デビュー 編
第15話
「ここ…で髪を切るんですか」
「そう、君ももうすぐデビューだからね 第一印象は大切だよ他の子から確立を図れるし…そのためにはまず髪型から」
「今のままでもいいと思うんですけど」
「まぁまぁ、安心しなさんな ここはかの清子ちゃんカットを生み出した有名サロンだからね、私の知り合いが務めているんだ」
「そういう事じゃなくて…はぁ…」
四谷の一角にあるオシャレなヘアサロン『ヘアーランウェイ』は多くの芸能人が足繁く通う有名ヘアサロンだ。時たま草薙に見せられたアイドル雑誌の中でも取り上げられており、その人気に火をつけたのはかの蒲田 清子で『清子ちゃんカット』という大発明を生み出したのは何を隠そうこの店である。
今や街ゆく女子は八割型『清子ちゃんカット』をしており、その小顔効果とふわふわとした可愛らしさの相乗効果によって一大ブームを巻き起こしている。が故に、店内のほとんどの客は女性であった。
その様子は店先の大きな窓から確認できて、今まさにこの空間に男2人が突入しようと言うのだから、少し渋るのも致し方のないことだ。
ただそう思っているのも俺だけのようで、先程から宇治正さんはとっとと突入してしまおうと息巻いている。
「行きますか……」
「お、覚悟を決めてくれたね」
ここでうじうじしていても仕方が無いので、覚悟を決めて店の中に入ることにした。
ガラスの戸を開ける。入口に着いていた鈴の音に従業員が気がついたのか、明るくいらっしゃいませと言われ、会釈をしつつもまずカウンターへと向かった。
宇治正さんが予約していることを店員に言うと希望する美容師を呼んだ。しばらくすると癖の強そうな大きな帽子を被った男性がでてきた。
「久しぶりぃ…元気してたァ?」
「もちろん…今日はこの厳島くんのカットをお願いしたくてね」
「あらぁ…可愛らしい子じゃない、どうする?どんなカットにするぅ?」
「あ、えーっと……」
思ったよりも個性が強くて若干戸惑う。
それにどんな髪型がいいのかもファッションに疎い俺にとって思い浮かぶはずもなく、無難な答えを導き出した。
「かっこよく…」
「…かっこよくねぇ、随分と大まかなご注文だけど…」
「出来るか?隆二」
「あたしを舐めないで欲しいわ、これでもベテランなのよぉ…まぁこの子の場合はお顔も小さいし、スタイルもいいから、あまり毛量も多くなくていい…そうねクールかつどこか優しさが溢れるような……少し待ってて」
そう言うとどこかへと消えていった。
今のうちにあの男性のことについて宇治正さんに聞くことにした。
「あの人は…」
「あの人は私がこの業界に入ってから知り合った
「なるほど…なんか個性の強い人でしたね」
「まぁね、前からあんな感じだよ」
俺と宇治正さんが高峯さんのことについて話し合っていると、何かスケッチブックを持って高峯さんが戻ってきた。
「ジャーン、こんなのはどう?」
スケッチブックを広げ見せられたのは、独特な髪型だった。短くも少しボリュームがあり、今流行りのパーマではなく前髪を流すようなどこか清涼感を感じる。
「クールかつ優しさを感じられる髪型、ぱぱっと思いついた中で一押しを選んだわ」
確かに書かれたイラストを見る限りそういった印象を感じられ、とてもいい髪型だと思う。ただ田舎者の俺にとってこれ程 弾けた髪型が似合うかどうかは分からない。
「じゃあ…これで」
もう、どうにでもなってしまえと言わんばかりに高峯さんの腕を信頼することにした。
席に案内され座ると、ポンチョのような 服に髪がつかないようにガードするシートをかけられた。
髪は霧吹きで濡らされ、高峯さんが淡々とハサミを動かし髪を切っていく。
濡れた髪が落ちる感覚が頬を掠めて感じられた。
翌日、いつものように学校へ登校し教室の扉を開けた途端、クラスメイト全員がこちらを凝視した。
いつもより軽い髪を見たそれぞれの反応はマチマチだ、ただ変な目で見られている感覚はなかった。
奥にいた草薙がこちらへ寄ってくる。
「お前…どうしたその髪」
「あ、いや…昨日事務所の人に切らされた」
「ホントか…いやすげぇな」
「なにが」
「人間って髪切るとこうも印象変わるんだな、なんか前の陰気な感じから爽やかになってるぜ」
「お、おう」
「どこで切ったんだよ、教えてくれよ」
「もしかして同じ髪型にする気か?」
「だって、なんか最先端って感じがするからよォ」
「んー…ヘアーランウェイ」
「……やったな」
「…なにが」
「やってんな、俺ら学生の経済力で行けると思うかそんな有名サロン」
「え、そんな高いのあそこ」
「だって芸能人御用達だぞ?予約も大変だろ」
「いや…なんか、数日前に予約したみたいだけど…」
「………芸能事務所ってすごいんだな」
「…みたいだな」
数ヶ月後、この髪型が厳島カットとよばれ、若い男性らの間で若干流行になること、また草薙もこの髪型になることをまだ知らない。
15
夏休みに差し掛かる直前、学校では夏季休暇中の過ごし方について説明をされた今日この頃である。
残すはB面の録音だけになるものの、予想よりも早くデビュー曲『東京ロープウェイ』が出来上がったため急遽レコード発売日が前倒しになった。
これは事務所としても嬉しい誤算で、夏休み期間を目一杯つかって宣伝をすることが出来ると宇治正さんも喜んでいた。そんな中、我が家に一本の電話が入った。
電話の主は宇治正さんであった。
「もしもし」
『もしもし、悪いねこんな時間に』
「いえ、大丈夫です」
時刻は20:00、夕飯も食べ終わり新曲作りに励んでいた俺はかかってきた電話に応答した。
「どんな御用で」
『いや、仕事が決まってね』
「ホントですか…」
仕事、実質今回が芸能事務所に所属して初の仕事だ。どんな内容がワクワクしつつも相手が答えるのを待つ。
『実は知り合いに番組のプロデューサーがいてねそいつに頼み込んで出させてもらうことになったよ 夜はヒットスタジオ』
「え、あのヒットスタジオですか」
『そう、そのヒットスタジオ』
夜はヒットスタジオ ランキング・テンとしのぎを削りあう有名音楽番組だ。セットの豪華さや演出に定評があるランキング・テンとは違い、長年の経験によるカメラワークや楽器隊の巧みな生演奏等々多くの国民に愛されている長寿番組で数多の有名歌手が歌唱をしている、言わば王道の音楽番組。
そんな番組に出演できるとは至極光栄である。
「本当に出演できるんですか」
『あぁ、急遽になるけど』
「ということは…もしかして」
『生放送だからね、お察しの通り明日』
「明日…」
夜はヒットスタジオは生放送番組で、毎週木曜日に放送されている、今日は水曜日、そして明日は木曜日、つまりはどう足掻いたって明日出演ということだ。
「ちょっと待ってください…気持ちの整理が」
『なに、大丈夫だって…ぱっと歌ってぱっと少し話すぐらいだから』
「そんな簡単に言わないでくださいよ…これでも数週間前までただの高校生だったんですからね」
『まぁ、明日までに気持ちを整理しつつも喉の調子整えといてね』
「分かりました…失礼します」
『はいー』
今日の夜は眠れそうになさそうだ。
まるで、遠足の前日のごとく言い知れぬ緊張に体を震わす。少し早めに寝ようと歯磨きをし、早速布団に入るなり俺は安眠してしまった。
緊張は睡魔に勝てない。
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