第45話
大晦日に近づくにつれて、次第に比例するように仕事も激務と化した。特に、12月の後半に立て続けに並ぶ音楽賞の数々は、束の間の安息も与えなかった。全日本有線放送大賞が開催され、新人からベテランまでが揃い踏みをしたのも最近、結果として嬉しいことに最優秀新人賞を獲得することが出来たことは記憶に新しい。
12月の初旬に行われた日本歌謡大賞では悔しくも優秀新人賞に留まったがゆえか、獲得した時の感動は大きかった。
もうすぐ今年も終わりを迎える。来年に向けての準備も着々と進んでいる今日この頃、季節は巡りクリスマスとなった。
45
クリスマス・イブ、東京の街並みは一歩出ればイルミネーションに装飾された幻想的な空間に包まれ、会社帰り、ケーキ片手に帰宅するサラリーマンも少なくはない。
子供に至っては翌日の朝、リビングか枕元にプレゼントが置かれている予定であるからして、そのドキドキ感は想像を絶するものだろう。一体今どきの子供はクリスマスに何を頼むのだろうか。新品のサッカーボール、つい最近公開されたE.T.に出てくるような自転車、蒲田清子のレコード、週刊明星クリスマス特大号なんていうすこし背伸びしたプレゼントを頼む子もいるのかもしれない。
そんな子供のための日、と思われがちなクリスマスであるが、芸能人、特に若年層にとってはこれまたとない特別な日と認識されていた。
それは昨日のこと。
ランキング・テンにおいて『SNOW XMAS』が4週連続第一位を獲得し絶好調に乗っていた時だった。
その日は、クリスマスも近いと言うだけあって番組のセットも特別仕様となっており、わざわざ福島から取り寄せたという巨大なクリスマスツリーをバックに歌唱することとなった。
番組終了後、楽屋でメイクを落としているとコンコンと扉がノックされ、現れたのは今泉さんだった。
「お疲れ様」
「どうも」
「しかし4週連続第一位って凄いねぇ相変わらず」
「いえいえ、単に運が良かっただけだよ」
「また謙遜しちゃって~、あ、そう言えば厳島くん誘われた?」
「へ?」
「クリスマスパーティー、クリスマスイブに私と黒部くんが幹事になってやることになったんだ」
「へぇ...クリスマスパーティー...」
「うん、ちなみに会場は道枝ちゃんの家」
「大丈夫なのそれ...だって
「大丈夫、道枝ちゃん自身が家に来てーって言ってたから……どうする?来る?」
「宇治正さんに聞いてみないとちょっと...」
俺は楽屋のソファに座り、コーヒーをチビチビとなんでいる宇治正さんに判断を仰いだ。
「...仕事終わりなら行けると思うよ、ちょうど明日は生放送の番組はないし、番組の収録を巻ければ早く帰れると思うし」
「じゃあ、行けると」
「うん、ただ時間が押す可能性もあるので悪しからず」
「分かりました...うん、仕事後が終わったら行くよ」
「ホント?嬉しいなぁ、厳島くんこういうの忙しくて来れないと思ってたから」
「あ、まだ他の人には行くって言わないでね、スケジュールが押したら行けない可能性もあるから」
「分かってるって、じゃこれ道枝ちゃん
「ん」
「じゃねー、プレゼント交換なんかもあるから用意しといてね」
手を振りながら楽屋から去る彼女を見て宇治正さんは言った。
「今年ももうすぐこの時期か」
「この時期?」
「実はね、こういう若いアイドルの子が集まって同期でパーティーなんてのは昔からよくあるんだよ。特にクリスマスに」
「へぇー、知らなかったです」
「ま、一般じゃ知られてないか...いいねぇ、若い子らのパーティー。恋の予感がするよ」
宇治正さんは青春を思い馳せるかのような眼差しを空虚に向けた。
「合同コンパじゃないんですから」
「そうそれ。パーティーという名の合同コンパだよね、実質」
「やめてくださいよ……きっとただのパーティーですって。そもそもアイドルが恋愛してもいいんですか?」
「そこら辺は曖昧なところが多くてね。実際、アイドルは恋愛禁止なんて風潮があるけど。その目を掻い潜ってカップル成立させてるような子達もいるから...特にクリスマスという特別な日に限ってね」
「...なんか、一波乱ありそうな無さそうな」
「あるだろうね。まぁ、大抵週刊誌にすっぱ抜かれた後に破局なんてのが定番なんだけどね」
クリスマス。恋多き季節の近づきに、高校一年の男子は戸惑いを隠せないでいた。
そして翌日。
夜8時に仕事を終えた俺は、宇治正さんの運転で、道枝さんの家が書かれた住所を頼りにパーティー会場へと向かっていた。仕事を終えてから直行で向かっているため、どことなくプライベートな感じがしない。
帰宅予定時刻は夜の11時、ざっと3時間という短い間ではあるがパーティーに参加出来ただけ良しと言えるだろう。
俺はしっかりと帰りの分のタクシー代を持っていることを確認した後、目的地である目黒の高層マンションへで車を降りた。
入口に向かいドアの傍らに取り付けられた機械のボタンを押す。オートロックという最新のセキュリティらしく、都内でもこのシステムが導入されているマンションは非常に僅からしい。
しばらくするとオートロックに着いているスピーカーから声が聞こえてきた。
『どなたですかー』
「あ、厳島 裕二です」
『おー、厳島くんかぁ...じゃあ、ここで問題です』
「問題...?」
『貴方と私が初めて会ったのはいつでしょうか』
「え...」
『答えらんないと入れてあげないぞっ!』
「えぇ.....新宿音楽祭のプレステージの時...?」
『おぉ...正解正解!本物の厳島くんだね!じゃあ今ロック解除するから、普通にそのまま自動ドアくぐって大丈夫だぁよ』
「う、うん...」
クイズの意図はなんだったのだろうか、という疑問もさておき。
俺はドアを潜るとエレベーターに乗り込み、道枝さんの部屋がある階のボタンを押した。
全身にかかるGを体感しながら待っていると、やがて廊下も何も無いただ踊り場のような空間とドアが取り付けられただけの階に出た。
表札の道枝という字を確認しながら呼び鈴を鳴らす。扉の奥からピンポンというベタな音が聞こえたと同時に、扉のロックが解除された。ガチャンガチャンと、一体いくつの鍵があるのか気になるほどの解除音に思わずたじろぐ。
扉が開き、中から現れたのは鼻を真っ赤に塗った、某ファストフードチェーンのピエロではなく、道枝さんその人だった。
「いらっしゃい、上がって上がって」
「お、お邪魔します...」
扉を開け玄関に入る。靴を脱ぎ揃え長い廊下を進んだ後、居間に続くであろう扉を開くと俺は目を見開き圧倒された。
「広ッ...景色すご...」
広々とした部屋、頭上にはシャンデリアが飾られ、テーブルの周りでは顔馴染みの同期がピザを頬張っていた。なにより部屋全体を囲むように取り付けられた大きな窓からは、東京の夜景が一望できる絶景が広がっていた。
突然の来客に気がついたパーティー参加者は俺を見るなり、こちらへ手招きを始め次第に腕を掴んでさぁさぁと招き入れた。テーブルの上には高校生らしくピザやポテチ、コーラといったジャンキーなものばかりが並べられており、参加者に至っては皆一様にクリスマスらしい格好をしていた。
マサ、水谷さんらはエルフ、道枝さんはトナカイ、今泉さんはサンタと言った具合に中々に様になっていた。他メンバーも同様に様々な格好をしており俺一人だけ仕事終わりのスーツ姿という場違いな空間が形成された。
「そうだ、厳島くんの着替えもあるけどどうする?」
「え?」
「そうだな、今余ってるのは...トナカイ」
「丁重にお断りしていいですか」
「なんで、トナカイいいよ!すごくいいよ!」
「鼻を赤く塗るのはちょっと...」
何としてでもトナカイ仲間を増やそうとする道枝さんの誘導を避けつつ、俺は渡されたトナカイの角の生えたカチューシャだけを身につけ、テーブルの端に座った。
そこからは普段仕事で話せないような高校生特有の内輪ネタで盛り上がったり、各参加者の出身がそれぞれ違うため
午後10時を回った頃、道枝さんがとある提案をあげた。
「私の家ピアノあるんだけど誰か弾ける人いない?」
「あ、俺弾けるよ」
反射的に手を挙げてしまう。
「へぇ、厳島くんってギターだけじゃなくピアノも弾けんの...ホンマすごいな自分」
「み、道枝ちゃん関西弁出てるよ...」
「ええやんええやん、別に出ても」
水谷さんの忠告を振り切り、道枝さんは地元大阪譲りのコテコテの関西弁で俺に懇願した。
「頼む!この通り!うちのピアノが泣いてんねん...命吹き返したってくれ」
「それ、単にピアノ聞きたいだけでしょ」
「あら、バレてもうた...頼むわぁ、クリスマスっぽい曲一発お願い」
「そんなお願いしなくても弾きますよ...えぇと、クリスマスっぽい曲...じゃあメドレーでジャズ感出しながら」
「ジャズて、またオシャレな...」
今の傍らに置かれたピアノの前に座ると、何故か拍手が始まり一種のリサイタルが開催されることとなった。鍵盤の上に手を置きゆっくりと弾き始める。
クリスマス・イブ、ムードを演出するかのごとく落ち着いた音を奏でる。
やがて、メドレーも終盤に入り『クリスマスらしくなってきた』という古い曲を奏でていると何か違和感に気がついた。
振り返ると、何故かほとんどの人がその場に崩れるように寝息を立てていた。ただ1人、今泉さんだけが続けて続けてとばかりに手を振る。
皆が眠る中、俺は起こさないように段々とボリュームを下げつつ演奏を終えた。
「...みんな寝ちゃったね」
「厳島くんの演奏が心地よかったんじゃない?」
「まさか...きっとみんな疲れてただけでしょ」
テーブルに戻り、机の上の冷めたピザを頬張る。冷めても十分に美味しい。
ふと今泉さんが思い出したように言った。
「そう言えば今日は朱美ちゃん仕事で来られなかったわけだけど」
「あ、そう言えば...」
周りを見渡してみると、82年組のエースである中川朱美さんの姿はなかった。エースゆえ、激務に追われ来れなかったのも致し方ない。
「...すごいね、ピアノ」
「うん、ギターと並行して練習してた唯一の楽器だから」
「でもピアノ弾ける人って憧れちゃうなー」
「練習すれば簡単な曲であれば弾けるようになるよ...カノンとかあとはエリーゼのためにとか」
「しっかりクラシックじゃん...もっとドレミの歌とか猫踏んじゃったとかでいいと思ってたのに」
「今どき、幼稚園生でも普通に弾けるからなぁ」
久方ぶりに弾いたピアノの感触を懐かしく思っていると、ワンピース型のサンタのコスチュームに身を包んだ今泉さんがゆっくりと立ち上がり、そろそろと近づいてきた。こんなサンタが居ればクリスマスはきっと別の意味で盛り上がっていたかもしれないと、場違いに思いつつも椅子に座り彼女の顔を見上げる。
今泉さんは両手を合わせ、ウインクをしながら言った。
「…………ねぇ、ピアノ教えてよ」
「え、いいけど...いつ?」
「ほら、せっかくピアノがあるんだから今」
てっきり彼女はピアノのような楽器の類とは無縁だと思っていたが、案外興味があるらしく、教えてよ と言われたからには断る理由もなく俺はすんなりと受け入れた。
「じゃあ、まずドレミの位置を覚えようか」
「OK」
白鍵に指を置き、一音ずつ音を確かめる。
その後、コードやペダルの使い方といった基本的なことを噛み砕いて説明した。
「なんか、こういうのいいね」
「うん」
今泉さんは振り返りながら笑みを浮かべ言った。俺からしてみればこの聖なる夜の、静かな雰囲気を意味して返事をしたつもりだが、彼女にとって先程の言葉がどう言った意味を帯びたものかは皆目検討もつかなかった。
夜11時前、パーティーはお開きとなり、各自解散となった。電話をかけて来てもらったタクシーに乗り込み自宅の住所を教える。
車窓の外には永らく、イルミネーションの消えかけた東京の街並みが広がっていた。俺は、窓の曇りをなぞりながら、寒さと胸の内のドキドキとした熱さに浸った。
――――――――――――
各自キャラの追加設定については次回書きます。
ですので、今回の話でいきなり初めての設定が出てきて困惑しているという人は次話で納得していただけると幸いです。
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