第58話
降った雪は溶け、春らしい暖かな陽気に恵まれた本日、俺は少し懐かしい場所に足を踏み入れていた。
「...久しぶりだなぁ」
「ここ来るのって何ヶ月ぶりだっけ」
「去年の夏くらいに来たんで...6、7ヶ月ぶりじゃないですか」
「じゃ、ざっと半年くらいと...。しかし凄いね、我ながら半年でここまで有名になるなんて厳島くんは...規格外だよ」
「そういうもんなんじゃないですか。ツッパリ隊なんて三大音楽賞の時からめちゃめちゃ人気あったじゃないですか」
「半年で有名になっちゃうアイドルがいっぱい居たら今後の音楽業界は安泰だよ...それに今やツッパリ隊よりも勢いあるからね君」
「自覚ないです...他のアイドルの事情知らないんで...。それに、慢心してたら足元すくわれますよ」
「そうだね、勝って兜の緒を締めよ。まだまだライバル多いけどとにかく頑張ろう。目指すは今年のレコード大賞受賞だね」
「はい」
頬を叩き気合を入れる。今から乗り込むのは後楽園ホール、かつて俺が決戦を繰り広げた思い出深い舞台だ。
58
『スター降臨』10年以上前から続くオーディション番組で、この番組のおかげで数々のスターが日本の音楽業界に生まれた。中川朱美さんも、今泉涼子さんも、そして我が家の隣人である山口百子さんも、この番組がきっかけでデビューしたのだから、業界に与える影響力は多大である。
本日、俺はその収録に呼ばれていた。デビューしたからにはもう無用の番組かと思っていたが、時たまこうして、この番組によってデビューしたOG、OBが出演することがあるらしく、俺も例外でなかった。
「しかし、厳島くんは異例だよ」
「異例...?」
「ほら、厳島くんは今回OBとして呼ばれたわけでしょ?」
「はい」
「大抵OB、OGとして呼ばれるのはデビューしたてのメジャーじゃない頃が多いんだけど、ほら厳島くんってデビューしてすぐ売れちゃったじゃん?」
「まぁ、否定はしませんが」
「だからスケジュールも取りずらくて、こんなデビュー半年後に呼ばれることになったわけよ、しかもめちゃめちゃ有名な今」
「...そう思うと。なんで俺ってデビューしてからあんな売れるまでが早かったんでしょうね」
「それは...新進気鋭だったからじゃない?まさに彗星の如く...そうだね、そもそもデビュー前からハッキリ言って業界ザワついてたからね」
「え、そうなんですか」
宇治正さんが懐かしむように空虚を眺めながら語った。
「君がスター降臨決勝で披露した『西の魔女はSummer』あれはもう高校生が作るクオリティじゃなかったし。歌声はプロ並みだし、顔もいいし身長もある。思い出してみ、決勝戦優勝後に芸能事務所の関係者がスカウトのために列作ってたでしょ」
「あぁ...そんなこともありましたね。結構な迷惑で...」
「そうそう...そんな列を作っちゃうほどに君には衝撃を受けたし、翌日の業界なんてもう大変よ。あの子は何者だって話題で持ちきりさ」
「なんか、自分のことを噂話にされるといい気持ちしないですね...」
「まぁ、結果的に噂に違わぬ実力で...
「まぁ、自宅にまでこられたら根負けしますし...」
「厳島くん家、行っといてよかったァ」
「満足そうな顔して、ほんと...殴りますよ」
「悪かったって...」
思い出話に花を咲かせること10分程度、衣装のスーツにも着替え、しばし喉を潤すため茶を飲んでいると、楽屋にやってきたのは金井
「あ、お久しぶりです」
「ご無沙汰してます。厳島くん、宇治正さん」
金井さんは、俺がスター降臨予選を受けた時の審査員で、数々の出場者に対して無慈悲に不合格の烙印を叩きつけた鬼のような人物である。ただその観察眼は確かなる実力者を見抜く鋭さを誇り、彼に認められた出場者は軒並み好成績を残している。
そんな彼であるが、どうやら昇進したらしい。
「プロデューサーに昇進したんですね」
「まぁ、前のプロデューサーが勇退したってこともあり...何とか」
「まぁ、勇退...ってことにしとこうか」
「ん?」
「金井さんこれ話して大丈夫?」
「えぇ...厳島くんにも少なからず関係ありますし」
何やら重々しい雰囲気が楽屋に漂う。俺は2名の大人の顔をキョロキョロと伺いながら詳細を聞いた。
「実は前のプロデューサーは色々とやらかしてその地位を退いた、去年の暮れにね」
「え、やらかしたって...まさか麻薬とか」
「違う違う...賄賂だよ。賄賂受け取っちゃってね...それがこの番組の制作に関わってる作詞家の阿久津先生にバレて首飛んじゃったって訳」
「...まぁ、自業自得というか。」
「そうだね。それよか、金井さんがプロデューサーになって良かったね、これからどんどんスターが生まれると思うよ」
「その事で少し話が」
「ん?」
「ん?」
金井さんは渋々と言った顔で打ち明けた。
「この番組、年内に終わるんです」
「え...」
「どうして」
「実を言うと阿久津先生の意向というか...局の意向というか...最近じゃ事務所自体がオーディションを行うことが多くなって、応募者の数が格段に減ったんです。それが大まかな理由です」
「...」
「...」
「すいません、収録前に嫌な空気にさせてしまって。ただ一応伝えておくべきかと思いまして」
「...んー。勿体ないなぁ」
「...ほんとにそう思います」
「この番組が終了するってことは...1983年以降にデビューするスターの数も少なくなるわけだし...新たな逸材も生まれにくくなる...。ま、時代の流れってやつかな...感慨深い」
昔から芸能界に関わっている大人二人はどこか悔しそうな顔をしていた。
俺はそんな2人の顔をただ眺めることしか出来なかった。そしてこう思った、自分がもし海外進出をして世界でも名の知れた有名ミュージシャンになれたあかつきには、再びスター降臨のようなオーディション番組を復活させてみせると。
ちなみにこの決意が後の、数年に一度行われる特別オーディション番組の原点である。
・・・
・・
・
ほかの出場者とはなるべく会わないようにスタッフに案内され向かった先は収録セットの舞台袖だった。『スター降臨』とでかでかしく掲げられた看板が少し懐かしい。審査員の面子も変わっておらず、かつての緊張が蘇りつつある。
今現在、歌唱を行っている子が歌い終えた後、半ばサプライズという形で舞台に上がることになっている。果たして喜んでくれるか否か...シラケた空気になって欲しくないという願いを一心にギターを肩にかける。
『いやぁ...ありがとうございました。素晴らしい歌唱でしたね。さて、ここで皆さんには悪いんですが急遽飛び入りの新人ということで、この番組を卒業した人物が来てくださっています』
会場がシンっと静まり返った。それもそうだ、先程まで健気な出場者を応援していたの言うのに、この場に既にデビューをした人間が出るのは野暮だろう。
『では登場していただきましょう、この方です。どうぞ!!』
俺は渋々、袖を出た。
刹那。
轟音のような歓声が会場を埋めつくした。興奮したように観客はみな席を乗り出し、カメラを持っている観客に至ってはフィルムを使い切る勢いでフラッシュを焚きまくった。
俺が出た方とは反対の、下手の舞台袖を見ると、出場者と思われる若者数名が興奮した様相で集まっていた。彼らもまだデビュー前の学生だ、観客と同じ反応をするのもうなずけた。
反応の良さに安堵しつつマイクに近づく。
『あーあー、えぇ...厳島裕二と申します。半年ぶりにこの舞台に立てたことを大変嬉しく思います。どうか、自分の歌を2曲聞いていただけると幸いです』
ギターの弦に指をのせる。レスポールが深緑に光り、右手の指先にはめられたサックが弦を
その後、『SNOW XMAS』と3月に発売する新曲『ヴァルハラ』を無事歌い終えた。
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