第27話
「凄い勢いですね」
「正直、ここまでとは思ってもなかったけれども...まぁ厳島くんだって負けてないよ」
「...そう言ってくれるのは有難いですが...」
楽屋に置かれたブラウン管テレビ、いま生放送中の音楽番組に出ている彼女の姿を我々は出会ったあの日と照らし合わせながら眺めた。
水谷きみえさんの新曲が発売されてから約2ヶ月、彼女の大躍進は留まることを知らず、着々と売上をのばし週間チャートでもしばしば上位にくい込んでいた。偏にそのブレイクは曲のおかげというわけでもなく、彼女の歌唱力や人物像が多くのファンを引きつける要因になっているとどこかの専門家が言ってたような気がする。
今までになかった幼さと大人っぽさの対比を全面に押し出したアイドル像と自己プロデュース能力の高さは宇治正さんも舌を巻くほどで、あの初めて会った時の頼りなさはもう欠片も残っていなかった。
俺はそんな彼女を同業者として末恐ろしく感じていた。
27
目の前に座る子供達はみなキョトンとした顔で我々を見つめていた。きっとこの場で、はしゃいだり声を上げたりしないのはよく教育された子役だからに違いない。ただ、それでも目の前にいるのは純粋無垢な少年少女、いつの日か自分もこの年齢を生きていたと懐かしく思いつつもそんな場違いな思案を片隅に追いやった。
宇治正さんに言われた言葉を思い出す。
「ここはどんな音楽番組よりも恐ろしい修羅の番組である」と。実際この業界に入る前はしょっちゅう観ていたこの番組、スターの本性が現れるだけあって観ている側としては十分に楽しめたが、その無垢な質問の矛先が自分に向けられるとなると、こうも感じ方が変わるものかと驚いた。
その修羅の番組、またの名を『歌唱ドッキリ大放送!!』日曜の正午に放送される音楽系バラエティ番組だ。現在その番組の中のコーナー『ちびっ子ドッキリ大質問』の真っ只中である。
「では最初に質問したい人、手を挙げてくださいね~」
「「「「はーい」」」」
「じゃあ、12番の男の子」
アナウンサーの方が手に持ったマイクを男の子の口元に近づける。
「いまいずみ りょうこ さんに質問です!いまいずみさんは 不良少女ですか?不良少年ですか?」
「えっ...」
幼い男児から発せられたとは思えぬ質問に隣に座る今泉 涼子さんも思わずたじろいだ。
なにせ、この質問は二択 しかも両方とも不良であると既に示唆されている内容、もちろん今泉さんは女性であるからして「不良少女」と答えるのが妥当だが、そうすれば不良ということを少なからず認めたということになる。
素早い回答が求められるこのコーナー、一休さん宜しく彼女は少しでも回答を長引かせる為に少年との会話アプローチを測った。
「なんで、不良少年...なのかな?」
「だって、かみが 短いから」
「あ、これはショートカットって言うんだよ」
「ふーん、そうなんだぁ」
「うん...」
「じゃあ、いまいずみさんは不良少女ですか」
「あ、いや違う違う...不良少女じゃなくて...ただの少女」
「ただの少女ってなんですか?」
「...ただの少女」
横で思案する彼女に俺は助け舟を出した。
「体育会系って言えばいいんじゃないですか」
「そ、その手があったか.....わ、私は体育会系少女です」
「体育会系?」
「そ、そう体育の女の先生とか...」
「分かった!うんどうのお姉さんだ!」
「う、うん!運動のお姉さん!」
「ありがとう!」
ようやく質問に一区切り着いたところで安堵する今泉さん、恐らく順番的に次の質問の矛先が向くのは十中八九 俺であろう。この番組が修羅の番組と呼ばれる所以は、幾人ものスターが先程のような答えに困るような質問の犠牲になっているからである。
肩の力を抜く、どんな球でも、たとえ内角低めのカミソリカーブ級の質問でさえでさえ拾ってみせるという気概の元、俺は身構えた。
「じゃあ、21番の女の子」
「厳島裕二さんに質問です」
「はい」
「厳島さんは……―――――――――
新宿音楽賞開催の1週間前、エントリー歌手を紹介するプレステージがここ新宿三井ビル 55ひろばの野外ステージで行われようとしていた。
夏場の猛暑は既に消え去り、乾燥した涼しい風が黄葉を揺らす、今大会で唯一 ギターの演奏を伴う歌唱をする俺にとってこのカラッとした陽気は最高のコンディションといえた。
宇治正さんが運転する車に揺られつつ会場入りをする。出場者用の駐車場には既に何台かの車が停まっており、先に着いているであろうライバルたちの存在を感じ思わず身構える。
レスポールのケースを片手に我々は楽屋へと向かった。
「ようこそ、お待ちしておりました」
「あ、W&P所属の厳島裕二と申します本日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、新宿音楽賞 実行委員の
灘さんに案内され向かった先は広場の野外ステージ横に特設された白いテントだった。入口のジッパーを開け、中に入ると長いテーブル机と同い年と思われる男女が複数人談笑をしていた。
やけに入りづらいこの空間、ゆっくりと歩みを進めるにつれて後方の宇治正さんが遠く感じる。
「じゃあ、頑張ってね」
「え、宇治正さんどっか行っちゃうんですか」
「うん、賄賂とか妨害工作の対処としてこういった賞レースは出場者とマネージャーが同じ楽屋に入れないようになってるから」
「なるほど...」
「じゃ、プレステージ頑張って」
「はい」
ジィィーという音とともに俺と宇治正は一枚の布で隔てられた。ジッパーの閉まる音が最後に発破をかけてくれたように感じた。
着ているスーツの襟を直しつつ俺は前に向き直った。
「あ、知ってる顔だ」
「あれ...」
聞き覚えのある声で話しかけられたことに思わず安堵する、声の主は今大活躍中のアイドル水谷きみえさんだった。
「その節はどうもお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ木更津での一件、勝手に介入してしまってすいません」
「そう謙遜なさらず...ほらほら、立ってないで座ってゆっくり待ちましょ?」
「えぇ、お言葉に甘えて」
彼女は机に並べられたパイプ椅子を一つ引き下げるとどうぞと言わんばかりに着席を促した。正直足腰が痛くなってきたところであったため、彼女の気遣いが有難かった。
早速席に着いた俺はギターケースを机の上に乗せ体を落ち着けることにした。先程までガヤガヤとしていた談笑はいつの間にか止み皆が俺の方をジーッと眺めていることに気がついた。
「「「「...」」」」
「な、なんですか...」
「...厳島 裕二くんですよね」
座っているうちの一人、童顔の可愛らしい女性が尋ねるように聞いてきた。
「え、えぇ...そうですが」
「ほ、ほんとですか...」
「はい...」
「わ、私
「あ、ありがとうございます?」
その後、他の出場者も競うように自己紹介を始めた、皆どこか興奮した様子で、先程までの談笑していた明るい雰囲気はどこへやら、形容しがたい熱量を帯びていた。
水谷さんはその理由を小声で分かりやすく教えてくれた。
「ほら...厳島さんってデビューしてから比較的早く売れたアイドルじゃないですか」
「ま、まぁ世間的にはそう見られてますけど...」
「それでいて自分で作詞作曲も出来ちゃうなんて、私たち普通のアイドルから見てはっきり言って異常なんですよ」
「異常...」
「あ、別に悪い意味じゃないですよ...なんて言うんでしょ?異端児?天才的?みたいな、で 私も含めて同期の子はみんな厳島さんに尊敬の念を抱いてるというか...」
「尊敬の念...」
「同じ82年組として早くも音楽業界に頭角を表した人物がいて鼻が高いというか...だから多分みんなこうして興奮してるのかと...」
「なるほど...」
話を聞く限り、俺と同じ82年組の同期は一様に俺を尊敬の眼差し、またはそれに近い目線で見てくれているとの事で、大変に嬉しいことではあるものの、自分としては今の話を聞いて物凄いプレッシャーを感じた。
尊敬の眼差しを受けるほどの大した人間じゃないぞ俺は、と内心思う。
その後、楽屋での話題は懲りず俺に対する質問攻めとなった。
「はい!厳島さんはなんでいつもスーツを着てるんですか」
「えぇと、かっこいいから?」
「ありがとうございます!」
「はいはい!厳島くんが次楽曲提供するとしたらこの中の誰がいいですか」
「...皆さん、いいと思いますよ」
「本当ですか!」
「えぇ」
「じゃあ、次の楽曲提供は私でお願いします!」
「じ、事務所と話してみます」
誰か助けてくれと言いたくなるほどの質問の応酬、横にいる水谷さんも介入する余地はなく、俺も俺とて答えぬ訳にはいかないため次々と質問の波に思考能力が侵食されつつあった。
ただそれを遮るようにして楽屋の入口が開いた。
「あ、厳島くん!」
「今泉さん!」
思わぬ救世主に声を高める俺、今泉さんは明るい笑顔を見せつつ、楽屋にいる皆にどうもと会釈をした。
彼女はなにやら入口前で誰かを手招きしつつこちらの様子を伺っていた。
「席のあまりは無し...ごめん、誰か席開けてくれませんか」
「あぁ、なら自分が」
反射的に手を挙げる。今さっき着いたばかりではあるものの、こういった時 率先して席を譲りなさいと宇治正さんから教えられていたために、未だ残る足の疲労を無視して真っ直ぐと挙手してしまった。
下げたい気持ちも山々だが、一度口に出してしまったが故にどうしても引き下がれず、今から来るであろうその人物のために俺は席を立ち上がった。
やがてやってきたのは前髪を目元まで下ろした女性だった。右足を擦りながらゆっくりと歩みを進めていた。
「さっき階段で足 挫いちゃったみたいでさ...ありがとね厳島くん」
「いえいえ」
彼女はゆっくりとした足取りで俺が先程まで座っていた席に着席した。横にいる水谷さんも彼女のことを心配しているみたいだ。
「ごめんね立たせちゃって」
「いえいえ、丁度自分も立ち話をしたい気分だったので」
「冗談言って.....でも驚いたなぁ」
「ん?」
「彼女」
今泉さんは席に座るその女性を指した。
「私、今年の5月にデビューしてさ...アイドル目指そうってきっかけになったのは今座ってる彼女のおかげなんだ、そんな子が今目の前にいるなんて...」
「...」
「同い年の子がアイドルしてるーって、当時は驚いて速攻でスター降臨に応募したっけ...それはもう憧れの人だからさ、ここで会えたことに感動してるよ」
「だ、誰なんですか あの方は」
「ん?
「中川さん...」
前髪のせいで顔の全容が見えないその女性は、どこか不思議な雰囲気を醸し出していた。
「そういえばさ」
「はい」
「ちびっ子質問コーナーで『好きな人はいますか?』って聞かれてたけど、ホントのところどうなの?」
「答えのままですよ『いない』です」
「...本当に?」
「はい...今のところは、ですけど」
「じゃあ今後できるかもしれないってこと?」
「はい」
「ふーん...」
会話が途切れる。楽屋には中川さんのことを心配する声で溢れかえっていた。
「あ、今 思い出した」
「どうしたんですか」
「朱美ちゃんのために冷やすもの持ってくるんだった」
「随分と唐突に思い出しましたね」
「うん...とりあえず私、実行委員の人に氷とビニール袋ないか聞いてくる」
「一人で大丈夫ですか」
「うん大丈夫」
今泉さんは楽屋の出入口のジッパーに手をかけた。
ジィィーという音とともに楽屋の中に涼しげな風が透き通る。
「厳島くん」
「はい」
「好きな人...見つかるといいね」
彼女は去り際に意味深長な言葉を残して去っていった。
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