第11話

高校生という、ある意味では人生の中で3年間だけの短い間に青春が濃密に詰まった時間が始まろうとしたときは、言い知れぬ興奮とともにどういう青春が待ち受けているのだろうかという期待が頭を埋めつくした。

ただ、実際の高校生活は思っていたほどの薔薇色になるはずもなく、彼女と共に茶店サテンでコーラフロートをハート型のストローで一緒に飲むという定番のデートプランも叶えられそうになかった。


ただ、その中で出会ったのが草薙という面妖な男であった。






11






日曜日、週一の休日を使ってこれから所属するW&Pの見学も兼ねて挨拶に行くことになった。

右手には親に持たされた菓子折り、ひよこ饅頭がぶら下がっていた。

たしかこのひよこ饅頭 母が親戚のおばさんからもらった土産物だった気がするが…。もしかして使い回しでもしているのだろうか。


そう思うと、やけに軽く感じる右手を少し揺らしながら駅の外に出る。照りつける太陽に若干目を細めながらすでに待ってくれているであろう宇治正さんを探した。



「厳島くん、こっち」


「あぁ…いた」



手を振る宇治正さんの元へ足を速める。



「久しぶり 元気してた」


「おかげさまで…あ、これ母からです」


「へぇ、ひよこ饅頭ね…」


「なにか問題でしたか」


「いや、何も…さぁとりあえず事務所に行こうか」



我々は事務所に向かって歩みを進めた。



W&Pが入っている内丸ビルは意外と駅から近い位置にあり、そこら辺に並んでいる建物とも大差つかないような外観は、日本でブームを巻き起こした2人組アイドル ホワイトバルーンが所属していたとは到底思えないほどの平凡さを第一印象として感じさせた。


入口のガラス戸を開き、急な階段を登ると姿を現したのは事務所の名前がかかれた年季の入った扉だった。



「この先が我がW&P本社のオフィス…っていってもあんまり期待しないでくれよ 外観から分かると思うけど 結構狭いから」



宇治正さんが扉を開ける、すると中に入った途端 まばらな拍手とともに数発のクラッカーが俺を出迎えた。



「ようこそW&Pへ ここがオフィスで今は5名のスタッフが働いてくれてる」


「5名…」


「以外に少ないでしょ、まぁ今は規模は縮小されてるけど昔は一等地の大きなオフィスに居を構えていたんだよ」



宇治正さんがフォローを入れるように話す。

スタッフの皆さんはそんな俺たちにすでに興味を失ったのか、自らの席に戻り事務仕事を始めていた。



「うちの事務所の有利な点はまず海外とのパイプもそうだけど、国内にレコーディングスタジオを所有していること、この事務所を見て想像はつかないだろうけどかなり大きくて立派なスタジオなんだよ 意外と」


「レコーディングスタジオ…」


「ま、まぁ…今はピンと来ないかもしれないけど、プロになったらその有利さはわかると思う…うん、わかってほしい………じゃあ、早速社長のところに挨拶に行こうか」


「はい」



一抹の不安が頭をよぎる。

本当にこの事務所でよかったのか、ただその心配が晴れるのはそう遠い未来ではなかったことをこの時の俺に教えてやりたい。




オフィスのすぐ横にある扉を開けると、そこは学校の校長室を彷彿とさせるような革張りのソファと机が並べられており、先程のオフィスとは想像もつかないほどいかにもお偉いさんの部屋といった感じだった。


傍らにはパターゴルフのグリーンが敷かれ、机に置かれた扇風機の風が髪を揺らした。部屋の奥にある椅子に座っていた肥満体型の口ひげを生やした老人がパタパタと扇子を仰ぎながらこちらに気がつく。



「なんだ、来ていたのか…ノックぐらいしてくれ」


「驚かせようと思いまして…この子が、かの厳島くんですよ」


「なるほど…確かにダイヤの原石と言うだけある…これからよろしく 私は小田おだ夫久ふく


「厳島裕二です、よろしくお願いします」


「よろしく、ささ 座りなさい」


「はい」



対面に並べられたソファに腰をかける。

社長の座った席の肩越しにはホワイトバルーンが取った日本レコード大賞の楯が飾られていた。



「今日来たのは挨拶というわけかい?」


「はい」


「いいえ、違います」


「え?」


「ん?」



俺がはいと答えた瞬間に、それを遮るように否定したのは宇治正さんであった。



「社長、レコードの発売期間を1週間 早めてもらうことは出来ませんか」


「…もう決まったことだろう、きっちりと三週間後 それであっちとも折り合いが着いたはずだ」


「いやしかしですね…」


「あの、さっきから話が読めないんですが」



いきなりよく分からない話が展開されだして頭がこんがらがる。三週間後やら折り合いやら、何が何だかさっぱりだ。



「いいかい厳島くん、君のデビュー曲が発売されるのは実は三週間後って決まっててね」


「え…いつから、そんな話を」


「君を自宅まで口説きに行った日からだよ、それで 発売するレーベルと話し合いの結果三週間後を目処に、デビュー曲を発表して売り出そうってなったわけだけど 私としてはどうしてもそれが納得できないから、君の挨拶のついでに今ここで直談判をしようってわけさ」


「なぁ、宇治正 話の途中悪いが一週間早めてくれってのはどういう了見なんだ」


「社長 三週間後じゃ遅すぎます、それじゃあ間に合いません」


「どういうことだ」


「重要な時期があるじゃないですか、特に学生にとって」


「もしかして…夏休みか」


「はい、夏休み中 多くの学生が自宅に居るタイミングじゃなきゃダメなんです」


「まさか…」

・・・

・・




午後2時、無事帰宅した俺は帰ってくるなり手洗いうがいをしてすぐさま部屋にこもった。本立ての中から大学ノートを数冊取り出すとペラペラとめくる。

帰宅早々こうして忙しなくノートのページをめくっているのはすべて宇治正さんのせいである。


W&Pは一律 大手レコード会社のレーベル ベクターレコードと契約を組んでおり、言わばW&Pに所属した全ての歌手はこのレーベルと契約することになる。


そのベクターレコードと今回W&Pは話し合いの結果、俺のデビュー曲を三週間後に発表するという結論に至ったわけであるが 宇治正さんは一週間早めてくれと今回社長に直談判をした。

理由は夏休み中は比較的学生が家に居ることが多い時期であるが故に デビューしたての俺をテレビを通して多くの人に知ってもらうことが出来るという明確なものでであった。

それに関しては俺もなるほどなぁと感心したが、問題なのはその後のことであった。


まさか、デビュー曲を俺が書くことになるとは思いもしなかった。


しかも期限は最低でも3日、鬼である。

そもそもデビュー曲が三週間後、否今は2週間後であるがそれほど早く発表するなんて聞かされていなかったし、俺が曲を書くなんてことも一言も伝えられてなかった。ホウレンソウ、言わば報告、連絡、相談はどうしたのやら。


ただ、今まで作ってきた曲を乱雑ではあるものの書き記した、言わば作曲ノートが手元にあったのは不幸中のさいわいと言えよう。中学の時から書き記してきた、この黒歴史とも言えるノートの内容をまさかこのような形で、公の場に出すことになるとは当時の俺だったら考えられないことではあるものの、3日という馬鹿みたいなスケジュールを間に合わせるためには致し方のないことであった。

俺はノートをパラパラとめくりやがて熟考した挙句、つい数ヶ月前に作った新たな曲をデビュー曲に起用することを渋りながらも決意した。






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厳島裕二の作曲ノート


計7冊の大学ノートの中に28もの曲がこと細かく書き記された、本人の中では国家機密よりも機密であるといえる代物。1曲ごとにコードだけでなく歌詞やその他の楽器のパート等々が記されているためこのノートがあれば当分曲には困らないであろうと思われる。


しかし中には厳島が深夜テンションで作った闇の深い曲もあるので今回苦肉の策としての出番以外は使われないだろう。(たぶん)


なんで厳島がこんな天才的に作曲ができるのかと疑問に思うかもしれないが、そのことに関しては話を追うごとに少しずつ書いていくためあしからず。


ただ一言言いたいのは、決して努力せずにこの能力を身につけた訳では無いということはこの場で断言しておきたい。

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