アイドル新星 編

第34話

新宿音楽賞から翌日、予想通り朝のニュース番組では大会の結果が報道されていたわけであるが、昨夜のビール瓶が投げ込まれた事件も当然のようにクローズアップされた。


報道によると犯人は既に身柄を捕獲されたらしいが、同時に大会運営側の警備に落ち度があったこと等を追及していた。俺個人としては犯人が悪いのであって、至って大会側は被害者であると思うのだが、やはり世間との印象のズレは少なからず起こるもので、これで来年から新宿音楽賞が開催できなくなったと万が一にでもなれば非常に申し訳ない気持ちになる。


事務所のW&Pの方にもこの事件に対するインタビューを行いたいと電話があったそうだが、事態の沈静化を図るために断りを入れているようだ。


暗い話はここまでにして、大会で最優秀新人賞を獲得することが出来た影響か以前にも増して仕事の依頼が殺到した。宇治正さんはホワイトバルーン全盛期に勝るとも劣らない依頼量だと喜ばし気に語っていたが、俺としては少々悩ましい出来事があった。






34




暮秋。湿度の低い時期が続く今日この頃、保湿のためリップクリームが必需品と成り果てた俺はンパッと音をさせつつクリームを塗ると誰もいない楽屋で声を出した。


傍から見れば異常者であるが、これから出演する番組は歌番組だ、出演者が発声練習をしていたっておかしくはないだろう。それに、ようやく出れた憧れの番組である。いつにも増して気合いが入る。


ふと緊張状態に陥っている俺の楽屋を誰かがノックした。あいにく宇治正さんが席を外しているがために返事をするのは俺だった。



「はい、どうぞ」


「失礼します...と、ゆうくん傷の方は」


「あぁ、もうすっかり完治したよ」



傷を負ってから一週間ほど、頭部の傷も収まり、手首のテーピングも取れるようになっていた。大会から連日のように病院に通院し経過を見てもらった甲斐が有る。ただギターを弾くにはあともう少しだけ安静期間が必要なようであった。



「たとえ怪我が治ってもお大事にな」


「あぁ、ありがとう...しかしマサ達も今日は出るとはな」


「あぁ、先週に引き続き有難くな」


「ファンが多いといいな」


「フッ、どの口が言うんだ」



我々がこれから出演する番組『ランキング・テン』は夜はヒットスタジオと肩を並べる人気音楽番組である。宇治正さん曰く、この番組を放送している東京放送はランキング・テンに対して物凄い額の出資をしており、毎度毎度有り余るお金を使用してスタジオに雪までふらせてしまうというトンデモ音楽番組だという。


ランキング方式に出演者を決めるが故か、スケジュールの都合上致し方なくスタジオへ行けないというアーティストに対しても特別措置として、たとえどんな場所にいようと中継を行い歌唱してもらうという、他番組では考えられないような演出も行う。


過去に蒲田清子さんがその多忙ゆえか、新幹線での移動中に中継したのはあまりにも有名で。番組が国鉄に依頼して中継を実現させたというのだから、ランキング・テンという番組がいかに影響があるか安易に想像がつくだろう。


そんないい意味で異常な番組として有名な当番組に出演が決定したと聞いた時は心底喜んだのも記憶に新しい。これもひとえに新宿音楽賞の影響である。


なにぶん新宿音楽賞でのビール瓶事件が数々のワイドショーなどで取り上げられたので、必然的に俺の知名度も上がり結果的にこうして番組出演に結びついた。ビール瓶を投げた犯人に対しては猛省して欲しいところであるが、番組に出演できたという意味では感謝すべきなのかもしれない。


俺は後頭部を少し擦りながら、喉を潤すためにあたたかい茶を一口啜った。



「しかし、最近忙しそうだ事」


「あぁ、有難いことにな...これもビール瓶事件のおかげかな...」


「ははっ、いやいや違いだろ。ゆうくんが最優秀新人賞を取ったからでしょ」


「うーん、未だに最優秀新人賞を取ったことに対して自覚がないというか」


「まぁ、トロフィーとか受け取ったの診察台の上だったから仕方がないけれど...胸張ってくれよ、俺たち82年組の先頭に立つ男なんだから、ゆうくんは」


「プレッシャーかけないでくれよ...」



マサは冗談交じりに笑いながらも、そう言えばと思い出したように語った。



「そう言えば、高校ってもう決めた?」


「いや...まだ」


「そうか...なんならうち来るか?」


「マサってどこだっけ?」


「ん?明大附属」


「あぁ...芸能人がいっぱい在籍してるところか」


「まぁ、それを言うなら堀越の方が多いけどな」


「そっか...高校か...」



新宿音楽賞を境に仕事量が倍増した俺はここ一週間以上、高校へ通えずにいた。久しく草薙とも会っていない。例え芸能活動をしていたとしても学生であることに変わりはない、仕事があり仕方なく登校できなかったとしても高校側からすれば不登校とされてしまうに他ならない。


実際、つい昨日、高校から電話があってこのままでは留年は免れないだろうという旨を受けたばかりである。


ならとっとと転校しとけばよかったのではないか。


そう思うかもしれないが、自分としてはまさかこんなに売れるとは思ってもいなかったし、誰の清子せいとは言わないが、彼女のラジオでの発言によって他のアイドルとは違って急上昇するように急激に知名度を上げてしまったせいか完全にタイミングを逃してしまった。


昨日までぐっすりと、一日平凡に過ごしていたのに、翌日にはいきなり朝っぱらから仕事があるほどに忙しくなったのだから転校の準備もへったくれもない。こうしてズルズルと、転校ないし退学問題を11月が迫ろうとする初冬まで持ち越してしまったことは完全に自分の責任である。


芸能界入りたてでもなければ、卒業や終業シーズンの春でもない、この10月の暮に転校やら退学のことについて思案するなんて思ってもいなかった。

果たしてどうすればいいのか、転校か退学どちらを選べばいいのか思い悩みはするもののこの話題は決して俺一人では解決不可能であることを察した。


せめて最終学歴は高校でいたいが、潔く高校生を辞めてしまった方が仕事に専念できるし、単位等の心配もしなくて良い。究極の二択である。


その後、宇治正さんと両親にこの相談をしたのは言うまでもない。――――――――――――






夜9時40分、番組開始から約40分が経過した。

番組のセットの中でも一際目立つ鏡張りの回転扉の向こう側、けっして視聴者が普段ブラウン管からでは確認できないようなその奥地に俺は一人ちょこんと座ってスタンバイしていた。


普通なら番組開始から40分も待たされでもしたら非常に退屈極まりないが、この番組において出番が遅れるということは、大変名誉なことであると言えるだろう。何せランキング方式で歌手を紹介する番組、10位から順に出番が遅れるにつれその順位は必然的に上がっていくわけだ。


番組開始から40分、つまるところ番組の後半である。順位的にはまずまずな成績だろう。


俺は扉越しに今現在歌唱をしているツッパリ隊の歌声を耳に感じつつも、気持ちを整えていた。

緊張している。


ずっとテレビの前で欠かさず見ていた番組だ、その中に俺の名が刻まれると言うだけで大変に名誉なことである。


やがて演奏が終了し司会者の『今週の第2位は!!』という声が聞こえた。

パタパタという音とともに俺の名前、そして点数が発表された。



『厳島裕二、東京ロープウェイ。9023点!!』


軽快な発表音とともに扉を開ける。

スタジオのライトが扉に反射して少し眩しい。


司会のいるセットの中央へと歩みを進めつつも、振り返りながら自身の名前と点数が記されたランキングボードを見つめた。そこにはしっかりと下から9番目、上から2番目の位置に厳島裕二と書かれたプレートがあった。


夢じゃないんだ。


そう思いながら司会2名の間に割って入る。



「さて、見事初登場、記念すべき第2位を獲得した厳島裕二さんでありますが、初登場で第2位という快挙を成し遂げた訳でして、我々番組側からも様々な景品をご用意しております」


「あ、ありがとうございます...」



セットとは反対側、カメラのある位置に物凄い量の景品がキャスターに乗って運ばれてきた。



「え?」



思わず声が出る。今見てはいけないものを見てしまったような気がしてならない。景品を覆うシルクの赤い布の間から、太いタイヤが見えた。



「さて、景品ということでして まず厳島さんが大好物だと仰っている、お肉ですね。こちら国産の最高級和牛を約5キロご用意致しました...お値段なんと10万円ということで」


「10万っ!?」


「あらあら、10万と言う言葉にビックリなさっちゃって。まだ高校生ですからね、10万も十分な大金ですよね」


「え、えぇ...」



目の前に運ばれた肉塊を前にして困惑する。確かに食べ盛りの高校生にとって肉は大好物の対象であるものの、出てきた途端に目の前に5キロの牛肉を出されても反応に困る。

それに追随するように次々と物が運ばれてきた。



「さて、こちらなんと番組特注で作らせていただきました。最新式の電子キーボード、またスポンサーである江永製菓さんからミルクチョコレート半年分ということで...ただ、驚くのはまだですよ厳島さん」


「は、はい...」


「厳島さん高校生という訳でして、ただ未だにスクーター免許を持っていないと」


「あら、そうなんでございますか?」



丸いお団子頭の女性司会者にマイクを向けられる。



「え、えぇ...」


「という訳でして、是非とも厳島さんには今後スクーターを乗っていただきたいとスポンサーのモトダさんから最新式のモデルをプレゼントということで」



布が捲られ、スポットライトとともに黒光りのスクーターが姿を現した。



「やりすぎでしょ...」



小声でそうつぶやくも番組側からすれば痛くもない出費に違いない。下手したら三大音楽賞で最優秀新人賞を取るよりもずっと豪華な景品である。

改めてテレビ業界の凄さを目の当たりにした俺は唖然とするばかりだった。



「さて、残念ながら尺というものがありますからね。厳島さんには是非ともスクーターのハンドルを握っていただきたいところなんですが、早速歌唱のほうに移ってもらいましょう。」


「なんと言ってもですね厳島さん」


「はい……」


「本日はスタジオに特別、東京ロープウェイになじみ箱根から取り寄せたロープウェイのゴンドラ一台をバックに歌唱して頂こうという訳でして」


「いや、だからやりすぎですって」



思わずツッコミが出るほどに初出演から怒涛の豪華絢爛な『ランキング・テン節』を見せられ、どっと疲れた。


ちなみに、景品については全て持ち帰りはしたものの送迎用の宇治正さんの車がキーボードやら肉やらでパンパンになったのは言うまでもない話である。

スクーターに関しては後日届けてもらうことになったので御安心いただきたい。

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