第12話

どうせなら与えられた3日間という時間を使ってより作り込まれた、複雑かつ細やかな曲に仕上げてやろうと躍起になった俺は、学校から帰るなり直ぐに机に向かい編曲作業に没頭した。


宇治正さんからデビュー曲の作詞作曲を頼まれた俺は、過去これまで作った曲の詞やコードが記載された作曲ノートから一曲引っ張り出すことにした。

このノートに書かれている曲はまだ作曲経験の浅はかな中学校時代のものから最近になって作ったものまで揃っており、大体のものが完成系に近い状態でノートの中に保管されていた。


完成系というのはギターのコードだけでなくベースラインやパーカッション、ピアノの音色等々独学ではあるもののある程度肉付けをしてある状態のことで、恐くこのまま録音をしても粗相ない仕上がりである。


ただその仕上がりかけの曲をさらに味付けして調理をしてやろうと言うのだから、恐く蛇足になることは間違いなかった。




12




「君の頭の中は一体どうなってるんだい?」


「どういうことですか」



3日後、赤坂の事務所に訪れた俺は宇治正さんに出来上がった譜面を見せにきていた。

ただその譜面をみた宇治正さんの反応は予想に反してあまりいいとは言えず、ただそれも曲の出来栄えであるとかではなく、別の方向からによる不評であった。



「いや…とても高校生が考えるクオリティではないんだよねぇ、詞といいこの演奏楽器の量と言い…私はてっきりもうちょっとシンプルかつ少ないものだと思ってたんだけど…」


「問題だったら修正しますけど…」


「いや、別に問題ってわけじゃないんだよ…ただ間に合うかなこれ…あと一週間ちょっとだよ…ギター、ベース、ドラム、ピアノ…それにアコーディオンとシンセサイザー?弦楽もあるし管楽器だって…」


「一応計画としては各パート3つの楽器で合わせて録音していくって寸法なんですけど」


「それなら行けるのかな…最悪 形になっていれば問題ないわけではあるし…うん、これでやってみよう」



宇治正さんの心配していたことは期限であった。

あれほど啖呵を切ってしまったからには必ず二週間という短い間で曲を完成させなければならないわけであるが、俺の書いてきた譜面が予想に反して複雑なものだったらしく、全てのパートを撮り終えることがはたしてこの短期間でできるのかという不安は彼の表情を見る限りひしひしと伝わってきた。


ただ一度に3つの楽器を合同で録音していったとしても、それでも間に合うかどうかというのは甚だ疑問で、このままの調子で行くと各パートの録音は1日ずつしかスケジュールが取れないということになる。弦楽器にしろ管楽器にしろ演奏してくれる人を探さなくてはいけないし、また声の録音もある。


ただこうにも短期間で間に合わせなければならないのは夏休み以外にも明確な理由があった。



「三大音楽賞って知ってる?」


「なんですかそれ」


「新宿音楽賞、銀座音楽賞、横浜音楽賞、どれも今年 または去年の暮にデビューした新人が出場する大事な賞レースなんだけど、その選考が大会開催の10月からそうだな…一ヶ月半前から行われるわけ」


「それに間に合うように…というわけですか」


「そういうこと、録音が完了してからレコードの発売まで期間が開くわけだし…全く、どうにかして大会の開催をおくらせたいけどそれは無理だし…」


「…なるほど」


「とりあえずこの譜面はこっちでコピーして預かっておくよ」


「はい」



思ったよりもだいぶ追い詰められていることを知った俺は何とかしてこの状況を打開できないかと思案してみたものの、一端の高校生に何か出来るわけでもなく遂に録音期間は始まった。

・・・

・・



「あの…録音するんですよね」


「そうだよ」


「普通レコーディングスタジオとかじゃないんですか…」


「今回は時間の関係もあるからね、ただし安心してくれここには日本中から集まった選りすぐりの若手演奏家達が集結しているわけだから」


「それは分かりますよ…なんせ東京藝術大学ですから」



芸術界の東大 いや東大が学問界の東京藝術大学と言っても差し支えないほど、日本が誇る屈指の名門芸術大学 東京藝術大学、そのキャンパスの正門の目の前に俺と宇治正さん並びに事務所のスタッフ数名は立ち尽くすようにして横一列に並んでいた。


夏らしくセミの鳴き声と微かに色々な方向からあらゆる楽器の音色が聞こえてくる。少しピアノの音に耳を傾けていると正門から一人の男性が出てきた。

口元には貴族のような立派なカイゼル髭を蓄えており、さらに丸メガネをかけたその様はとても現代にいるとは思えないほどのモダンな雰囲気を醸し出していた。


宇治正さんはその男性と握手をかわすと我々に紹介した。



「この人は作曲科で教授をしている 中留なかとめ昌彦あつひこ、私の高校時代からの友人でね…今日の録音ができるのもこいつのおかげって訳」


「よろしく」


「あ、よろしくお願いします」



中留さんは俺の手を両手で握ると大きく上下に動かした。



「いやはや、君の書いた譜面を見させてもらったがね、なんというかもうあれは…とても高校生の書ける代物じゃないというか…是非とも高校を卒業したらうちに来てくれることも視野に入れといてくれ」


「おいおいおい、ちょっと…なにをやってんの?」


「え?大学の勧誘」


「困るよ中留、あくまでうちのタレントなんだから…」


「いいじゃないか、藝大に所属しながらの歌手活動ってのも結構乙なもんだろ」


「悪いが厳島くんは海外進出する予定なんでね、大学の講義を受ける暇すらなくなるよ」


「な、それは残念だ…まぁ是非とも気が変わったらうちに来てくれ」


「け、検討してみます…」



若干中留さんの勢いに飲まれつつも我々はキャンパス内に足を踏み入れた。キャンパス内は非常に自然豊かで、たまに流れてくる風が心地よく、またその風に乗せられて歩みを進める度に様々な楽器の音が移り変わっていった。


やがて我々がたどり着いたのはキャンパスの中央に鎮座する器楽科の校舎であった。そこにはもう1人また別の大人が待ち構えていた。



「あぁ、こちらは器楽科で教授をしている相良さがらさん、今回は彼に生徒のリストアップを頼みました」


「よろしくお願いします」



中留さんによる紹介の後宇治正さんは早速名刺を取り出すと慣れた手つきでそれを渡した。その素早い手つき もはや職業病であると言えよう。実際、スター降臨決勝戦の時に楽屋で名刺を出した時はその速さたるやベテランのマジシャンかと思ったほどだ。


まぁ、そんなことはいいとして。


校舎を進むとかなり大きな扉の前にたどり着いた。

扉を引くとさらにその奥に扉、北海道の家のような入口二重構造に驚かされつつも中に入るとそこに待っていたのは巨大なホールであった。



「ここは生徒たちが普段合奏をする際に練習する部屋なんです」



相良さんによる説明を受け中に入る。

ホールの中にはチラホラと学生と思われる楽器を持った若者が思い思いに練習をしていた。

相良さんは手を叩き注目を集める。



「はい、みんな注目 こちらが今回 作曲を手懸けた厳島 裕二くんです」


「ぇ?」



まさかこういう形で紹介されるとは思っていなかったので思わず声が出る。



「「「「「「「「おぉ〜…」」」」」」」」



学生たちはそう言いながら拍手をし始めた。

一体どういう意図で拍手を向けられているのか検討もつかないが俺はとりあえず適当に頭を下げる。


この場で最も年齢の若い者が俺である、はたして高校一年生の俺に大学生をまとめあげることが出来るのか、言い知れぬ不安が胸を締め付けた。

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