第56話
唐突だが、ピンクパンチ大回転という番組をご存知だろうか。かつてデビュー当初の俺が出演した、子供向けアイドル番組のことだ。
番組の内容はコント仕立ての一話完結型のドラマとなっており、宇宙の彼方に存在するピンクパンチ星出身の2人が地球の危機を救うというツッコミどころ満載な内容となっている。
実はこの番組、既に終了している。全28回の放送で去年の10月に幕を閉じた。
そしてその後釜となったのが今泉さんがレギュラーとして出演している『カリント学校ナンバーワン!』という番組で、上記の番組同様コント仕立てのドラマとなっており、もちろんツッコミどころ満載な点は変わっていない。
何故こんなにも長ったらしく夕方のコント番組について語っているのかと言うと、このカリント学校ナンバーワンに出演していた俺の身に不可解な出来事が起きたからである。
「厳島くんって相変わらず演技が白熱しているというか...今度は誘拐犯役だったけど...ホントに見てて怖かったというか」
「誘拐犯っぽくしないと視聴者に伝わらないじゃないですか」
「夕方の...それも子供向けの番組だよ?そんな本気で演技しなくても...アドリブOKな現場だからって、『埋めるぞ』なんて台詞聞いたら子供泣いちゃうよ」
「泣く子を黙らせる誘拐犯ならあれぐらい言わなきゃダメですって...」
「そういうもんかな...」
番組終了後、我々は次の現場へと向かうために駐車場に通ずる廊下を歩いていた。談笑をしつつ歩みを進めていると目の前からステッキを持ち、スーツにハットを被ったおじさんがそそくさと歩いてくるのが見えた。
只者ならぬおじさんの雰囲気は遠くからでも分かるほど異様なもので、明らかに一般人でないことは察しが着いた。
とりあえず業界の関係者ということも視野に入れ、会釈をしながらすれ違った瞬間である。
「コラッ!!!!!!!!!!!!」
良く響き渡るような大声でいきなり怒鳴られた。
「...」
「...」
怒鳴られたことには内心驚いていたものの、特段声を出し驚愕するほどでもなかった。俺は過ぎ去るおじさんをチラチラと見ながら言った。
「次の仕事って現場どこでしたっけ」
「ん?」
「現場ですよ」
「...あぁ、現場ね...次は汐留」
「分かりました...早く行きましょ」
「う、うん.......なんでビックリしないのかな...」
「ん?なんか言いました?」
「あ、いや...なにも」
後から分かったが、いきなり怒鳴り散らかしたおじさんの正体は、コラおじさんというドッキリ番組の名物キャラクターで、いきなりああして人を驚かしては過ぎ去っていくという迷惑なおじさんだった。
普通の人間は肩を跳ね上がらせながら声を上げ驚くのだが、俺は元来そういったことには鈍感ゆえか、大して驚くことは無かった。
ただこれがきっかけで、俺はこのドッキリ番組に目をつけられ、何としてでも厳島を驚かしてやろうとありとあらゆるドッキリを仕掛けられることになったのだ。
これが俺の身に起こった不可解な出来事である。もちろん、この頃の俺にとっては後に起こる怒涛のドッキリラッシュを予想打にもしていなかったのだが...。
56
去年の6月に開設された東北新幹線で向かった先は仙台だった。伊達政宗で有名なこの地に降り立った理由は仕事の都合である。
今年の夏に発売される予定の写真集の撮影のために、現在日本各地を回っており、既に名古屋と京都でいくつかの写真の撮影は済ませてある。
写真集のコンセプトとしては、日本全国の名所を俺と一緒に巡るというもので、最終的には北海道や沖縄、大阪、広島、東京等、日本の主要都市全てで撮影を終える必要がある。
普段の仕事が忙しくなかなか遠出は出来ないために、宇治正さんは今年の夏頃でなく早くとも来年の発売になるだろうと推察している。
俺としては撮影のついでに観光もできるので、是非とも第2弾の撮影を予定していて欲しいところだ。
仙台城を一目見た後、牛タンを堪能した俺はホテルへと向かうことになった。明日は朝早くに東京に戻り、昼頃からCMの撮影があるため夜9時にはベッドに入った。
ベッド横にある時計の目覚ましをセットし、ランプシェードの紐を下げる。真っ暗になった部屋には窓から漏れる月明かりが薄らと差し込んだ。
疲れていたのか、無心になっているうちに段々と意識は無くなり、ベッドに入ってからわずか2分程度で深い眠りについた。
ふと目を覚ましたのはまだ日も上がっていない時間帯。時計を見ると午前3時を刺しており、計6時間は眠りについていた。普段、遅寝早起きが身についているためかショートスリーパーになりつつある俺からしてみればかなり寝られた方である。
早すぎる目覚めとともに、洗面台へ行き洗顔と歯磨きをした後、机に着いた。現在、3月に新曲発表を控えている俺はこうして合間の時間を編曲作業に費やしている。元々、曲を作ることが趣味の人間にとっては合間の時間つぶし程度の作業なのでさほど苦ではない。
ふと30分程経過した時だった。ちょうどサビの部分の編曲に取り掛かっていた俺は、部屋の入口がカチャリと開いた音とともにペンを止めた。
「...」
不審者だろうか。
ただならぬ不安を抱きながら、思わず身構える。すると、部屋の扉が空いたとともに入ってきたのはマイクを片手に持った
形容しがたいカオスな空間が形成されているが、田白さんとは一度番組で共演し、面識もあったため一応軽く挨拶は交わしておいた。
「...あれ、田白さん」
「...え?」
「おはようございます。なんで仙台に...同じホテル泊まってたんですか?」
「え、いやなんで...」
田白さんはマイクを口にあてながら困惑の表情を浮かべていた。
「おはようございます」
「お、おはようございます...厳島くん...早起きだね...」
「えぇ、ショートスリーパーで」
「...みたいだね。ごめん、起きてるところ申し訳ないんだけど...部屋物色していい?」
「いいですけど...面白いものなんか特にないですよ。あ、このノートは見せられません。新曲が書いてあるので著察権諸々の関係で」
「そ、そうなんだ...じゃ、失礼しまーす...」
その後、部屋を色々と物色し始めた田白さんを眺めながらも俺はコーヒーを啜った。用を済ませたのか静かに部屋から立ち去った田白さんは廊下で何やらカメラを構えていたスタッフと話し合っている様子だった。『これ撮れ高、大丈夫?』とヒソヒソ話をしていたが、興味もないためそのまま編曲作業に戻った。
日が昇り、ホテルの朝食を摂った俺は東京行きの新幹線に乗り込んだ。車内の乗客はチラホラいる程度で、買った牛タン弁当に舌鼓をしつつ東京に行くまでの間、ノートを広げた。
刹那、通路を歩いていた女性が倒れ込みながらいきなり抱きついてきた。恐らくファンの方だろう、俺は周りの乗客に迷惑にならない程度に女性を宥めた。
「応援してくれてる気持ちは分かるけど...いきなり抱きつくのは良くないですよ。」
「...」
「他の乗客の方にも迷惑ですし...サインと握手程度ならしてあげますから」
女性はどこかバツが悪そうな顔をしてそそくさと立ち去って行った。数秒後、何やら大きなプレートを抱えた男性がこちらに近づいてきた。プレートには『ドッキリ大成功』と書かれており、ようやく先程の女性がドッキリの仕掛け人であることを悟った。
「ドッキリです、どうでした厳島さん。ビックリしました?」
「いえ、特に...」
「...」
「...」
静寂が流れる。神妙とはまさにこの事、宇治正さんに小突かれた俺は思いついたように言った。
「あっ、あぁ...ビックリしましたよー!いやぁ、驚きました」
「そ、そうですか...それはなにより」
変な空気のままスタッフはどこかへと戻って行った。
「厳島くん...こういうのってかなり鈍感だよね」
「...ん?」
「ほらドッキリとか...今朝も寝起きドッキリあったって聞いたけど、早起きしすぎて撮影隊が来る頃にはもうコーヒー飲んでたんでしょ?」
「えぇ、まぁ...」
「...これ本当は教えちゃいけないんだけど。次の現場、控え室の椅子にブーブークッションが仕込まれてるから、驚いたフリしてあげな...少しでも撮れ高上がるように」
「わ、分かりました...」
もう既にドッキリではなくなったブーブークッションドッキリに思わず身構えながら東京へと戻った。
「ここ...ですよね」
「うん、ここだよ」
楽屋の前に立ち、固唾を飲む。
ヤラセじゃない、これも撮れ高のため...いわば演出だと自分に言い聞かせドアを開けそそくさと椅子の元へと向かう。
机に並べられた椅子は明らかにクッションが盛り上がっていて不自然だった。これに騙される人間って果たしているのだろうかと、要らない疑問を浮かべながらも椅子にゆっくりと座った。
がしかし、なんの音もせずに空気がしぼんだ。
「...宇治正さん」
「うん...仕方がないよ。これに関しては...」
「ブーブーなんですよね...無音だったんですけど」
「...うん」
その後、番組ではあまりにもドッキリに引っかからない俺をあえて『ドッキリにかからない男 厳島裕二』として放送したところ、その部分だけ瞬間最高視聴率を獲得したらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます