第6話 誰かレベルアップしました?

「なるほど。こんな仕事を面白がるとはな……」


 棟梁はなにを思ったか、ちょいちょいと手招きすると、私を自分の腰掛けていた椅子に座らせます。

 

 目の前には、作りかけの書物棚。棟梁は教会建築の息抜きに、余った木材で教会に置く家具を作っているのでした。


「ほれ。釘を打ってみろ」

「い、いいんですか……?」


「あたぼうよ。これならミスしても、おおごとにはならねえ。棚が潰れても、ここの司祭が本の生き埋めになるだけだしな」


 充分、おおごとな気がするんですけど……。と思いつつも、私は手にしているハンマーを振ってみたくて仕方ありませんでした。

 

 左手に釘を持つと、余計にその誘惑にあらがえなくなります。

 

 心臓がドキドキし、頬が熱くなります。


 なんなんでしょう、この感じ。初めて細身剣を持ったときでさえ、こんなことにはならなかったのに。


 釘を指で強くおさえると、おっかなびっくりでハンマーを振るいます。


 コン。木材に、釘が食い込みます。


「わ、まっすぐささりました!」


 当たり前、と思うかもしれませんが、私にしては珍しいことです。

 

 大体、新しいことに挑戦したときは予想の斜め上を行く大失敗をやらかすんですけど。


 今回でいえば、自分の指を打つくらいならまだまし。手をすっぽ抜けたハンマーが、搬入したばかりのステンドグラスを粉々にするとかまで行く可能性が大だったのです。


 ……今さら想像して恐ろしくなりました。才能がないって、怖い!


 ピロン♪


「あれ? 誰かレベル上がりました?」


 道具レベルが上がったときは、どこからともなくこういう甲高い音が鳴るのです。振り返ると、棟梁がニヤリと笑います。


「誰かって、嬢ちゃん以外にいねえだろ」


 私は「ん?」と首を傾げたあと、くすりと笑い返します。


「まっさかあ。私これまで生きてきて、一度もレベル上がったことないんですよ? こんな簡単にレベル上がるわけないじゃないですかあ」


「……え?」

「え?」

「レベルが一度も、上がったことない……?」


 うわあ、棟梁からの同情の眼差しが痛いです……。

 レベルアップの音を聞きつけ、他の大工さん達も集まり出します。


「おっ、棟梁に釘打ちを習ってんのかよ」

「すぐにレベルが上がるなんて、嬢ちゃん大工の才能あるんじゃねえか?」


「才能ある、ですか? そんなこと、初めて言われました!」


 なんかもう、じーんとしましたね。こんな私にも、才能は眠っていたのです。

 

 だから私、ハンマーにひかれたんですね。剣の神様にはそっぽを向かれた私ですが、ハンマーの神様は私に振り向いてくれたようです。


 ……ってそれ、邪神ドルトスじゃないですか!


「ふっ、まあハンマーのレベルは比較的上がりやすいって言われてるんだけどな。俺も初めて釘打ったときはレベルが上がったし。どれ、確認してみろよ」


 棟梁は自分の胸のあたりをとんとん、と叩きます。


「そ、そうですね。ツリー・オープン」


 空中に【スキルツリー】が投影されます。まだスキルは習得していないためツリーは光っていませんでしたが、その下には見慣れない文字がちょこんと表示されていました。


 …………【鈍器レベル1】と。


「――ぷっ。鈍器ってなんだよ!」

「ハンマーレベルじゃないんかーい! 鈍器、鈍器て!」

「ぎゃははははは!」


 みんなが腹を抱えて爆笑するので、途端に恥ずかしくなりました。

 

「なにがおかしいんですか! 同じようなものでしょう? ハンマーと鈍器って!」

「いや、鈍器レベルなんて表示、見たことねえから!」

「くくりがおおざっぱ! ハンナらしいべ!」


 あんまりみんなが馬鹿にするものだから、私は頬を盛大に膨らませました。

 

 ひどいです。さっきの感動が台無しです。


「ぶー。いいですよ。どうせ鈍い私にはぴったりですよね、鈍器」


「べらぼうめ。ふてくされてんじゃねえよ。レベルが上がったことにゃ変わりねえ。才能が見つかってよかったじゃねえか」


 笑いをこらえながら頭を撫でてくる棟梁を無視して、私は釘を打ちます。

 

 みんな、結局私を馬鹿にするんですから。もう知りません。


 コン。ピロン♪


「ま、中途半端な才能なんて、あっても苦しむだけかもしれねえがな……」


 カン。ピロン♪


「中途半端な才の……」


 カーン。ピロン♪


「半端な才……」


 カン、カン、カン。

 ピロン、ピロン、ピロン♪


「才……能……?」


 まるで輪唱みたいに、釘を打つとレベルアップ音が鳴り響きます。


 私は完全に動揺していました。

 

 なにが起きているんでしょうか。これまで一度もレベル上がったことないからピンと来ませんが、いくらなんでも、こんなに立て続けに上がることって普通ありえないですよね……?


 ワケわかんなくなったせいで手が止まりませんでした。

 

 私は棟梁に渡された釘を打ち終わると、次の釘を手に取ります。


 カカン、カン、カン。

 ピロロロロロロロ――♪

 

 みんながざわつきだすのに、そう時間はかかりませんでした。


「な、なあ。お前ってさぁ……、ハンマーのレベルいくつよ?」

「十年大工やって、ようやく10ってとこ……」

「お、俺は十五年やって12だ」

「棟梁でさえ20くらいだったろ。こんな勢いでレベルがあがるやつなんて――」


「「「「見たことない!」」」」


 ドンッ!!

 

 それからというもの、私の仕事内容は一変しました。釘を打つ作業は全部私が担当することになったのです。

 

「ハンナちゃん、ここ打ってくれ!」

「はーい! わかりました!」


 カーン!

 

 鈍器レベルが百を超えた私は、長い釘でも一撃で根元まで木材に埋め込むことができるようになりました。

 

 まるで吸い込まれるように釘がすっぽり埋まるのです。自分でやってても気持ちいいくらいに。

 

「ハンナさん、椅子組み立てといてください!」

「はーい! 了解です!」

 

 ピロン♪ ピロン♪ ピロン♪ ピロン♪

 

 鈍器レベルはハンマーを振るたびに上がり、磨くたびに上がり、あげくの果てには胸に抱えて寝るだけで上がるようになりました。


 レベルが千を超えたときに、レベルアップ音をミュートできるスキルを覚えていなかったら、私は不眠症に悩まされていたと思います。

 

「ハンナ先生。大聖堂の屋根、お願いします!」

「はーい! 先生はやめてください!」


 鈍器レベルはあっさり万を超え、十万を超え……、それでもなお、上がり続けていきました。


******************

こんにちは、山田どんきです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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