第21話

頭上に光るは番組タイトルがデカデカと装飾されたセットだった。テレビで見ていた時よりも格段に大きく感じたそれは、ここの舞台に立つものにしか見れない特権である。


俺は今、セット裏の階段にいた。

左の壁を一枚挟んだ向こう側ではすでに多くの観覧客が座席を埋めつくしていた。


毎週日曜日に生放送される音楽番組『レッツオーユース』近頃のティーンの間では毎週この番組を午後5時から一時間、少し遅めのおやつ時にスナック菓子を頬張りながら見て、翌日月曜日の学校で話題に上がるというのが通例となっていた。そのティーンのうちの一人である俺としても、テレビの前で毎週欠かさず見ていたこの番組に出れたことに対して並々ならぬ感動を覚えていた。


時刻は午後5時、番組のオープニング曲が壁1枚挟んだすぐ横で生演奏される。低いバスドラムの音が体の内側に響き渡る。やがてスタッフの指示により、目の前にそびえる階段に一歩一歩足を踏み出した。


段々と歩みを進めるにつれて目の前の景色が開けてくる、そして階段の頂上に到着した時、俺を迎えてくれたのは舞台上の華やかなダンサーの踊りと、一面に広がる観客の興奮と歓喜が入り交じった甲高い声援だった。





21





ここ数日、一日に何件もの仕事を回るということが当たり前になってきて、一体どこの物好きが俺を仕事に起用しているのかは甚だ疑問ではあるものの依頼が来るということはそれほど需要があるということなわけで、つまるところ何が言いたいかと言うと俺は今、近年稀に見る売れっ子と認知されているらしい。


自分で自覚はなかった、芸能人たる職業に就いているからには誰もがこういった多忙な日々を送っているのではと思ったものの現実は違うらしく、燻っている芸能人がこの業界では大半を占めているとの事。


ではなぜ俺が売れっ子に至ったのか、それはもちろん幸いにもマネージメント能力が高いという要因もあるが、宇治正さんが言うには俺という存在がアイドルとして活躍していることが極めて異質であるかららしい。


今にも過去にも、俺のような自ら作詞作曲編曲を手がけかつその曲の出来栄えがプロに負けずとも劣らないような良作を生み出せるというアイドルはいなかったらしく、本来であればそういう人間はシンガーソングライターとしてもう少しミュージシャン寄りの形でデビューするはずがバラエティ番組にも頻繁に出演するアイドルというレッテルで活動していることが世間に対する衝撃を大きくしているらしかった。


それに相乗するように、まとわりついたのは年齢という言わば人間誰しもが通過するステータスのようなものである。


例えば25歳と16歳の男ふたりが全く同じ曲を作り上げ発表したならば世間的にはどちらに興味の矛先が向くだろうか、それはもちろん年齢の若く将来も有望な16歳のほうだろう。ある意味これは強力な武器かもしれない、年齢がたった9つ違うだけで世間に対する影響は大きく変わってくる、大人が作った曲より少年が作った曲の方が興味を引くだろう、だからちょうどその16歳という年齢の俺が作詞作曲を手がけることはアイドルを知らない世代や人間から見てもかなり異例かつ新鮮と捉えられている。


以上2つの理由を挙げ俺が売れっ子に至った要因を言わせてもらったが、最後に一つだけ言わせて欲しい『売れっ子は大変である』




俺のブロマイド写真なんか誰が買うんだという疑問を喉の奥にしまいつつ、写真撮影を終えた俺が向かったのは音楽番組『レッツオーユース』が公開収録されるNNN文化ホールだった。


かの有名な紅白歌合戦も行われるその会場では普段、オーケストラのリサイタルやこういった他の番組の公開収録のための会場として使われるケースが多かった。


会場はとにかく広く、スター降臨の最終決戦が行われた後楽園ホールの1.5倍程のキャパを誇り、建物自体は古いものの設備は最新鋭のものが揃えられている。音楽番組をする上ではもってこいのベストな会場と言って差し支えないだろう。


そんなNNN文化ホールの駐車場に車は停り、我々は会場の関係者専用入口へと向かった。

夏休み期間であるせいか、会場の正面玄関には多くの観客、主に小学生や中学生が集まっておりなるたけバレないように帽子を深く被りサングラスをかける、自分で言うのもなんだが世間的な知名度は上がってきているためこうして簡易的な変装でもしないと落ち着かない性分になってしまった。


のだが、



「あれ...厳島くんじゃない?」


「...」



後方から聞こえてきた嫌な声、完全にバレている。

冷や汗をかきながらその場を後にしようとするものの依然として着いてくるのは女子高生2名と小学生数名だった。



「宇治正さん...」


「これ…」



宇治正さんに助けを求めようと声をかけた瞬間、彼が胸元から出したのはマジックインキだった。

だされたマジックをマジマジと見つめる俺、対して宇治正さんは右手にGoodポーズをしながら若干遠くの方へと立ち去って言った。


後方から迫る若者、立ち尽くす俺、その後俺がサイン地獄に見舞われたのはものの数秒後の出来事であった。

・・・

・・



「なんで逃げたんですか!」


「だって、私がいるとファンの子も萎縮しちゃうでしょ?それにこういったファンに対するサービスもこの仕事をする上では重要だし...」


「だからといって置いてくのは酷いですよ」


「まぁまぁ結果的にこうして無事だったからいいじゃないか、それにちゃんと安全なのか遠くから見守ってたし」


「それ、少しでも危険があることを示唆して言ってるんですよね、だったら遠くに行くなんて真似やめてくださいよ!」


「わかった、わかったよ今度からピッタリと片時も離れずについて行くから」


「いや、プライベートの時間は侵さないでくださいよ」



ようやく楽屋へとたどり着いた俺は宇治正さんに文句を垂れ流しながらお菓子をつまんでいた。

普段なら楽屋に着くなり挨拶へと向かうはずなのだが、息抜きも宇治正さんから大切だと言われているので一日に一回はこうしたお菓子タイムを挟むことにしている。


お菓子やお茶などは番組側が用意してくれているケースが多いので、遠慮せずに頬張ることが出来るが故にこちらとしても高校生の僅かなお小遣いから出費をせずに非常に助かっている。


会話に花を咲かせていたその時、突如として楽屋の扉が叩かれた。番組スタッフだろうかと気軽に「どうぞ」と返すと、そこに居たのは清子ちゃんカットでフリフリとした衣装を着た非常に可愛らしい女性であった。


思わず予想外の出来事にたじろぐ俺、思えば此方から楽屋挨拶を頻繁にしているにもかかわらずこうして挨拶をされる側になったことはこれが初めてであった。


とりあえず、立ち上がり挨拶をする。



「オーシャン・プロダクション所属の今泉 涼子です、本日はよろしくお願いします」


「よ、よろしくお願いします 」


「今日...すっごい嬉しいです」


「はい?」


「私、厳島さんにずっと会いたかったんです」



今泉さんは靴を脱ぎ畳に上がった途端、俺の手を握ってきた。微かに揺れた髪から柑橘系の香りが鼻をくすぐる。彼女は握った手をブンブンと上下に振るった。小柄な女性からは想像もつかないほどの力強い握手は一種のたくましさを感じさせた。

例えるなら清子さんが清楚系だとすると彼女は体育会系のような、なにか雄々しくも美しさを兼ね備えた雰囲気を身にまとっていた。



「あ、すいません...痛くなかったですか?私力が強いって言われるもんで」


「え、えぇ大丈夫です」



彼女は自身が激しく握手していたことに気がつくと手を離した、俺は若干痛めた肘を擦りながら苦笑いをする。

彼女は太陽のような明るい笑顔をこちらに見せると、俺と宇治正さんに一礼して「ありがとうございました!同じ82年組として頑張りましょう!」と大きな声を出しながら嵐のように去っていった。


楽屋が一気に静まりかえる、嵐の後の静けさとはまさにこの事、俺はそんな静けさの中、心のどこかで『彼女とは今後とも接点がおおくなりそうだ』と彼女が今後人気アイドルとなるビジョンを思い浮かべていた。

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