世界一周旅行を狙っただけなのに·····
草原 山木
スター降臨 編
第1話
実に10年という久方ぶりの東京は、相変わらずの活気があった。
小学校一年生の頃、祖母の看病の関係で秋田の山村へと向かったばかり、一度も東京には戻ることは無かった。そしてつい先週、寝たきりの祖母が他界した、本人はもう天国にいって早く幸せになりたいと再三言っていたものの、10年という長い年月を生きながらえ、かと言って唐突にポックリと逝ってしまったのだから、非常に不甲斐ない最後だったと言える。10年もの間、現地の学校に通う日々、ゲームセンターもなければ 映画館もないが故に、山村で遊ぶことといえば川か近くの山で追いかけっこをしたり、名前もわからぬ鬼ごっこの進化版みたいな遊びをするだけだった。おかげで体力も並の子供よりつき、完全に野生児と化した。
そんな中、次第にハマったのは音楽であった。
山村の村長の息子は、レコードショップに態々片道1時間もかけてアルバイトに行ってるらしく、たまに仕入れすぎたレコードを貰う機会があったので、それに乗じて音楽を聴きに行ったりした。我が家にはテレビがない、故に今の若者のトレンドを知るにはその息子に頼る他なかった。
おかげで最近流行っているバンドやアイドルを知ることができ、学校で最も流行を先取りする男として少しだけ人気を得た。
そんな東京気取りの俺が、ついに東京に帰郷することとなった。ただ、今まで気取っていた俺が本場の東京にいざ舞い戻ってみると、言葉も出ないほどに圧倒されたのは言うまでもない話で...。
行き交う人々、乱立する大きな建物。車の窓にへばりついて街をみていたのはいい思い出である。
両親は時たま、東京へ行っていたため東京耐性(完全なる造語である)はついているが、10年間も山村に閉じ込められていた俺からすると、ここは異世界も同然に感じられた。
1
「…焼きそばパンってよぉ、よく考えたら大胆なパンだよな」
「急にどうした」
「いや、炭水化物の間にソースを絡めた炭水化物を入れてるわけだろ?ならそのソースを絡めたソーセージとかの方が絶対いいだろ」
「それだと単にソース味のホットドッグじゃん」
「だけどよォ…焼きそばだぜ、なんでそこいくって思わねぇ?」
「…もう世間に定着しちまってんだから四の五の言える立場じゃねぇだろ」
「そうだけどよォ…」
東京の高校に入学して3ヶ月がすぎた。最初は慣れなかった東京の街並みも、今では多少当たり前に感じている。
俺の通っている高校は商業高校で、授業の中に簿記があるせいか、そろばんをパチパチ打つ音がたまに廊下に響き渡るような学び舎である。男女共学で、裏ボタンを付けて調子に乗っているような、中途半端な不良はいるものの、喧嘩三昧と言うほどまではいかない。
元々、番長という存在はいたらしいが、彼も卒業してしまい今や普通の平凡な高校へと様変わりを遂げている。ただその平凡さたるやおそろしいもので、偏差値も平凡、部活動でも特にこれといった功績を残しているわけでもなく、毎年ある程度の新入生が入学してくる。学校一の美女または男前という存在が居るに言えず。各クラスもそれぞれ似通ったような平凡さをここ数年維持し続けてきた。
この学校でできた最初の友人、草薙は昨今のアイドル事情に対して異常な熱意を持っているらしく、特に推しているのは
俺はあまりアイドルに興味はないが、この男と話を合わせるためにたまに、テレビを見ては情報収集をしているのはここだけの話である。
こいつとは入学して以来からの仲で、元々は港区の中学校に通っていたらしいが、さしづめ特に勉強ができるわけでもなく、かと言って頭もいい訳ではないという非常に微妙なラインを低空飛行していたが故に、このような偏差値も特に平凡な高校に通うことになったらしい。俺ももちろんその
ちなみに焼きそばパンの話をしていたのはこいつである。
「草薙…お前太った?」
「太ってねぇよ、筋肉が着いたんだよ」
「なに、なんかやってんの?」
「いや、親父が使ってた鉄アレイが実家から出てきてよ、それでたまに鍛えてんだよ」
「へぇ…」
「ところでお前知ってっか?」
「なに?」
「次のスター降臨 ここの体育館が予選会場らしい」
「は?嘘だろ」
「本当、だからみんな芸能人気取りのやつは張り切って練習してるってさ」
「だから放課後にどこからか下手な歌声が聞こえてくるのか」
「あぁ、ほとんどの女子はあわよくば狙ってるらしいぞ」
「この学校の女子じゃ厳しくねぇか、本物のアイドルと比べると歌も下手だし」
「言わずもがな」
スター降臨という番組は、今まで数々のスターを排出してきたその名に相応しいオーディション番組だ。2年前に引退した山口百子、また既に解散してしまった超人気2人組アイドル ホワイトバルーンがデビューしたきっかけになった伝説的番組である。
ちなみに、最近ではそのお笑いバージョンが新番組として始まり、面白い若手芸人が生まれているという。
そんな番組の予選がこの学校の体育館で行われるというのだから、学校中の生徒たちはあわよくばデビューしてやると躍起になっているのも、無理のない話だ。
「ま、俺も出るんだけどな」
「…お前出んの?」
草薙が誇らしげに語る。
「あぁ、だってもし芸能界に入ったら生 清子ちゃん見られるんだぜ?」
「まぁそうだけども、それ以外に理由は無いのか?例えば有名になりたいとか、お金が欲しいとか」
「いや、清子ちゃんと会えればそれでいい」
「ならコンサートとか行けばいいじゃねぇかよ……」
理由は人それぞれだが、そう簡単に予選を突破できるものでもないと思う。アイドルに求められる3つの要素、これは特に誰が言ったとかではなくあくまで自論である。
その1 容姿端麗であること、これは当たり前のことだと思うが、アイドルと言うからには可愛かったり綺麗だったり男前じゃなければいけない、だから仮に一般人がアイドルだらけの水泳大会に混じったら悪い意味で浮くことになる。つまり顔が大事だ。
そしてその2 歌が歌えること。アイドルもあくまで歌手だ、俳優業やブロマイドでぶりっ子するのは二の次、ある程度歌唱力がなければ歌番組等で壊滅的な放送事故をお茶の間に垂れ流すことになるだろう。
そしてその3 人柄である。アイドルは好かれてなんぼ、たとえどんなに歌が上手くても、どんなに顔が可愛くても、道端に痰を吐くような、どぎつい性格の持ち主は必ずと言っていいほど業界関係者に嫌われるに違いない。そうなれば最後、仕事も依頼されなくなるし、他タレントから共演NGの対象となってしまうに違いない。
以上、この3つの要素を持ち合わせているものは俺が知る限り、この学校には存在しないので大体の生徒が夢敗れ去るだろうと推察する。そもそもスター降臨という番組は、決勝に行くだけでも倍率何百倍の狭き門を通り抜かなければならない。
その中でも、事務所にスカウトされるのは極小数だ。さらに事務所にスカウトされてもアイドルや歌手として売れるのはほんのひと握り、だから今現在親衛隊とか根強いファンがついている、いわゆる人気アイドルは、誰であれ途方に暮れるほどの倍率を勝ち抜いた尋常ではない程に凄い人ということになる。
だからそんな夢物語を聞くよりも早く就職のことについて…
「お前も出ろよ」
「は?」
「話題作りになるし、お前の趣味作曲だったよな、一発やってやれよ」
「…いや出ないよ」
「勿体ねぇ、正直いってお前の作詞作曲能力は天下一品だぜ?プロのものと聞いても粗相ないくらいに」
「仮に決勝に行ったとしてもスカウトされるとも限らないし、売れるとも限らない、俺は危険な道は歩みたくないね」
「はぁ…おれがお前だったら、絶対受けるのになぁ…それに」
「それに?」
「今回優勝した人には世界一周旅行をプレゼントだとさ」
「…受けよっかな」
海外旅行、それほど魅惑的なものはなかった。田舎者の俺にとっては。
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