第28話
広場を埋め尽くす人々、あちこちで親衛隊が群を形成しそれぞれが違った掛け声でアイドルを熱心に応援していた。
プレステージ、ついに本番となった我々は皆一斉に舞台に並べられ一人ずつ紹介される形で挨拶をした後、歌唱となった。
そこで注目すべきはやはり中川 朱美さんであった。
今泉さんが憧れているというだけあって、親衛隊の数も一際多かったイメージが強い。
先程まで足を痛めていたのにも関わらず今は平然とした表情を浮かべながらこれぞアイドルといったオーラを感じさせた。
やはり我々を含め他のアイドルとはどこか違う、一線を画したような雰囲気は蒲田清子さんと会った時の衝撃的な感覚に似ていた。
楽屋では前髪で隠れていた顔も今ではすっかりとさらけ出しており、落ち着いた雰囲気からは想像もできないほどに小動物のような可愛らしさを持つ童顔であることから、そのギャップも人を惹きつける所以であると推察する。
俺の知る限り今泉さん、水谷さん、そして中川朱美さん、この3人は花の82年組の中でもかなりの人気を今後獲得するだろうと踏んでいる。
28
出場者の紹介が終了し、各それぞれがアピールタイムとして歌唱することとなった。
新宿音楽賞は、本大会の会場日本武道館へ来場した観客による投票よって金賞銀賞各1名ずつ、また優秀新人賞8名選出される。
よって、こういったプレステージの場でも、来ていただいた観覧客にアピールをすることが事前に得票数を伸ばすことに繋がるわけである。
各一人ずつの持ち時間は歌唱曲の1番のみとかなり短く、その間にいかにして自身の魅力を伝えることが出来るかが鍵であった。
出番がかなり後半の俺は、順番が来るまでしばし楽屋の外にある花壇の縁に腰を下ろし、次に発表するであろう新曲の作曲作業に励んでいた。
そんな中、ノートにコードを書き込んでいる俺に対して一人の男性が話しかけてきた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
見覚えのある顔だ。
昨年の暮れから活躍している人気男性アイドルグループ『ツッパリ隊』のメンバーの一人、
「先程はすいません、少し興奮しすぎてしまって」
「いえいえ」
「お互い同い年で、業界でも数少ない男性アイドルですから、どうか仲良くして頂けると幸いです」
「丁寧にありがとうございます」
男性アイドルは貴重である。
宇治正さんがそう言っていた事を思い出す。
実際、現段階で活躍しているアイドルを女性男性に分けたとして女性の割合が約8割を占め、男性の割合が残り2割とかなり少ないことが伺える。
故に男性アイドル市場は非常に狭く、かといって需要も高いため他事務所は何としてでも我が社に男性アイドルを、と躍起になっている。
そんな争いを後目に活躍しているのが、目の前にいる黒部さんが所属している芸能事務所『サニーズ』であった。
事務所社長の圧倒的なプロデュース能力とその手腕を武器に、数々の有名男性アイドルをデビューさせ男性アイドル市場をほぼ独走で突っ走るほどの勢いを見せている、まさにアイドル界の一角を担う超大手事務所である。
そんな独走状態の中、ぽっと出の何処の馬の骨かも分からぬ俺のような存在が出てきてしまったのだから、若干のライバル意識はあるようで。
「俺たちは厳島さんのように作詞作曲能力も、極めて高い歌唱力もないです。ただ、同じ男として今回の三大音楽賞、なんぴとたりとも金賞を許すことはありません」
「...」
「お互いに頑張りましょう、それから悔いのない大会にしましょうね」
「え、えぇ」
互いに握手を交わす。
黒部さんはその後、メンバーと合流しとっとと出番の方へ向かってしまった。
俺はそんな黒部さんの後ろ姿を見ながら一言
「すごい男前だな...」
と呟いた。―――――――――
デビューしてから6ヶ月、今まで下町で育った平凡な女子にとってこの芸能界という世界はあまりにも刺激が強く、16歳という年頃ゆえか多角的な影響を多く受けた。
スター降臨の優勝から始まり、憧れの蒲田 清子さんとの初対面、夢にまで見ていた音楽番組への出演等々、常識では考えられない経験をこれまで幾度もしてきた。
たった5ヶ月という短い時間の中でこれでもかと言うほど波乱万丈な人生を歩んだ私にとって、厳島裕二さんとの対面は一段とどこか特別なものがあった。
厳島さんの話を初めて耳にしたのは今年の夏頃、ちょうど私がデビューしたてながらも、ファンクラブの設立を事務所から発表した日の事だった。
『スター降臨にとんでもない新人が出場している』
マネージャーさんから囁かれたその言葉、同じ大会に出場しデビューした、言わば先人として気にならないはずもなく、仕事の合間を縫って放送中の決勝大会の様子をブラウン管の前でマジマジと見つめたことは記憶に新しい。
出場者紹介の中で確実に一人だけ浮いている人物がそこには映っていた。スラリとした長身に白い肌、端正な顔立ち、言うなれば今までの男性アイドルとはどこか違う、美少年といった雰囲気を感じさせた。
マネージャーは言った。
『この子だよ、ほら一人だけ出場してる男の子』
『この人...ですか』
『うん、準決勝を1位通過した実力の持ち主、実はここだけの話うちの事務所もこの子の事を狙っていたんだよ』
『け、結果は?』
今流れているこの番組は数日前に収録されたもの、うちの事務所に引き込むことが出来たか否かという結果は既に出ているはずであった。
『ダメだった...実はどこの事務所も蹴ってしまってね』
『じゃ、じゃあデビューは?』
『するよ……W&Pから』
『W&P…』
『聞いたことあるかな?実は2年前までホワイトバルーンが在籍してた事務所なんだけどね、彼女らが解散してからめっきり勢力が縮小しちゃって...でも今回この逸材を獲得したことによって、これから急成長すると思うよ』
確かに。
そう納得せざるを得ない、ブラウン管越しでも分かるそのカリスマ性、他の出場者たちを寄せ付けないほどの圧倒的な差がひしひしと観ている側に感じさせるその様は、あの蒲田清子さんを初めて見た時と非常に近しい感覚があった。
案の定、彼はやってのけた。
スター降臨決勝大会から数週間後、デビュー曲である『東京ロープウェイ』をリリースした彼は新人ながらもオリコンチャートに着実に名を刻み、初手にて不動の人気を確立したのである。何よりその人気となった要因は彼のルックスはもちろんのこと、その天才的、独創的とも言える作曲能力にあった。
従来のシンプルな曲とは全く違う、複雑かつ前衛的でありながらも、聞くものに対して不快感を与えないその曲は、まさに新境地を切り開いたと言っても過言ではない。
そんな曲を若干16歳が作っているという事実が、世間への衝撃を強く与えたのである。
若き天才、次世代のアイドル、彼の芸能界での呼称を挙げればキリがないほど、その実力を荒波のように轟かせた。
そしてつい最近、またも彼は業界が騒ぐ台風の目の中心となったのだ。
水谷きみえさんへの楽曲提供である。
今まで数多のアイドルの中に埋もれていた水谷さんの才能を100パーセント引き立てたその曲は、デビュー曲、東京ロープウェイとは全く違う、別の誰かが作ったような、そんな曲だった。
悲哀的かつ、前向きな明るさを持ったその曲は水谷さんが歌唱することによって相乗するように良質なものとなった。
水谷さん、厳島さんが活躍してくれることは同じ82年組として非常に嬉しいことではあるものの、三大音楽賞やいずれくる、日本レコード大賞新人賞を競い合うとなると、これほど恐ろしい強敵はいないもので、正直賞レースをする前から私は意気消沈である。
中川朱美としてデビューし、今まで様々な経験を通じて多少なりとも成長してきたと自負はしているものの、果たして今の実力が彼らを上回るのかどうかと問われれば私は『いいえ』と答えるだろう。
私はこれから競わなければならないライバルに戦々恐々としていた。―――――――――
2日後、俺は神奈川へとやって来ていた。
何を隠そう三大音楽賞は一つ、横浜音楽祭がここ神奈川県民ホールで行われるのだ。
新宿音楽祭よりも規模は小さいものの新人賞レースとしては重要な局面であり。最も、一番最初に行われるが故に、出場者の人気度を投票数で数値化し、正確に知ることが出来るという貴重な機会なわけだ。
張り切らないはずがない。
昨晩からステージ上でのイメージトレーニングを繰り返しおこない、いかにして観客を圧巻させられるようなパフォーマンスができるかということばかりを思案していた。
はたしてこの思案がただの無駄な時間として消えるのか、結果としてプラスの方向へと傾くのかは神のみぞ知るが、俺としては今大会誰一人として最優秀新人賞、金賞を譲る気は無いとだけ言っておきたい。と息巻いているものの、正直いって獲得できるのか怪しいと言えるほどの面子が揃っている82年組、あまりにも強すぎるライバル達を前に自信を無くすのは無理もないことであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます