三大新人賞 編

第25話

俺は右手を握りしめ拳をこしらえた。

顔は恐らく怒りの表情に包まれているに違いない、目の前にいるこの男はどこか小馬鹿にしたような態度で煽ってくる。


だめだ、ここは抑えろ。そう自分に言い聞かせてあくまで大人の対応をとろうと取り繕った。



後方から光が刺した。





25




そのニュースを小耳に挟んだ時最初に思ったことは、昨日止めていればという少しの後悔と、自分になにかできないことはないかという善意的な気持ちだった。


水谷きみえさんが失踪した。



まだそう断定はできないものの昨日の夜から音信不通とのことで、一応の確認をとるためにW&Pにも連絡が入った。



「そちらに水谷きみえちゃんはいませんか?ってマネージャーさんに聞かれたけどまぁ知っての通りいないわけだしさ」


「それで、居ないって返したんですか?」


「一応ね、ただこちらとしてもそれを聞いて黙ってる訳にもいかないわけじゃない、だからなにか協力できることはないかって言ったら頑なに断るもんだから...」


「...心配、ですね」


「そりゃもちろん」



仕事に向かう途中、これ程 不安な思いをしたことはこれが初めてだった。何せ昨日まで昼食を囲んでいた同い年の女子が、突如として消えたわけであるからして、心配どころの騒ぎではなかった。


芸能人という職業をしているが故に、一部の過激なファンによる誘拐の可能性だってある。最悪の事態だけは避けていてくれと願うことしか出来ない俺は自分の不甲斐なさに反吐が出た。



「宇治正さん、協力 してくれませんか」



後部座席からミラー越しに映る宇治正に向かって俺は話しかけた。―――――――――――






「いやいやいや...」


「まさに、絵に書いたような不良少年たちだね、これは」



いま、とてつもない数の不良に取り囲まれていた。眉のない者、パンチパーマの者から立派なリーゼントを頭に蓄えた者まで、不良の見本市といえばまさにここであると言っても過言ではないほどに多種多様な顔面凶器がこちらを睨みつけている。


ここ木更津市は水谷きみえさんの故郷である。水谷さん自身が言っていたから確かだ。

彼女が言うに、自分の故郷は不良少年や少女が学生の大半を占めており、もしも木更津に来る際には用心をとの事。


本当だとは到底思えず、意気揚々と木更津駅から出たらこの有様だ。

ただここに来た理由はこうして不良の皆様方と戯れるためではなく、失踪した水谷さんの行方を探すためであった。


故にこうして駅の前で不良に囲まれ立ち往生している訳にもいかないわけである。



「あのちょっとどいて貰えませんか...」



「あぁ?」


「誰の都合でここ退かなきゃいけないわけ?」



「………」



平和的な解決は今の会話からして到底不可能とみた。早くこの場から動かねばならないという焦りから恐怖よりも苛立ちが込み上げてくる。

ただそんな気持ちとは裏腹に場の空気は二人の男の声によって変わった。



「てめぇら、何偉そうに固まってんだ」


「一般人に迷惑かけてんじゃねぇぞ」



やけに長身のふたりだった。

今まで周りを取り囲んでいた不良とは圧倒的に違う、どこか普通にしていたら平凡な学生に見えるような風貌だった。

そんなふたりを見るやいなや、周りを取り囲んでいた不良は一斉にして手を後ろにまわし深々と頭を下げた。



「次、んな事やってるの見かけたら半殺しで済むと思うなよてめぇら」


「付け上がるな、三下が」



たった2人という少人数であるにもかかわらず今周りにいる不良達に向かって啖呵を切っていることから、この男たちはかなりの強さもしくは地位にある不良少年であることは安易に想像できた。


少年ふたりは我々の存在に気がつくと何やら申し訳なさそうに頭をかきつつこちらに近づいてきた。



「いやぁすまねぇな、俺らのような不良が一般の方に迷惑かけちまって」


「後でちゃんと言い聞かしとくから夜露死苦」


「よ、よろしく?」


「俺らの挨拶だ...まぁいい、ていうか思ってたんだがあんたテレビ出たことある人だろ」


「え?知ってくださってるんですか?」



まさか不良少年にまで知られているとは驚いた。



「そりゃもちろん...あぁ...えぇと、カワサキ」


「兄貴、そりゃバイクのメーカー名だぜ」


「馬鹿野郎、わかってるに決まってんだろ」


「正解は厳島、厳島 裕二 ほら最近テレビ出てんだろ?」


「そうか...厳島か、おう今思い出した」


「俺が名前言ってから思い出してどうすんだよ」



まるで漫才のようなやり取りが目の前で繰り広げられていることに思わず戸惑う。そんな中、その戸惑いの原因である当の本人は自己紹介をすると同時に自らを親指で指した。



「俺の名前は盛岡 隆二っつうんだ、よろしくな厳島」


「俺は盛岡 健吾、隆二の兄だ。夜露死苦」


「よ、よろしくお願いします」



とりあえずこの只者では無い雰囲気の2人の刺激を抑えつつ軽く挨拶を交わした。



「...んで、木更津ふんだりまで何しに来たんだ」


「あ、いや人を探していまして」


「人探し?誰だ言ってみろ、俺らのような不良は情報網が広ぇんだ、役に立てるかもしんねぇぜ」



なぜ初対面でこれ程親切なのかという疑問をしまいつつ、少しでも情報が手に入ればという希望から思い切って水谷さんのことについて聞いてみた。



「水谷きみえさんって知ってますか」


「おう!きみえちゃんか、木更津のスーパースターだぜ」


「あぁ、俺たちゃ彼女を応援する親衛隊の1人よ...で、きみえちゃんを探してんのか、そりゃまたなんで」


「実は...その、失踪しまして」


「失踪?おい、んな事なってんのか」


「んな事?」


「おうよ、きみえちゃんなら昨日この街に戻ってきたって話題になっててよ、実際昼辺り街ん中で見かけたぜ」


「じゃあ、この街に水谷さんは居るんですね」


「あぁ」


「ちなみに、今どこにいるかっていうのは分かりますか?」


「...っ?多分、家じゃねぇか きみえちゃん家つったら確か、第一小学校の近くだったような、まぁあんたなら顔も世間的に割れてるしよ、近隣住民に話しかけりゃ一発で家の場所分かると思うぜ」


「あ、ありがとうございます!宇治正さん行きましょ」


「う、うん」



有力な情報を得た我々は早速水谷さんの捜索へと乗り出した。――――――――――――





私がこうしてこの街に戻ってきた理由は、単に仕事が嫌になったとか、久しぶりに家族の顔が見たくなったとか、そういった自分への甘えではなかった。


今日こそはっきりと、今の彼氏に別れを告げる。

そう覚悟を決め、鈍行列車に乗った。


電話で一方的に別れを告げることも考えた、ただそうすると相手が両親に何をするかも分からない、きっちりと話をつけて縁を切るには会って話すしかないと考えての行動だった。



「久しぶり」


「おう、この前は金ありがとな」


「...」



日が傾きかけた中の島大橋のたもと、私は口を開いた。



「私たち別れよ...もう」


「...は?」



私の拳はいつの間にか強く結ばれていた。




















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