第43話
実にあっけなかったと言えばそう捉えられるかもしれない、たった2時間ばかし、短い時間の中で淡々と受賞者を発表していくのだから流れ作業的な乱雑さになるのも仕方の無いことだと言える。オープニングがあれだけ豪華絢爛だったのに、出場者からしてみれば『え?もうおわり?』と言った感じで、出番とされる時間は10~20分がいいとこであった。
日本歌謡大賞が幕を閉じた。
最優秀新人賞を獲得したのは『Aヒロイン』で中川朱美さん、日本歌謡大賞を獲得したのは『わっしょい、乾杯!』で近衛正彦さんだった。納得のいく結果だった。ちなみに俺は優秀新人賞を獲得した。
大会後の記者会見では、優秀新人賞以上の賞を獲得した新人が集められ、記者団から他愛もない質問をされた。人数が多い故か、記者会見の終了時刻は午後10時を過ぎた頃だった。
大会後、立食パーティーが行われる予定だったが皆高校生である新人アイドルらにとって酒の席を共にするのは如何なものかということと、既に夜も遅いことから欠席を余儀なくされた。
こうして日本歌謡大賞は呆気なく幕を閉じた。
季節は変わり、本格的な冬となる。
43
関東地方でも山間部では雪が降り、気温も0度を上下するような底冷えするような寒さが続いた。季節はすっかり冬、この時期になるとクリスマスやら新年やらに向けた仕事で忙しくなりつつある。
先日、円盤を発売した『SNOW XMAS』の売上も好調で、このまま行けば確実にランキング・10でも上位をキープしつつ来年を迎えることが出来ると宇治正さんは踏んでいるらしい。
目標は日本レコード大賞最優秀新人賞、そして来年には紅白出場を視野に入れていくつもりだ。
先のことは後で考えるとして、俺はとある仕事のため新潟へと向かっていた。上京してからしばらく戻っていなかった東北地方は懐かしさを感じさせるほどの肌に刺さるような寒さで包まれており、吐いた息がタバコの紫煙のように白く霧散した。
厚手の防寒具に身を包み向かった先は苗場スキー場であった。時刻は夜8時を過ぎており、翌朝の収録のために前乗りする形になった。
隣接する苗場プリンスホテルの駐車場に車を停め、寒さに震えながらホテルのロビーへと向かう。ライトがポツポツと光る雪景色はある種の絶景であったが、そんな事を感じさせないほどの気温から、逃げるようにホテル内へと駆け込んだ。
ホテルのロビーでは番組スタッフと思わしき複数名の大人が待ち構えており、俺と宇治正さんが現れるなり「ようこそいらっしゃいました」とばかりに名刺を渡してきた。そんなことしてる暇があるならとっとと熱い湯船に浸かりたい気分である。
朝から仕事で疲れ果て、寒さで体は凍えていた。疲弊しきっていた。スタッフさんから既にチェックインは済ませてあるという旨を伝えられ鍵を受け取りエレベーターで部屋へと向かった。ホテル内はこれでもかと言うほど暖房が炊かれており、震えていた膝は次第に落ち着きを取り戻していた。
エレベーターの扉が開き廊下に出ると白を基調とした壁に赤いカーペットが敷かれた洗礼された空間が広がっていた。壁に面し並ぶ扉のうちの一つが開いた。中から出てきたのは複数名の女子だった。
明日、俺が出演する『オールスター雪上の祭典』は今ティーンに人気の若手アイドルをこれでもかと招集し、雪上ならではの競技で白熱したバトルを視聴者に見せるこの時期ならではの番組であった。10年前から続く当番組には数々のアイドルや若手芸人が出演し、その後、広く知れわたるスターへと発展を遂げた者も少なくはないという。
ただ、例年通りそれだけのアイドルを集めると出演費諸々が馬鹿にならないため、人数の傘増しとしてデビューを目指すアイドルの卵、スクールメイツをエキストラとして後方に配置するのが定番となっていた。
そう、扉から出てきたのはスクールメイツの女性達であった。彼女らは俺の顔を見るなりギョッとした表情を浮かべこちらへとかけてきた。
「宇治正さん...なんかまずそうな雰囲気なんですけど」
「うん、奇しくも私もそう思うよ」
「どうします、逃げます?」
「生憎...君と私の部屋...彼女たちが向かってくるこの先なんだよね」
「あぁ...」
『厳島裕二さん!!!!!』
スクールメイツというのは前述の通りアイドルの卵、そこからデビューした人は数知れず、かの蒲田清子さんだってスクールメイツとして活動していた時期があるほどで、次世代を担う彼女たちはそういった言わば同じ巣から旅立ったスターに憧れ、それを目指し日々精進している。
何としてでもデビューしてやるというその根性は業界でも有名で、もしも彼女達のいる楽屋に歌番組のプロデューサーなんかをポンと放ったらどうなるだろうか。
もちろん、我先にと自身のアピールポイントを聖徳太子に助言を求めるかの如く一斉に話し始めるだろう。
故に
「厳島さん!私歌うまえます!!」
「私厳島さんの出てる番組毎日欠かさず見てます!!」「ファンなんです!!ぜひ私に楽曲提供を!!」「私にも!!」「私が先でしょ!!」「これからもあなたのことだけ見続けます!!だからぜひ私に!!」
囲まれる。
「きょ、今日のところは...少し疲れてて、お話は後で聞きますから」
「お願いしますよ!!ぜひ私に新曲を」
「私にも!!」
ここぞチャンスと言わんばかりに彼女達は俺の裾を握りながら懇願した。内心「そういった依頼は事務所を通してください」と反論した。
扉を開け部屋に入る。シングルベッドがポツンと置かれた平凡な部屋だった、デビューしたての人間に部屋が与えられること自体奇跡である、文句は言ってられない。ただ、司会者とかメインクラスのアイドルはきっといい部屋に泊まっているに違いないと思うと若干悔しい。
こういった小さな格差がより自身の中に芽生えた対抗心に火をつけた。数年後には音楽業界の一角を担ってやると決意した。
俺は部屋にある風呂で体を温め、歯を磨いた後、寝巻きに着替え解けるようにベッドに倒れ込んだ。
翌朝
ホテルのモーニングビュッフェへと向かうと顔馴染みがいた。
「やはり居やがったなぁ、マサ」
「そっちこそ、しかし今日のメンツはすごいな」
俺はホットココアをマグカップに注ぐとマサの隣に座った。ちょうど窓際の席で、晴天に視界の開けたゲレンデが見える良い席だった。
「あ、光った」
「なに、UFO?」
「違うよ、知らないの?ゆう君、芸能雑誌の記者だよ」
「記者?あんな所に?」
窓の外、だいぶ遠くの林の茂みから何かが光った。きっとカメラのフラッシュなのだろう。
「ユキヒョウ狙ってんじゃないんだから...」
「言い得て妙...」
「それよか、なんであんな所から写真撮ってんの?」
「ん、ゴシップ記事狙ってんじゃないの?知らない?こういったオールスター
「てことは、夏のあれも?」
「オールスター水泳大会のこと?そりゃもちろん」
前乗りしたホテルでゴシップを狙うなんて、なんと卑怯なことか...。
「うちのメンバーも撮られかけたけど、まぁ社長が何とかしてくれたし」
「そりゃまた大変で...なに、一緒に歩いてる所でも撮られたの?」
「いんや、チューしてるところ」
「あぁ...ガッツリそれだったわけね」
年頃の男女が一夜、同じ宿泊先に泊まる、修学旅行感も否めずそういった素行に走ってしまうアイドルも数しれず...なのだろうか。
「アイドルってモテるもんなぁ...俺は気持ちわからんけど」
「ゆう君もモテるでしょ」
「それが意外とモテないんだよなぁ...」
涙を出したくなる。高校生になれば甘酸っぱい恋を体験できるかと思えば草薙というむさ苦しい男しか親交はない事実を否定したくなった。
「なぁ、ホントのところ今まで見た中で一番可愛いなって思ったアイドル...誰?」
「え?」
マサからの突然の質問に思わずたじろぐ、一口ココアを含んだ後俺は咳払いをして言った。
「良くないぞ...あくまでビジネス仲間なんだから」
「いいじゃん、男子高校生のノリってやつで」
「えぇ.....」
「...」
「...蒲田...清子」
「ほぉ...よりによって先輩いくかぁ」
「いや、あくまで第一印象がすごく美人だなって思っただけで」
「照れるなよォ」
「照れてねぇよ」
「ちなみに俺は今泉さん」
「リアルすぎるだろ...同い年だぞ」
「俺、ああいう体育会系って憧れるんだよなぁ」
俺は反撃とばかりに追加情報を口にした。
「ちなみに今泉さん、50mを6秒台で走れるようなバリバリの体育会系が好みだから、程遠い存在だと思うよ」
「えぇ...まじでか」
「うん、まじ」
「俺、7秒台」
「うん、俺も」
2人して朝から神妙な面持ちになった。
「2人で何話してんの」
「あ、宇治正さん」
「いやいや...オタクら青春だねぇ」
「き、聞いてました?」
「うん」
「口外...しないように」
「どうしよっかなぁ...」
今俺たちは、窓の外からたかれるフラッシュがライフルのスコープの反射であって欲しいとつくづく願った。その照準を宇治正さんの眉間に合わせてくれれば尚よしである。
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