様な欲望を動力源にあわよくばデビューしてやろうという魂胆の者共で教室は埋まっていた。絶対にこんなクラスには入りたくないと思えるほどの人種ばかりが集まっているといえばいいのだろうか...。


ただしかし、数時間後にスター降臨たる全国放送のオーディション番組の恐ろしさを、この教室で縮こまっている俺以外の皆が無慈悲に叩きつけられるとはこの時ばかりは、俺でさえもまた本人らも思ってもいなかった。






スター降臨という番組のシステムをここで説明しておくことにしよう。1971年から続くこの番組は数多のスターを生み出した芸能界にとって大きな影響力を与える土曜 昼11時から放送されている1時間番組だ。その内容は決勝へ勝ち進んだ出場者計6名がチャンピオンの座をかけて歌唱を行い、点数を競い合うというものだ。


ただその決勝へ行くだけでもかなりの苦難であり、まず全国各地域で行われる予選で各10名が選出され、そこから書類審査で3名ずつ絞られる。なぜ予選から書類選考という順番なのか、それは実際に歌唱を生で聴き審査を行う必要があるからである。

以前は書類選考から予選という極めて普通の順番であったが、一度書類選考で落とした者が他事務所に所属し売れたという経緯があったらしく、さすがに歌唱を聞かなくてはなんとも言えないと言う結果から、運営が順序を変更した…あくまで噂であるが…。

で、その書類選考で選ばれた各3名が準決勝へ進み、更に絞られた6名がようやく決勝へと向かうことが出来る。


最初からわかっていた、世界一周旅行たるものそう易々と行けるものでは無いと。たとえ落ちてもいい、そういういつでも捨てられるような決意を胸にしなければ無慈悲な審査を下された時、落胆してしまうだろう。


俺は傍らに抱えたギターケースを強く抱きしめ、番号が呼ばれるまで待ち続けた。









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