ダイヤの原石 編
第9話
東京都 港区 赤坂にある芸能事務所 W&Pは近年ホワイトバルーンという看板タレントを失い危機的な状況にあった。
これまで稼いでいた数百億という利益が嘘のように急落し、所属するタレントも他に引き抜かれていく始末、この状態が続けば近いうちに倒産することは目に見えており、次なるホワイトバルーンを探そうとするもそう簡単に出てくるはずがなかった。
そんななか、血相を変えたように会社に戻ってきた宇治正の様子に社員らは首を傾げた。宇治正が向かったのは社長のいる部屋、彼はノックもせずに勢いよくドアを開けると開口一番に言い放った。
「社長!ダイヤの原石を見つけました!!」
8
翌朝、学校に着いた俺を大勢の生徒が取り囲まれていた。スター降臨という全国放送の番組で優勝をしてしまった俺が学校内という小さな社会集団の中で有名にならないはずがない。
大勢の生徒の中にはもちろん予選で無惨にも叩きのめされた生徒がチラホラと、終始気まずい雰囲気になりながらも俺は教室へと向かった。
ただそんな教室にいたのは、先程の雰囲気よりもさらに気まずい表情を浮かべている草薙であった。
「決勝、みたよ」
「ぉ、おぉ…」
「言ってくれよ、見に行けなかっただろ」
「申し訳ない」
「まぁいい、で世界一周旅行…いつ行くんだ?」
「いや、行かない…なんか1名様だったから…一人で行くのもなにかと自信ないし」
「…そうか」
「あぁ…」
その後、会話は続かずショートホームルームを迎えた。
昼休み、担任に呼ばれ向かった先は職員室であった。要件はスター降臨のことについて。
教員の何人かは既に俺がスター降臨の決勝に出たことを知っている様子で、ソワソワしながらサインを求められた。
もちろんサインなんかないので自分の名前を書くだけにとどまった。
担任の座っている机の前まで歩みを進めると担任は作業を中断しこちらに向き直った。
コーヒーの香りが鼻を突く、ちょうど机に置いてあるマグカップから湯気がたっていた。
担任は何やら思案した挙句、ようやくといった雰囲気で話し始めた。
「スター降臨…でて、優勝したんだって?」
「えぇ、まぁ」
「…芸能事務所の何人かにもスカウトされたんだろ?」
「まぁ…23社ほどいただきました」
「23…すごいな…将来的には芸能界に入るつもりは?」
「すこし…迷ってます」
「そうか、仮にそういう世界に今から入るとして 恐らく授業への出席日数等々 少なくなることもある。だからといって生徒の将来に関わる選択肢を切り捨てるのは教師の行っていい範疇を超えちまう…よく考えておけよこれはお前のことだからな」
「はい」
「がんばれよ」
「はい」
未だに自分の中で芸能事務所に所属することに対する踏ん切りが着いていなかった。最初はそんな気さらさら無かったが、スター降臨優勝後に残ったものが高級中華料理屋の味を覚えたことと事務所からのスカウトだけだったせいか、いっそこのまま芸能界で金を稼いで海外に行ってしまった方がいいのではないかという当初の目的のへったくれもない迷いが頭の中でチラついて離れない。
両親も芸能事務所に入ることを了承しているし、23社ものスカウトマンが実質俺を欲しがっていることになる。果たしてどうしようか、このまま将来 平凡なサラリーマンとして可もなく不可もなく 平和な家庭を築くか。光も影もある芸能界という修羅の道を歩み僅かな可能性ではあるが成功を打ち立てるか。
・・・
・・
・
午後5時、部活動に所属していない俺と草薙は帰路に就いていた。夏の夕暮れ、まだ日は高く 湿度の高いじっとりとした空気から逃げるべく寄り道として途中駄菓子屋に寄った。
高校生であるが故に、金銭面的にも余裕があるためいちばん高いアイスを購入し店先のベンチで並んで食べた。ふだんなら終わることの無い会話も今日に至っては終始静けさが多くなっていた。
横では楽しそうに遊ぶ子供の無邪気な声と10円ゲームを弾く音が響き、時たま通る車の排気ガスに息を止めた。
「…」
「…どうしたんだ」
今朝の態度といい、今の他人気な雰囲気といい 我慢しきれずに聞いてしまった。今日中に聞いてしまった方がいいと朝のショートホームルームから覚悟を決め続けた結果からの問いであった。決して思いつきで聞こうとは思わなかった。
「…テレビで見たんだ、お前を」
「…」
草薙が語り始めたのはあの日 スター降臨の決勝に進んだ俺に対する何気ない悩みであった。
「まさか本当に決勝に進んで、それも優勝しちまうとは思ってなかった…昼放送じゃんかあの番組、昼飯のカレー思わず吹き出しそうになっちまったよ…なんで友人がって…」
「…不満は?」
「不満は…ない、ただ困惑してるだけ それと今後お前とどう付き合えばいいかって」
「それは…今まで通り友人として…」
「今まで通りに出来れば俺も一番いいよ、ただお前の存在がどんどん遠くなることが怖いんだ、たぶんこれから忙しくなって 会う機会も減るかもしれない…」
「…」
「だからといってお前には芸能界の夢を諦めて欲しくはないんだよ俺は」
「たとえ草薙、お前が遠く感じたとしても今までの関係を続けちゃダメか?」
「え?」
「俺が芸能界に入ったとしても、お前との関係が断ち切られることは無いし、断ち切ろうとも思わない…なんなら、いつかライブをした時はお前をVIP席に招待してやるよ」
「…ふっ…なんだ、悩んだこっちがバカみてぇじゃんか」
草薙は雰囲気が変わったように小さく笑った。
「もしかしてお前、俺が芸能界入ったらさよならバイバイすると思ったか?」
「やめろ...あー、はずかし。そりゃそうだもんな、どう付き合えばいいかじゃなくて ここは アイドル紹介してくんね?くらいの気持ちでいるべきだったな」
「お、いつもの調子に戻ってきた」
「よし、なぁ厳島!お前芸能界入ったら俺に蒲田 清子紹介してくれ!」
「調子乗んなよこんやろう」
「頼むよぉ、サインだけでも」
「まぁ、いずれはな」
「おっし、って アイスが…アイスがやべぇ」
「ぉ、俺もだ」
溶けて手に垂れかけてきたアイスを俺と草薙は一口でほおばった。頭の痛みとともに、俺の芸能界に入るか否かという悩みも草薙の悩みもいつしか消えていた。
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