第40話

夜9時26分。一部地域を除いて日本全国の平均を算出した結果、その日最も視聴率の高かった時間帯この9時26分であった。その原因とも言えるのが、1982年10月28日夜9時から放送された夜はヒットスタジオにおいて、一人の歌手が発表した歌がお茶の間のチャンネルを釘付けにさせたからに違いないと週刊誌は報じた。


『歌手の名を厳島裕二といい、昨今のアイドル業界の中で最有力候補と言われている期待の若手だ。なんと言っても彼の魅力は高身長でしかも整った顔立ちでありながら、天才的な作詞作曲能力を有するということだろう。


同年代の女子は彼に心酔する者も多く、男子に至っては彼を模倣して空前のギター&作曲ブームが巻き起こっている。今回ここまで彼の新曲が話題になった理由はなんと言ってもその前衛的な曲と素晴らしいメロディにあった。


男性アイドルという概念にとらわれない、実に音楽的なその曲、昨今のアイドル至上主義に嫌気が刺していた大人世代も彼に一目置いているに違いない。


今回発表された新曲『SNOW XMAS』はクリスマスの夜に互いに別れを誓った男女の心情が赤裸々に綴られた恋愛ソングで、今までのように不特定多数に向けて歌われていた恋愛ソングとは違い、歌詞の中にしっかりと登場人物が存在し、その登場人物の思いが中心に描かれている。


一番を女性、二番を男性の視点でそれぞれ別々に描き、男女問わず共感を呼ぶような誰にでもありうるありふれた展開を神秘的な雪の情景を混じえながら歌うその様は老若男女問わず受け入れられる大きな要因とも言えるだろう。


またバイオリン等の弦楽器を主体とした重厚感のあるメロディと、途端にクリスマスを彷彿とさせるハーモニーが上手く合わさっているので、真冬に突入する今の時期にはピッタリの曲で、相当の売り上げが見込めるだろう。


既に厳島裕二というブランドを僅か二曲目発表の時点で確立しつつある彼を今後も強く注目していきたいと思っている。』


(週刊テレビジョン コラム記事より抜粋)






40





中川さんとのわだかまりが多少解けた翌日、W&Pには物凄い数の電話が殺到していた。その全てが仕事の依頼であり、新曲のSNOW XMASの歌唱を我が番組で、という内容が大変に多かったという。


ただ有難いことに宇治正さんが仕事の日程の調整を上手くしてくれたおかげで、急な激務は回避された。これで晴れて安眠できるかと言われてもそうとは言えず、ふたつの重要な予定を近いうちにこなさなければならなかった。


一つは歌手活動に関わること、もう一つは芸能活動に関わることである。ではまず先に前者から述べていくことにする。


12月の後半に行われる数々の賞レースより少し前、11月の初旬に行われる重要な中間レースがあることを皆はご存知だろうか。現在ランキング・テンを絶賛放送している東京放送がかつて作り上げた日本の年末に行われる音楽賞、日本レコード大賞。数多の有名歌手たちがまるで登竜門のごとくこの賞を受賞しスターへの階段をかけ登ったわけであるが、この日本レコード大賞に対抗するべく東京放送以外の民法が手を組んで作り上げた賞レースがある。


『日本歌謡大賞』だ。歌謡と言えど、受賞する曲は様々、11月の初旬というある意味では中途半端な時期ではあるものの、非常に注目度が高い。いわゆる、アカデミー賞の前に行われるゴールデングローブ賞のようなもので、大変に名誉ある大会である。


今回、その大会への出場が決定した俺は、大会に向けた入念なリハーサルとコンディションを整えなければならないわけで、試合前のボクサーが減量をするように、なるべく喉の乾燥や冬風邪には気をつけることを心がけていた。


激務の中で自身の体調を管理するというのは思ったよりも至難の業で、毎日の帰宅する時刻も就寝時刻もその日によって千差万別であるが故に、生活リズムのズレが生じるのがアイドルという職業である。


というのが一つ目の予定の内容、二つ目はというと...



俺は近いうちに転校しなければならない。ということだ。



前々から薄々感じていた。これからどんどん仕事も忙しくなるし、それに反比例するように登校日数も格段に減った。


そんな中途半端な状態がずっと続いていたものの、ついに終止符を打つように転校を決意した。転校先は未だ未定、ただいくつかの候補は上がっている。なので予定としては、高校の見学と転校の手続きをしなければならない。


幸い、宇治正さんが複数の高校を見繕ってくれているので事が速やかに済むことを祈るばかりだ。

・・・

・・


「あの...いつもこんな感じですか?」


「いえ、今日は少しだけ生徒も興奮しているのかもしれません」



「きゃーーー」

「こっち見てーーー」

「厳島ーー」

「かっこいーーー」

「裕二くーん!」



東京都堀越学園、芸能コースがある事で有名なこの高校は数々の芸能人を排出してきた有名校だ。芸能コースは芸能活動をする上で仕事に支障のないように授業や単位の調整をしてくれるだけでなく、芸能人ゆえの校則を設置しているまさに至れり尽くせりの学科だ。通学する際にも教員一人一人が生徒に何かしらの危害が及ばぬように見張ってくれる他、校内へのマスコミの侵入を防ぐためのセキュリティも高い。


ただ芸能人だけが通っているわけでもなく、アスリートコースというスポーツを優先した学科もあるゆえか、普通のティーンも通常のように登校している。

現在そのアスリートコースの生徒達に声援を浴びながら絶賛高校見学中である。学校の副校長の案内で俺と宇治正さんは校内を巡った。私立高校なので設備も最新式の物に改められているし、急遽仕事場へ向かわなくてはならないという際にも立地的に現場に遅れることもまず無いだろう。


なにより、現在も多くの同業者が通っているということもあって信頼と実績の高さがうかがえた。学校の隅々まで見学を進めていく我々は、ようやくと言ったように芸能コースのある教室へと到着した。



「あれ...なんでいるのー?」



アラレちゃんのような走り方でトテトテとこちらへ来る人影、新宿音楽賞の際に面識を持ったうちの一人、道枝莉央みちえりおさんであった。身長の低さと持ち前の童顔から小学生のようなイメージを勝手に抱いていたが、こうして高校生の制服を着ると随分と様になっていた。



「高校見学をしていまして」


「へぇ...厳島くんが堀越にね...」


「え、えぇ...」



何やらワケあり感を感じさせる目付きでこちらをジーッと眺める彼女は、ふと思い出したように話し始めた。



「中退は考えなかったの?」


「え?」


「だってほら厳島くんなんて82年デビューの中でも一際売れてるじゃん?だから高校なんて行ってる暇あるのかなーって、それが例え堀越でも」


「まぁ...一応中退は考えましたけど...最終学歴で高校って書いときたいというか」


「んー...ま、厳島くんの事だしね、自分で考えるのが一番だよね!」


「は、はい...」



彼女はまた別の物に興味を移したようにクラスの中にいる友人の元へと去っていった。一通り学校内の見学を終えたところで、我々は仕事に向かうこととなった。明日はまた別の高校の見学だ、しばらくじっくり思案してみてから答えを出すのも悪くは無いだろう。


俺は仕事に向かう途中、車の中で道枝さんに言われた言葉を思い出した。82年デビューのなかで一際売れていると言われるのは随分と嬉しい評価ではあるものの、高校生としての学園生活が送れるか否かといえば確実に送れないと言えるだろう。


ここに来て退学という選択肢もチラつき始めてきた。中卒になるのは嫌だがこれも仕方の無い選択なのかもしれない。無邪気な道枝さんから発せられた言葉を深くかみ締めながら俺は思案する中で提示された複数の選択しに悩むことになった。

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