第44話 セシルとの二度目の対決です。

「ちょっとちょっと! こんなときにまでケンカするのやめてよね!」


 ローゼリアにとって、今使っている魔法【ファイア・ウォール】は大技です。


 フェンリルを止めておけるだけの巨大な炎の壁は、自力によるものではなく、周囲の炎をかき集めて生み出しているに過ぎません。


 魔力以上に集中力を使うのでしょう。こっちに文句を言いながらも、光輝く杖を構えて、微動だにできずにいます。


 いえ、彼女が自由に動けたとしても、きっと仲裁するなんて無理だったでしょう。今回ばかりは、譲れないものがあるのです。


 先に仕掛けてきたのはセシルのほうでした。彼女は風のように素早く間合いを詰めると、細身剣を突き出してきます。


 速い! なんとか避けましたが、完全には躱しきれません。切っ先のかすめた腕から血が吹き出ます。


 これ……、本当に私を殺すつもりで突いてきていますね。


「はっ! のろいね。鈍器レベルが上がったと言っても、スピードはそんなものか!」


 無数の突きが、続けざまに私に襲いかかってきます。


 彼女の持ち味は速さ。破壊と構築を得意とする鈍器スキルは、スピードでは細身剣に到底太刀打ちできません。


 以前にも説明しましたが、同じ道具の、同じレベルの人を並べても、実はその能力は全然違います。


 レベルを上げていくと『どのスキルを上げるか』を選択することができるからです。そして難しいスキルとなると、前提となる別のスキルを取得している必要があります。


 例えばレイニーが得意とし、セシルも使う剣技【ウインドアリア】を使えるようになるには、剣速が常時上がる【風の剣】、突きの精度を向上する【突きの達人】のふたつのスキルを先に身につけておかなければなりません。


 セシルは剣スキルの中でも素早さを上げる風系、遠距離攻撃を上げる光系のスキルに特化しています。細身剣の使い手としてはありがちな選択ですが、その練度は尋常ではないです。


 彼女が剣を突き出すたび、傷が増えていきます。


「……くっ!」


 しかし、焦りを募らせているのはむしろ攻勢をかけているセシルのほうでした。


 なぜなら私が負っているのはどれもかすり傷。全く致命傷ではありません。


 ひとつひとつが渾身の突き。それが当たらないのならともかく、当たってもまるで通じていない。彼女にとっては初めての経験に違いありません。


「ハアッ!」


 お返しにと振ったハンマーは、セシルが後方へと飛び退いたために空を切ります。


「どうですか。硬いでしょ、私の身体は」


 ハンマーを担ぎ直し、私は不敵に笑います。鈍器レベルが一億に至るまでに、私もまたいくつものスキルを身につけています。そのなかには、能力を常時引き上げてくれるものもたくさん入っています。


 例えば常時スキル【愚鈍な肉体】。


 皮膚の強度を上げ、ダメージを受けにくくするスキルです。痛みを軽減してくれるのも嬉しいところですね。


 相変わらずスキルのネーミングはどうかと思いますが……。


 身につけられるスキルの数は、道具レベルに比例します。スキル習得には、道具レベルが上がったときに入手できる『スキルポイント』を消費する必要があるからです。


 その制限ゆえに冒険者はオールマイティは目指せません。膨大なスキルの中から系統を選び、自分の戦闘スタイルを確立しなければならなくなります。


 私の場合は、スタイルを選びたくても選べなかったですけどね……!


 どれだけ突いても致命傷を与えられないセシルは苛つきを隠しません。


「ふん。厚いのは面の皮だけじゃないらしいね。でも……、それなら他に狙いどころがあるってもんさ!」


 彼女が突いてきたのは――私の瞳。


 確かに、瞳であればどれだけ皮膚が硬かろうと関係ありません。


 それにしても、ねえ……? 本当にやってきましたよ。


 普通、もうちょっと躊躇しませんかね……。

 

 ギィン! セシルの渾身の突きは、私の身体に届く前に弾き返されます。


「な……!」

「鈍器スキル【空気の杭】です」


 さっき私が空振ったハンマーは、セシルを狙った攻撃ではありませんでした。


 先を読んだ防御だったのです。


 私の正面に【空気の杭】、つまり見えない壁を作り出しておき、相手の突きを防ぐのが真の狙い。


 体勢が崩れたセシルに、横薙ぎのハンマーをぶちかまします。


 彼女はとっさに両腕にはめた手甲でガードしましたが、中途半端な防御が通用するほど、私のハンマーはやわじゃありません。


 ふっとばされるセシル。


 ゴロゴロと地面を転がったあと、彼女はすぐさま体勢を整えます。


 立て直しの素早さは賞賛に値しますが、手はダランと下へ垂れ下がっています。


 さっきの感触だと、骨にヒビのひとつやふたつは入っているでしょう。先程のような鋭い突きは、もう繰り出せません。


「ここらへんでやめませんか、セシル。あなたと私ではレベルが違いすぎます。次は腕の骨一本や二本じゃすみませんよ」


 彼女がいくら強いと言っても、その剣レベルは100を少し超えるくらいでしょう。


 一方の私は、鈍器レベル一億。


 おそらく相性は私にとってすこぶる悪いように感じますが、それでも普通に戦えば私が余裕で勝ちます。


 むしろ彼女は、よく粘ったほうでしょう。


「なるほどね……。鈍器レベルが一億という話は、やはりそれなりの信憑性があったってわけか」


 セシルはぎりり、と奥歯をかみます。悔しそうにしていますが、まだ諦めてはいない様子です。


「まだやる気なんですか? レベル差は歴然なのに」


「決まりきったことさ。やめるはずがない。ようやくキミの弱点が見えてきたところなんだからね」


「弱点? もしかして、戦術でレベル差を埋めるつもりですか? さっき私のスキル【空気の杭】で剣を弾かれて、頭のほうでも負けてるって気づきませんでした?」


 大工仕事は、計算の連続です。


 どんなものを作るか、どうやって建物を支えるか、どんな間取りにするか――そういうことを考え続けなければなりません。


 先読みと創意工夫。その習慣が戦闘にも活きるのは、今証明して見せた通りです。


「……キミの鈍器レベルが本当に一億なら、こんな風に勝負になってすらいないはず、そうだろう? ドンケツはドンケツなりに頑張ったんだろうけど、ボクの勝利は揺るがないよ」


 そう言うと、セシルは再び剣を構え直しました。


 どうやら彼女の指摘する弱点とは、戦術や戦闘経験といった類いのものではないようです。


 なるほど。彼女の言いたいことには大体予想がつきました。

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