第54話

『ここから先は関係者のみの立ち入りです。招待状は?』


『ここに、私と彼...あと彼女とそのマネージャーの分。きっかり4枚です』


『確かに...席については招待状に明記している通りです。あとはスタッフが案内しますので』


『どうも』


『いいショーを』


劇場の入口を過ぎると簡易的な検問所が設置されており。招待状のチェックや荷物の検査が行われていた。宇治正さんの華麗な英会話によって問題なく関門を通り抜けた我々は、スタッフの案内によって会場の席まで向かうことになった。


会場は一階席と二階席があり、一階席はノミネートされたミュージシャンやその関係者らが座る場所で、二階席は招待された観客が座る位置だった。ただ観客といえども見るからにお金持ちそうな紳士であったり、モデルのような長身美女ばかりで、居心地はお世辞にも良いとは言えなかった。


隣に座る中川さんは先程まで、レッドカーペットを震えながら歩いていたのに、席に座った今では呼吸が荒くなっている。ラマーズ法を教えるべきか否か。


そんな緊張しい我々を構いもせずついにグラミー賞授賞式が始まった。










54






翌日、午前10時に目が覚めた俺は昨夜の興奮も冷め、疲弊していた。まるで遊園地のアトラクションに立て続けに乗り続けたような、各々おのおののパフォーマンスに当てられ完全に息が切れていた。


アメリカとは残すところ数時間でお別れだ。日本に帰国後、直ぐに向かわなければならない仕事がある。アメリカじゃ無名かもしれないが、日本では大忙しだ。下手したらグラミー賞に出てたどのミュージシャンよりも働いている気がしてならない。


将来はハワイにでも隠居してやろうと、小さな野望を宿しながら、俺は買ったお土産諸々を纏めた。


空港に到着し成田行きの飛行機に乗り込む。ちなみに中川さんは翌日の便で帰国とのことで、つくづく羨ましく思う。


帰路の飛行機の窓から、俺は遠ざかる摩天楼を見下げた。――――――――――――





日本へと帰国した我々を迎えたのは、ファンの方々による暖かい出迎えの声と、半ば横付けされた車だった。ここから急いで収録スタジオへと向かわなければならない。時差ボケもお構い無しに車に乗り込むと、できる限りの全速力で現場へと向かった。


たった3日間、日本を離れただけだというのに車窓から見る景色は随分と久方ぶりの光景に感じられ、街中にある看板が当然のごとく日本語であることに、若干の安心感と不自然さを覚えた。


アメリカに比べ、日本の街並みは雑多な雰囲気と感じざるを得ない。ニューヨークは資本主義経済の権化として今日までその威厳を高い摩天楼という街並みで体現してきた訳だが、日本の、特に東京という街は高いビルもあれば小さな建物もピンキリであるという点が、改めて東京を見た第一印象である。


下手したら2年後にはもう日本で仕事をすることが難しくなるかもしれない。宇治正さんの言っていた海外進出が本格的となれば、基本的に活動拠点をアメリカに移しざるを得ないだろう。


あと僅かで日本にも居られなくなることを視野に入れとかなければならない。――――――




なぜ自分にこのような仕事が回ってきたのかは皆目見当もつかなかった。弱冠17歳、まだ未熟にも程がある男児からしてみれば、一番組の司会者代理というあまりにも重すぎる大役は、はっきり言って似つかわしくなかった。


ランキング・テンという番組がある。以前にも歌手として出演した事のある番組で、ランキング方式で隔週発表される歌手を招いて歌番組を構成するという斬新さ、としてそれを生放送で行えるだけのフットワークの軽さは他の番組の追随を許さない。


この番組の異常性を理解していただきたい。

隔週ごとに変わる出演者、しかもその出演者が全国、果ては海外、どんな場所にいようともテレビクルーが現地に飛び中継を行うのだ。


他番組の収録の合間だろうと、映画撮影の傍らであろうと、果ては新幹線での移動中であろうと、問答無用、お構い無しに中継を行うその姿勢、これが夜はヒットスタジオと二大巨頭の歌番組と謳われる所以であろう。


そんな番組の司会者代理として本日出演することになった俺は、不安しか胸中になかった。


何も司会のうちの一人、くめさんがインフルエンザにかかってしまい自宅療養をしている最中なのだという。番組側としてもどうにかして代わりとなる司会を探そうとした結果、俺に白羽の矢がたった。


もっと適任者は他にもいると思うが、仕事を任された以上、一時間の生放送をやりきるつもりである。


幸い、司会には黒田徹子さんもいらっしゃるので、壊滅的な放送事故を招くことはそうそう無いと思うが、万が一でも失態を起こさないように言動一つ一つに気を使い、よく思案して司会として行動する所存である。


午後7時30から8時30分まで行われたリハーサルを終え、楽屋弁当で腹を満たし、満を持して俺はマイクを片手にセットの真ん中へと立った。


スタジオには時刻を正確に伝える時報が鳴り響き、午後9時00分丁度には番組のタイトルコールと共に、ランキング・テンは始まった。――――――




今泉涼子ちゃんに相談した時、彼女にズバリと言われた。


『多分それは、厳島くんに惚れてるね』と



ニューヨークでの思い出というよりも、どちらかと言えば厳島裕二くんと過ごせたことの方が、私からすればずっと有意義な時間だった。


新宿音楽祭の時、なんとも言えない感情になったことは今でも覚えている。観客席から飛んできたビール瓶から私を庇ってくれた時、私にはどうしようもなく彼が輝いて見えた。


脈拍が強く波打つような、彼を前にすると体が火照ってしまう、思わず彼の前に立つと口を噤んでしまうのもそのせいだ。


今まで、好きな男性は強いて言うなら近衛雅彦さんのみだったが、アイドルとして...ファンとしてでなく、純粋に男性として、厳島くんのことが気になっているのが現状だ。


きっと彼にとって、私からの好意は迷惑でしかないと思う。何せ、彼は熱烈なファンが大勢いる人気アイドル、仮に私の好意が世間に気づかれてしまえば彼自身に迷惑がかかってしまう。


今は自制するのみ。ただ、遅くとも彼が海外進出をする前に、この胸の内の感情を彼に伝えなければならないことは自覚していた。

どこか、焦らないと...彼はもうずっと手の届かない存在になってしまうそうな気がして...。



『第3位 中川朱美 2人目の恋人 8862点!』

『さて、現在...中川さんはニューヨークにいらっしゃいます。中川さん』


「こんばんはー」


ランキング・テンの中継を受けながら、私はマイクに声を向けた。ニューヨークの街中でテレビカメラの前に立つ日本人の女子高生はさぞ、ニューヨーカーに珍しく写ったのか、辺りには野次馬ができていた。


『それでは歌っていただきましょう、今週の第3位。中川朱美さんで 2人目の恋人』


イヤモニ越しに伝わる厳島くんの声と共に、私は歌唱をした。




















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